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二百十七話

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 地面に突き刺さったクロオリの本体がガタンと音を鳴らし傾いた。
 装甲版が、はがれおちただけでも、気が気ではないロッティが口に方手を突っ込んで爪を噛み始めた。
 不安や迷いでストレスを発している。
 お世辞でも行儀が良いとは言えない行動だが警戒するのは、ある種の自己防衛と呼べる。

 白煙を上げるクロオリの外装、わずかできた隙間から中の様子が見れそうだった。
 見れそうであって、見ることは困難。
 そこから感じる気配は、ピリピリと肌を刺してくる。

「おっさん! どうにかできないのか? ここのままだと、クロオリが開いてしまうぞ」

「それが出来ないのだ。すでに眠りから醒めておる!!」

「一体、あの中に何が入っているんだよ!?」

「悪意だ……誰のモノかは知らないが最悪が封じられていたんだ。ぐぬぬ……せめて、時間さえあれば山の火口に落としてやれるのだが……」

 ロッティは脱兎のごとく逃げだしたかった。
 両手、両足を力強く振ってバタバタしても、その身は拘束されている。
 いくら、頑張っても一歩も進めてはいない。

「貴公は逃げないのか? ワスを捕まえていても意味などないぞ!」

「あるだろう。食料庫に用がどうとか適当な嘘をついてたよな? 本当は、クロオリを前線にだして、何かを試そうとしていたんだろう?」

「嗚呼ぁっぁああ――――聞こえない。聞こえないぃぃいいい」

 白を切る中年が声を張り上げた。
 それに合わせて、クロオリがの固定具がポロッ外れた。
 自然にそうなったわけではない……内側から強引に外装をこじ開けようとしている。

 ドガッ!! 蹴り飛ばされたようにクロオリの腹部の装甲が弾け飛んだ。
 その中で独り、うずくまっていたのは無数の管につながれた少女だった。

 ゆっくりと開かれる瞳に光が走る。
 脅威とは程遠いような存在……ギデオンにとってどこか懐かしい感じがした。

「カーラ……いや、長耳だ。似ているがチガウ! エルフ族か!」

 思わず口に出てしまった名は、ギデオンの屋敷で給仕を務めていた使用人のものだった。
 他人の空似……にしてもアーモンドような目や小ぶりの口元は、彼女のものと非常に似ている。
 カーラの顔を幼くした少女は、どことなくコケティッシュな魅力を持っていた。

 半透明なゼリー状の膜の中から浮上するように、少女はクロオリの中から出てきた。
 一糸まとわぬ姿から、周囲の魔素取り込み疑似的な衣類を生み出す。
 全身にフィットするようなボディスーツと、それをおおう、ゆったりとしたレース生地をドレスとする。
 おおよそ、人間にできない魔導の扱い方……彼女の正体について考えられるのは二つ。
 魔女か、魔族かだ。

「彼女は何なんだ? 答えろ、ロッティ! さもなくば、僕もアンタも無事ではいられないぞ!!」

「あれは、悪魔だ!! 文献では、アレのことを眠り姫と記してあった。その手に持つ香炉で、自分以外の女たちを眠らせ美貌を吸い取る。美の権化! 真に恐ろしきは―――滅びの星という魔法だ。小さな点となるまで圧縮した魔法は解放した途端に凄まじい破壊力を生み出す」

「おまけに膨大なる魔力か……厄介なこと極まりない相手だな」

 檻から解き放たれた眠り姫は、状況を飲み込めていないようだった。
 辺りをキョロキョロと見回し、終始、何かを探しているように見える。

『もし……訊くが、人の子よ。ここは、どこぞ?』

 か細い声が間近で聞こえる、念話。
 散々、ジェイクとやり取りしていたおかげで、抵抗は少ない。
 まさか、脅威と呼ばれる相手から質問を受けるとは予想外もいいところだ。

「東方大陸の中央部にあるドルゲニア公国だ。こちらも、君に訊きたいことがある」

『ドルゲニア? 少し前まではサーマリアの地にいたはずだが……!? そこの男、覚えがあるぞ! 墓荒らしだ……ほう、私の為に捕らえてくれたというのか?』

 確かに取り押さえてはいるが、それは別の目的があるからだ。
 そうとはきり出せず、盛大に誤解を招いてしまったようだ。

 少女から『その男の身柄を引き渡せ』と催促を受ける度に、見捨てないでくれとロッティが瞳をウルウルさせてくる。
 他人の墓を荒らした天罰だ。
 言われた通り引き渡してやってもいいが、そうなると目覚めた悪魔を封じる方法、クロオリは二度と作成できない事態に陥ってしまう。

「この男の身はしばく僕に預けさせてくれないか? 君が探しているモノの在処が分かるかもしれないぞ」

 眠り姫は、ギデオンの提案にしばし考えを巡らせていた。
 数分の後、難しい顔をしながら彼女は告げた。

『それはない』と……。
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