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二百二十五話
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忌憚なき言葉が、ランドルフの心にずしりと圧しかかる。
編み笠の剣士との力量の差を、頭では理解していても心は受け入れられていなかった。
第三者の冷静な意見、それが霞がかった現実を晒す。
こと、自分の命を救ってくれた人物の苦言であれば、ないがしろにはできない。
「わ、私は……それでも、進むしかないのです。ここで剣を捨ててしまえば、すべてが水泡に帰し、我がナハ―ルト家の命運は尽きてしまうのです。私は、私である誇りと皆が慕ってくれたナハ―ルトの名を守りたいのです」
「なるほど……その若さで、重いモノを背負っているというわけですか。差し支えなければ、ランドルフ殿が何を想い剣を手に取っているのか、お聞かせ願いたい。私という男はどうも矜持というモノに惹かれてしまうようだ」
短く生えた、あご髭を指先で摘まみながら大元は、若き騎士の顔をまじまじと見つめていた。
ランドルフの言葉の節々には妙に切迫した、焦りの色が見え隠れしていたからだ。
瞳や鼻筋、口元の筋肉の張り具合をみる限り、決して生半可な気持ちで事情を打ち明けたようではなさそうだ。
しかし、瞳だけは何よりも正直であった。
そこに覇気は乗っていなかった……。
いくら、強がって勇ましいフリをしたところで、気が抜けてしまっていては心の在処すら見失ってしまう。
「矜持なんて、上等なモノではありません。ただの固執、依存ですよ」
出された、スープを匙で、一掬いしながらランドルフはニヒルに笑う。
虚脱感によって、気持ちがすり減らされていても、剣士としてあろうとする姿勢は、美徳かもしれないが、断じて褒められるようなモノではない。
言い方を変えれば、自暴自棄になって、何の勝算もなく強者に挑もうとしている。
その為、大元は編み笠の剣士の情報をランドルフに流していいものか決めかねていた。
本来のランドルフは、勝負事にあまり固執するタイプではない。
相手とのやり取りが試合であれば、ここまで相手を気にすることはなかった。
わざわざ刺客を追って公国までやってきた行動の根源は、やはり死合いで大敗したことが起因する。
本来なら絶たれている命が、敵の手心で活かされている。
これほど、みじめで気色悪い感覚は、そう滅多には味わえない。
メンタル面での不調は様々にあるが、ランドルフが敗北という結果を拒んだ理由は、単純明快だ。
このままにしておけば、剣が振るえなくなる……それはランドルフにとってトラウマであり、一番恐れている最悪のシナリオだ。
完膚なきまで叩き潰され、剣士としての自信を失う心の致命傷。
別段、珍しい話ではない。
剣士あるあるだ。
自信の剣技レベルが世界に追いつけていないことを自覚し、想いが潰えることは誰しもあり得る。
勝手に委縮し、剣を捨てたモノの末路をランドルフは嫌というほど、知っていた。
「貴方が探している男の名はリュウマという。斬鬼のリュウマ、この国でその名を知らない者はいない。貴方のいう通り、公国最強の羅刹だ」
「お、おい大元! 教えても良いのか!? 死体を一つ増やすだけだろっ。この兄ちゃん、あからさまに様子がヘンだぞ!!」
「それを本人がいる前で、平然と言ってのける君も普通ではないよ。カンツ、人には退けない一線というモノがある。ランドルフ殿にとっては、それが剣技だったというだけさ」
大元から話を聞くと、ランドルフの真っ白だった顔色が少し色味を帯びてきた。
どこまで続く砂漠でオアシスを見つけた時のように、目標が近づいてくるという実感が、剣士としての彼を奮い立たせていた。
大元は、ランドルフに一言だけ念押しした。
「斬鬼のことを話すのは、私にとっては本意ではない。けれど、貴方は多くの人々から信頼され想いを託されているようだ。先に回答したように、このままではリュウマに斬られに行くようなモノだ。そこで提案だ、もしランドルフ殿にその気があれば私にその身を預けてみないか? 私なら貴方に更なる力を授けられる」
「お心遣い、痛み入ります。ですが、そこまで親身になられても、こちらには返すものがありません」
「リュウマを倒す、それでだけで西側を弱体化を謀れる。どうせ、玉砕覚悟で戦いに臨むというのであれば、ことさら強くなることに意義があるとは思いませんか?」
「大元様が導士であるということは分かります、ですが……無礼を承知で申し上げると、剣は不得手と心得ますが?」
「……百聞は一見にしかずか。なら、私に着いてきてください。今からどういった力かお見せしましょう。それで、判断して欲しい。これから先、貴方の役に立つ力かどうかを」
二人はギルドを出ると、すぐに街の近くにある森へと向かった。
大元に案内された、この場所は鍛錬場と呼ばれている。
「何を鍛えているのか、さっぱりだがおそらくは魔術の類か?」
そう、決めつけるランドルフは、全身にゾワッとするほどの寒気を覚えた。
