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二百三十四話

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「策ねぇ~、そういうのは大人の仕事! 君が気を揉む必要はないんだよ、適材適所って奴?」

「軍師でもいるような口ぶりだな。本当にそれでいいのか?」

「良いも何も、すでに事は始まっているよ」

 のほほんとした様子から一転してアビィの声色が低いモノに変わった。

「じゃあ、大将。皆のこと頼んだよ」など言いながら店を出ようしている。
 そんな彼女を引き留めようとギデオンは肩を掴んだ。

「何をどうするつもりなんだ!? ちゃんと答えろ! アビィ」

「ワタシは、表に出て敵の注意を引きつけるから、ギデ君たちはこっそりとナンダの屋敷に忍び込んで制圧して欲しいんだ。途中で援軍も来るから、雑魚どもには構わなくていいよ」

 討伐ではなく、制圧。確かにアビィはそう言葉にした。
 外に出てゆく霊幻の導士の背に嫌なものを感じていた。
 考えなくとも理由は明白だ。
 アビィが戦略についてあまりにも無頓着だからだ。
 今、街中でことを起こせば、領民たちを巻き込んだ大惨事へとつながる。
 アビィの考え方は、完全に民衆を切り捨てたものだ。

 いくら、ナンダの支配を確実に潰すためとはいえ度が過ぎている。
 守るべき者のない戦にどれほどの価値があるのだろうか?

「さぁ、アンタ方は裏手から非難しなせぇ」

「うむ、大将殿はどうするつもりか?」

「あっしは、導士様にどこまでお供しますがゆえ、心配なさらず。ささっ、急ぎなせぇ」

 大将に勢いに押されるがまま三人は、店から出されてしまった。

「大将!」すかさずドアを開けようするが中から施錠されてしまった。

「止めるんだ、ギデ。これは我々の戦いではない……彼らが望んで始めることだ。部外者がどうこう手を出そうとする時点で無粋でしかないぞ」

「ロッティのオッサン……僕の甘さが、彼らのプライドを傷つけてしまうかもしれない。けど、これで良いはずがないんだ!! 自由を手にする為に誰かが犠牲になるのは仕方のないことなのか!? 失った命は取り戻せはしない、なのに……どうして、ここの連中は死を広めようとする?」

「一軍の将をとして言わせてもらえば、心が死んだまま生きるよりも、人として心あるうちに命を賭したいということであろう。それに貴殿はまだ若い、支配というものの恐ろしさを知らんのだ。頭では違うと分かっていても、心がその間違いを受け入れられなくなる。そうなれば、完全に逃げ場を失う……支配力とは、それほどの危険性をはらんでおる」

「オッサン、僕は何度も合戦場を目にしてきた。時には自ら、剣を振るったこともあった……だから、断言できる! 心ある死などない。心を守れるのは生きている時にしかできない! 確かにそこで死ねば、それ以上は穢されない。でも同様に自身を誇ることすらできやしないんだ」

 少年の心の猛りを、ロッティは静かに受け入れ真摯に向き合ってくれていた。
 大抵の大人は子供の言い分などに耳を貸さない。
 少なくとも、ギデオンの周りはそうだった。
 ただ、常に柔軟な発想をもっている彼は違った。
 初老であっても少年のような純真な思いを未だに持ち続けていた。
 ゆえに、ちゃんと答えを返し示してくれる。

「聖王国出身と言っておったな。死後世界ではなく、現世を気に掛けるとは貴殿も変わっておるな」

「アンタこそ、共和国出身だから、そうした考えが根強いんだろ? 聖王国はどう神様を崇めるかだ。しもべである信徒は二の次だ。神様を喜ばせることが、人類にとっての至上の幸福だと教わったぞ」

「さすがに宗教国家なだけはあるの。厳格な……体制すぎてワスにはついてゆけんわい。ん? エイルよ、どうした? これ! マントを引っ張るでない! がぁ、首が絞まるではないか?」

 ロッティを絞め上げながら、エイルがじっとギデオンの方を見詰めていた。
 この幼子のような行動は、何か言いたいことがあるサインだ。

「エイル、オッサンを放してやってくれ。何か、言いたいことがあれば聞くぞ」

「了解しました、ギデ。現在、クロオリはソバ屋の前で待機中です。遠隔操作モードでこちらに呼べますがいかがいたしましょう?」

「じゃあ、そのまま待機させておいてくれ。今から、僕たちが表に向かえばいい」

「待たれよ。それでは、ナンダの屋敷に潜入する目的が達成できないではないか!?」

「オッサン、僕は正義の徒ではない」

 チョハの襟元えりもとを正すギデオン。
 それに合わせ、通り沿いの街路樹がざわめく。
 風の悪戯かもしれない。けれど、風が吹いているようには思えない。

「人の数だけ、守りたいモノは異なる。アビィはアビィのモノ。僕には、僕だけが守らないといけないモノがあるんだ。今度は僕が彼女にそれを示す番だ」

 街路樹の枝葉を揺らすモノの正体、それはロッティすら気づかないほどの巨大な練功の流れだった。
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