225 / 366
二百二十五話
しおりを挟む
忌憚なき言葉が、ランドルフの心にずしりと圧しかかる。
編み笠の剣士との力量の差を、頭では理解していても心は受け入れられていなかった。
第三者の冷静な意見、それが霞がかった現実を晒す。
こと、自分の命を救ってくれた人物の苦言であれば、ないがしろにはできない。
「わ、私は……それでも、進むしかないのです。ここで剣を捨ててしまえば、すべてが水泡に帰し、我がナハ―ルト家の命運は尽きてしまうのです。私は、私である誇りと皆が慕ってくれたナハ―ルトの名を守りたいのです」
「なるほど……その若さで、重いモノを背負っているというわけですか。差し支えなければ、ランドルフ殿が何を想い剣を手に取っているのか、お聞かせ願いたい。私という男はどうも矜持というモノに惹かれてしまうようだ」
短く生えた、あご髭を指先で摘まみながら大元は、若き騎士の顔をまじまじと見つめていた。
ランドルフの言葉の節々には妙に切迫した、焦りの色が見え隠れしていたからだ。
瞳や鼻筋、口元の筋肉の張り具合をみる限り、決して生半可な気持ちで事情を打ち明けたようではなさそうだ。
しかし、瞳だけは何よりも正直であった。
そこに覇気は乗っていなかった……。
いくら、強がって勇ましいフリをしたところで、気が抜けてしまっていては心の在処すら見失ってしまう。
「矜持なんて、上等なモノではありません。ただの固執、依存ですよ」
出された、スープを匙で、一掬いしながらランドルフはニヒルに笑う。
虚脱感によって、気持ちがすり減らされていても、剣士としてあろうとする姿勢は、美徳かもしれないが、断じて褒められるようなモノではない。
言い方を変えれば、自暴自棄になって、何の勝算もなく強者に挑もうとしている。
その為、大元は編み笠の剣士の情報をランドルフに流していいものか決めかねていた。
本来のランドルフは、勝負事にあまり固執するタイプではない。
相手とのやり取りが試合であれば、ここまで相手を気にすることはなかった。
わざわざ刺客を追って公国までやってきた行動の根源は、やはり死合いで大敗したことが起因する。
本来なら絶たれている命が、敵の手心で活かされている。
これほど、みじめで気色悪い感覚は、そう滅多には味わえない。
メンタル面での不調は様々にあるが、ランドルフが敗北という結果を拒んだ理由は、単純明快だ。
このままにしておけば、剣が振るえなくなる……それはランドルフにとってトラウマであり、一番恐れている最悪のシナリオだ。
完膚なきまで叩き潰され、剣士としての自信を失う心の致命傷。
別段、珍しい話ではない。
剣士あるあるだ。
自信の剣技レベルが世界に追いつけていないことを自覚し、想いが潰えることは誰しもあり得る。
勝手に委縮し、剣を捨てたモノの末路をランドルフは嫌というほど、知っていた。
「貴方が探している男の名はリュウマという。斬鬼のリュウマ、この国でその名を知らない者はいない。貴方のいう通り、公国最強の羅刹だ」
「お、おい大元! 教えても良いのか!? 死体を一つ増やすだけだろっ。この兄ちゃん、あからさまに様子がヘンだぞ!!」
「それを本人がいる前で、平然と言ってのける君も普通ではないよ。カンツ、人には退けない一線というモノがある。ランドルフ殿にとっては、それが剣技だったというだけさ」
大元から話を聞くと、ランドルフの真っ白だった顔色が少し色味を帯びてきた。
どこまで続く砂漠でオアシスを見つけた時のように、目標が近づいてくるという実感が、剣士としての彼を奮い立たせていた。
大元は、ランドルフに一言だけ念押しした。
「斬鬼のことを話すのは、私にとっては本意ではない。けれど、貴方は多くの人々から信頼され想いを託されているようだ。先に回答したように、このままではリュウマに斬られに行くようなモノだ。そこで提案だ、もしランドルフ殿にその気があれば私にその身を預けてみないか? 私なら貴方に更なる力を授けられる」
「お心遣い、痛み入ります。ですが、そこまで親身になられても、こちらには返すものがありません」
「リュウマを倒す、それでだけで西側を弱体化を謀れる。どうせ、玉砕覚悟で戦いに臨むというのであれば、ことさら強くなることに意義があるとは思いませんか?」
「大元様が導士であるということは分かります、ですが……無礼を承知で申し上げると、剣は不得手と心得ますが?」
「……百聞は一見にしかずか。なら、私に着いてきてください。今からどういった力かお見せしましょう。それで、判断して欲しい。これから先、貴方の役に立つ力かどうかを」
二人はギルドを出ると、すぐに街の近くにある森へと向かった。
大元に案内された、この場所は鍛錬場と呼ばれている。
「何を鍛えているのか、さっぱりだがおそらくは魔術の類か?」
そう、決めつけるランドルフは、全身にゾワッとするほどの寒気を覚えた。
慌てて振り向くと、大元の身体から白い蒸気のようなモノが放出されていた。