慌てて振り向くと、大元の身体から白い蒸気のようなモノが放出されていた。
編み笠の剣士との力量の差を、頭では理解していても心は受け入れられていなかった。
第三者の冷静な意見、それが霞がかった現実を晒す。
こと、自分の命を救ってくれた人物の苦言であれば、ないがしろにはできない。
「わ、私は……それでも、進むしかないのです。ここで剣を捨ててしまえば、すべてが水泡に帰し、我がナハ―ルト家の命運は尽きてしまうのです。私は、私である誇りと皆が慕ってくれたナハ―ルトの名を守りたいのです」
「なるほど……その若さで、重いモノを背負っているというわけですか。差し支えなければ、ランドルフ殿が何を想い剣を手に取っているのか、お聞かせ願いたい。私という男はどうも矜持というモノに惹かれてしまうようだ」
短く生えた、あご髭を指先で摘まみながら大元は、若き騎士の顔をまじまじと見つめていた。
ランドルフの言葉の節々には妙に切迫した、焦りの色が見え隠れしていたからだ。
瞳や鼻筋、口元の筋肉の張り具合をみる限り、決して生半可な気持ちで事情を打ち明けたようではなさそうだ。
しかし、瞳だけは何よりも正直であった。
そこに覇気は乗っていなかった……。
いくら、強がって勇ましいフリをしたところで、気が抜けてしまっていては心の在処すら見失ってしまう。
「矜持なんて、上等なモノではありません。ただの固執、依存ですよ」
出された、スープを匙で、一掬いしながらランドルフはニヒルに笑う。
虚脱感によって、気持ちがすり減らされていても、剣士としてあろうとする姿勢は、美徳かもしれないが、断じて褒められるようなモノではない。
言い方を変えれば、自暴自棄になって、何の勝算もなく強者に挑もうとしている。
その為、大元は編み笠の剣士の情報をランドルフに流していいものか決めかねていた。
本来のランドルフは、勝負事にあまり固執するタイプではない。
相手とのやり取りが試合であれば、ここまで相手を気にすることはなかった。
わざわざ刺客を追って公国までやってきた行動の根源は、やはり死合いで大敗したことが起因する。
本来なら絶たれている命が、敵の手心で活かされている。
これほど、みじめで気色悪い感覚は、そう滅多には味わえない。
メンタル面での不調は様々にあるが、ランドルフが敗北という結果を拒んだ理由は、単純明快だ。
このままにしておけば、剣が振るえなくなる……それはランドルフにとってトラウマであり、一番恐れている最悪のシナリオだ。
完膚なきまで叩き潰され、剣士としての自信を失う心の致命傷。
別段、珍しい話ではない。
剣士あるあるだ。
自信の剣技レベルが世界に追いつけていないことを自覚し、想いが潰えることは誰しもあり得る。
勝手に委縮し、剣を捨てたモノの末路をランドルフは嫌というほど、知っていた。
「貴方が探している男の名はリュウマという。斬鬼のリュウマ、この国でその名を知らない者はいない。貴方のいう通り、公国最強の羅刹だ」
「お、おい大元! 教えても良いのか!? 死体を一つ増やすだけだろっ。この兄ちゃん、あからさまに様子がヘンだぞ!!」
「それを本人がいる前で、平然と言ってのける君も普通ではないよ。カンツ、人には退けない一線というモノがある。ランドルフ殿にとっては、それが剣技だったというだけさ」
大元から話を聞くと、ランドルフの真っ白だった顔色が少し色味を帯びてきた。
どこまで続く砂漠でオアシスを見つけた時のように、目標が近づいてくるという実感が、剣士としての彼を奮い立たせていた。
大元は、ランドルフに一言だけ念押しした。
「斬鬼のことを話すのは、私にとっては本意ではない。けれど、貴方は多くの人々から信頼され想いを託されているようだ。先に回答したように、このままではリュウマに斬られに行くようなモノだ。そこで提案だ、もしランドルフ殿にその気があれば私にその身を預けてみないか? 私なら貴方に更なる力を授けられる」
「お心遣い、痛み入ります。ですが、そこまで親身になられても、こちらには返すものがありません」
「リュウマを倒す、それでだけで西側を弱体化を謀れる。どうせ、玉砕覚悟で戦いに臨むというのであれば、ことさら強くなることに意義があるとは思いませんか?」
「大元様が導士であるということは分かります、ですが……無礼を承知で申し上げると、剣は不得手と心得ますが?」
「……百聞は一見にしかずか。なら、私に着いてきてください。今からどういった力かお見せしましょう。それで、判断して欲しい。これから先、貴方の役に立つ力かどうかを」
二人はギルドを出ると、すぐに街の近くにある森へと向かった。
大元に案内された、この場所は鍛錬場と呼ばれている。
「何を鍛えているのか、さっぱりだがおそらくは魔術の類か?」
そう、決めつけるランドルフは、全身にゾワッとするほどの寒気を覚えた。
慌てて振り向くと、大元の身体から白い蒸気のようなモノが放出されていた。
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