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二百二十七話

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 ランドルフが大元を師事する一方で――――
 彼等の関係は依然として進展することなく、時間だけが悪戯に経過していた。

 師を求めないギデオンと弟子を必要としないアビィの、両者は悪い方向で意見が合致していた。
 練功の修行はせず、傷ついた身体を癒すことに専念している状態である以上、その間は何も動きがない。
 このまま、山中のスローライフに転じて、のほほんと暮らしてしまうのではないか?
 そう思わざるを得ない流れだったが、ギデオンに関していえば、それは完全に無理な話であった。

 彼が何もせずに、家で大人しくしている日などは一日たりともない。
 ずっと同じ場所に留まっていると、落ち着かなくなりソワソワしてしまう性分なのだ。
 アビィから提案で、ギルドの依頼をこなしながら実践で練功の鍛錬を積むことになった。
 当然ながら、師でもない彼女が、ギデオンにこと細かな指示をすることはない。

 コツだけを感覚で伝え、気が向いたらアドバイスをする。
 敬意やルールもマナーすらもない、自由気ままな指導だ。

 実戦形式であれば、討伐系の依頼がもっとも効率的だ。
 アビィは、シユウを通じてギデオンと連名というカタチで邪龍討伐を引き受けていた。

 そして現在、霊峰トラロックにある龍ヶ淵にて三日三晩と明け暮れた戦いに決着がつこうとしていた。
 龍という生物は巨大な図体をしながら、実に思慮深い。
 獲物を見つけても、すぐには手を出さず、まず観察し危険がないことを確認した上で、捕食行動に入る。
 とても繊細で、賢い生き物だ。

 何の知識も持っていないギデオンは、龍の巣穴に到着するなりスカラードラゴンの脇腹を蹴り飛ばした。
 これには、付き添いをするアビィも絶句していた。
 開幕、何の躊躇いもなく龍に襲い掛かるのは、命知らずの愚か者だけだ。
 結果、元冒険者の先輩から「状況を理解し、もう少し考えなさい」と厳重注意を受けた。
 二体の邪龍は、思わぬ来訪者を警戒して、なかなか巣穴から出てこない。

 煙でいぶして龍のキライな臭いを辺り一帯に充満させて炙り出す。
 策こそ練れたが、そもそも龍の嗅覚を刺激する臭いとは、何なのか? 知らない。
 それ以前に、練功で煙を出せるのか鬼門だった。

 直接、巣穴に入るしかない。
 決意が固まった時には、すでに半日、経過していた。
 そこから今日まで、どうすればこの奈落のような大渓谷から生還できるのか? トライアンドエラーを繰り返し理想の練功を追い求めた。

 ほぼ、地割れに近い谷底に龍たちは潜んでいる。
 対処するべき問題点は主に二つ。
 この断崖絶壁をどう昇り降りするべきかという点と、邪龍が吐き出す瘴気をどう処理するかだ。
 アビィにもらった裾広がりのコート、チョハにはミスリル銀でできた魔法の糸の刺繍ししゅうが施されている。
 これにより、多少は魔法や毒の影響を軽減できるが、それだけでは濃度の高い瘴気を防ぎきることは不可能だ。

 防御に特化しつつ、攻撃に転用できる気の扱い方、それこそが――――

「練功! 極天蒼炎鸞きょくてんそうえんらん」だった。

 蒼き炎に身を包む不死鳥をイメージし、この練功は生成された。
 ゆえに、いかなる毒も炎が焼き尽くし、高密度で練られた闘気は外敵から己が身を守る盾となる。
 落ちてゆく、深淵の底から首の周りに襟巻えりまきをつけたスカラードラゴンが顔を出して大顎おおあごを開いていた。
 そのまま食らいつくつもりなのだろうが、そうはいかない。
 ギデオンの拳から蒼炎が放たれた。
 顔面を焼かれたスカラードラゴンの咆哮が大渓谷にこだまする。

「喰らえ、極天の一撃を!」
 苦痛で暴れる龍の眉間にギデオンが体当たりした。
 高密度、大放出量の闘気はいわば、銃弾のような物だ。
 直撃するのと同時に龍の頭を貫通した。
 その先に待ち構えていたのは、飛龍型のベルキュール。
 翼を生やした麒麟のような小柄の龍だが、すばしっこく捕まえにくい。
 おまけに口から瘴気を吐き出してくる。

 怪力でゴリ押してくるスカラードラゴンよりも、厄介な存在だった。
 邪龍と呼ばれる由縁は、そこに生息しているだけで大地や海を穢すからだ。
 百害あって一利なし。
 もとは普通の生物だったはずが、他の種族との共存をこばみ闇に飲まれ生まれ堕ち現在の姿に変わってしまった。

 いかなる事情をあろうとも、手心などくわえない。
 ハンティングとは、弱肉強食の世界だ。
 気を緩めた時点で、隙が生じる。

 ギデオンに翼はない。けれど、蒼炎は点火することで爆風を生み出す。
 右腕を真横にかざしながら炎を放つだけで、直角移動することもできる。
 急な方向転換によって、ベルキュールの不意をつくことに成功した。
 無防備になった懐に飛び込むと蒼炎の蹴りが炸裂した。
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