異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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二百三十六話

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 炎熱の暴風を吐き出しながら、矢は一線を描く。
 まるで、荒れ狂う大獅子ように闘気がうごめき、兵士たちを一掃しようとする。
 流れ込んでくる風が地を焦がし、炎の波を生み出す。

 逃げることも避けることも叶わない地獄が、今にも閑泉の中心部をおおい尽くそうとしていた。
 大いなる絶望が近づくにつれて兵士たちの心が破砕されてゆく。
 彼らが烏合の衆と成り代わるのに、そう時間を要さなった。
 一人が悲鳴を上げて、剣楯を投げ捨てると、ほかの仲間にも恐怖が伝播でんぱしてゆく。
 逃げ出す場所などどこにもないのに、皆で押し合いとなり隊列を崩しながらドミノ倒しになっていた。

 守備隊の動きとは逆に、地面スレスレを加速する人影は剣を引き抜き、肥大化した闘気の嵐に正面からブチ当たっていった。
 人だかりの中から飛び出してきたのはギデオンだった。
 予想外の事態にアビィは目の色を変えていた。

「武装練功、はぁああああっ――!」

 韋駄天のごとく炎の海を突き進んでゆく。
 ギデオンの一太刀が、闘気を放つ矢を真っ二つ斬り裂いた。
 狂う炎と風が一瞬にして霧散してどこかへと、吹き抜けていく。
 逃げ惑う守備隊には一切、目もくれずギデオンは霊幻のアビィの前に立ち塞がった。

「どういう魂胆だい? 君の役割は、ナンダの屋敷に侵入し制圧することだろう。なぜ? こちらにやって来たんだ!? 返答次第ではワタシは君を射抜くことになる!」

「その言葉、まんま返すぞ。北守護代一人を討ち取るために、街中で戦闘を開始するなんて正気を疑うぞ! ここでやり合えば被害は甚大だ。その事が分からない、アンタじゃないだろう!」

「ああ……君の言う通りだ。けれど、これは戦争なんだよ。戦争に綺麗も汚いもないのさ」

「ふざけるな! 誰が戦争を望む!? アンタの戦いは何に対する大義で、誰の為に剣を振っている? 戦争などと言っているが僕には、この争いがアビィ……アンタ個人の戦いにしか見えない」

 ギデオンの言葉にアビィが口元を歪めていた。
 何がそこまで彼女の心をむしばんでいるのか、ギデオンは知らない。
 憤怒に怨嗟えんさが入り混じたような苦悶の表情、その裏側には、どれほどの想いが隠されているのか?
 それが判明しなければアビィを説得するのは無理に近い。

 ナンダへの報復こそが、彼女のすべてだと肌を通してヒシヒシと伝わってくる。
 ギデオンにとっても、耳の痛い話だ。
 復讐が間違いだとは言い切れる立場ではないし、言うつもりもない。
 ただし、他者をむやみに利用しようとするやり方は気に食わない。
 何でもかんでもが許されるのなら、そもそも法や倫理など意味を成さなくなってしまう。

「ギデ君、君は分からないんだぁ! アイツを消すには、今が好機なんだ。これを逃せば、次はいつ好機が訪れるのか、わからないんだよ!!」

 揺らめくカゲロウの向こうで、アビィが想いの丈をブチまけていた。
 自分は正しい、間違ってはない。
 なんとかして自分を取り繕うとする、そうすることでアビィは自己肯定し罪悪感から逃れようとしている。

「僕に言ったよな。ここで何をどうするべきか、ハッキリ定めろって。これが、その解だ! ここでアンタを食い止めて無駄な血が流れないようにする」

「それは自身が傷を負っても、同じことが言えるのな?」

 アビィが、ためらうことなく弓をギデオンに向けた。
 今度は矢ではなく巻物。洋弓本体に大量の気を送り、秘技を発動させる。

「これぞ、霊幻の神髄! 見切れるものならやってみなさい、カレイド・アルメイダ」

「やはり……話し合いには持ち込めないというわけか」

「残念だけど、ワタシは止まらない。もう、これ以上は耐え忍ぶことなどできない」

 弓ごと彼女の手元が七つに分裂した。
 錯覚ではなく、幻影の類だ……いくら目元を手でこすっても、手元は七つに分かれたままだ。
 その名を冠する通り、万華鏡を見ているようだ。
 どれが本物だなどと考えることなかれ、これは敵を困惑させる為の技ではない。
 すべてが本物、神速の剛弓による七連撃だ。

 いかなる状態であっても、ギデオンの瞳は絶えずアビィの捉えていた。
 ゆえに、カレイド・アルメイダの本質が回避不能な技と気づいた。
 七本の気の流れを巧妙に隠しているが、弓を引く姿勢までは誤魔化しきれない。

「エイル、今だ!」

「な、何なのっ……嘘でしょっ!」

 通りの向こうから、人の背丈ほどはある金属の大玉が猛スピードで転がってきた。
 弓を射ろうするアビィの動きを阻害するように縦横無尽に周囲を駆け回る。
 練功の達人とはいえ、こうもウロチョロされたのでは気が散って、弓の狙いが定まらない。
 奇襲とも呼べる戦法に、平常心を保ち続けることは困難なようだ。

「しまっ……!」

 刃の切っ先がイスカリオテの弓を穿うがつ。
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