編み笠の剣士との力量の差を、頭では理解していても心は受け入れられていなかった。
第三者の冷静な意見、それが霞がかった現実を晒す。
こと、自分の命を救ってくれた人物の苦言であれば、ないがしろにはできない。
「わ、私は……それでも、進むしかないのです。ここで剣を捨ててしまえば、すべてが水泡に帰し、我がナハ―ルト家の命運は尽きてしまうのです。私は、私である誇りと皆が慕ってくれたナハ―ルトの名を守りたいのです」
「なるほど……その若さで、重いモノを背負っているというわけですか。差し支えなければ、ランドルフ殿が何を想い剣を手に取っているのか、お聞かせ願いたい。私という男はどうも矜持というモノに惹かれてしまうようだ」
短く生えた、あご髭を指先で摘まみながら大元は、若き騎士の顔をまじまじと見つめていた。
ランドルフの言葉の節々には妙に切迫した、焦りの色が見え隠れしていたからだ。
瞳や鼻筋、口元の筋肉の張り具合をみる限り、決して生半可な気持ちで事情を打ち明けたようではなさそうだ。
しかし、瞳だけは何よりも正直であった。
そこに覇気は乗っていなかった……。
いくら、強がって勇ましいフリをしたところで、気が抜けてしまっていては心の在処すら見失ってしまう。
「矜持なんて、上等なモノではありません。ただの固執、依存ですよ」
出された、スープを匙で、一掬いしながらランドルフはニヒルに笑う。
虚脱感によって、気持ちがすり減らされていても、剣士としてあろうとする姿勢は、美徳かもしれないが、断じて褒められるようなモノではない。
言い方を変えれば、自暴自棄になって、何の勝算もなく強者に挑もうとしている。
その為、大元は編み笠の剣士の情報をランドルフに流していいものか決めかねていた。
本来のランドルフは、勝負事にあまり固執するタイプではない。
相手とのやり取りが試合であれば、ここまで相手を気にすることはなかった。
わざわざ刺客を追って公国までやってきた行動の根源は、やはり死合いで大敗したことが起因する。
本来なら絶たれている命が、敵の手心で活かされている。
これほど、みじめで気色悪い感覚は、そう滅多には味わえない。
メンタル面での不調は様々にあるが、ランドルフが敗北という結果を拒んだ理由は、単純明快だ。
このままにしておけば、剣が振るえなくなる……それはランドルフにとってトラウマであり、一番恐れている最悪のシナリオだ。
完膚なきまで叩き潰され、剣士としての自信を失う心の致命傷。
別段、珍しい話ではない。
剣士あるあるだ。
自信の剣技レベルが世界に追いつけていないことを自覚し、想いが潰えることは誰しもあり得る。
勝手に委縮し、剣を捨てたモノの末路をランドルフは嫌というほど、知っていた。
「貴方が探している男の名はリュウマという。斬鬼のリュウマ、この国でその名を知らない者はいない。貴方のいう通り、公国最強の羅刹だ」
「お、おい大元! 教えても良いのか!? 死体を一つ増やすだけだろっ。この兄ちゃん、あからさまに様子がヘンだぞ!!」
「それを本人がいる前で、平然と言ってのける君も普通ではないよ。カンツ、人には退けない一線というモノがある。ランドルフ殿にとっては、それが剣技だったというだけさ」
大元から話を聞くと、ランドルフの真っ白だった顔色が少し色味を帯びてきた。
どこまで続く砂漠でオアシスを見つけた時のように、目標が近づいてくるという実感が、剣士としての彼を奮い立たせていた。
大元は、ランドルフに一言だけ念押しした。
「斬鬼のことを話すのは、私にとっては本意ではない。けれど、貴方は多くの人々から信頼され想いを託されているようだ。先に回答したように、このままではリュウマに斬られに行くようなモノだ。そこで提案だ、もしランドルフ殿にその気があれば私にその身を預けてみないか? 私なら貴方に更なる力を授けられる」
「お心遣い、痛み入ります。ですが、そこまで親身になられても、こちらには返すものがありません」
「リュウマを倒す、それでだけで西側を弱体化を謀れる。どうせ、玉砕覚悟で戦いに臨むというのであれば、ことさら強くなることに意義があるとは思いませんか?」
「大元様が導士であるということは分かります、ですが……無礼を承知で申し上げると、剣は不得手と心得ますが?」
「……百聞は一見にしかずか。なら、私に着いてきてください。今からどういった力かお見せしましょう。それで、判断して欲しい。これから先、貴方の役に立つ力かどうかを」
二人はギルドを出ると、すぐに街の近くにある森へと向かった。
大元に案内された、この場所は鍛錬場と呼ばれている。
「何を鍛えているのか、さっぱりだがおそらくは魔術の類か?」
そう、決めつけるランドルフは、全身にゾワッとするほどの寒気を覚えた。
慌てて振り向くと、大元の身体から白い蒸気のようなモノが放出されていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる