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二百十五話
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ロッティ・マウアは白いロングコートに眼帯という目立つ容姿でありながらも、どこか影の薄い男だった。
肌の血色も悪く浅黒い、眼元もくぼみ頬も若干こけている。
おおよそ、戦力として最前列には並べそうにない。
裏方に徹したほうが良いのではないのかと誰もが思うだろう。
ギデオンもまた、その中の一人だった。
それなりに武術の練度が高い彼からしても、ロッティが無防備なのは明確だった。
むしろ、露骨すぎて裏があるのではないと疑ってもいた。
結果、半分は正解で、残りは誤りだった。
ロッティは戦士タイプではなく、ましてや練功が使えるわけでもない。
なら、術師タイプなのかと聞かれれば、肯定し辛いところがある。
つまるところ、ギデオンも知らない未知の攻撃……。
ロッティの手元から伸びている、それを引いた瞬間、仕掛けてあった罠が作動し始めた。
トラップマスター、その異名を持つドクター、ロッティ・マウアは公国にきっての科学者である。
元々、共和国の出身であり、大陸横断列車や魔導船の設計にたずさわった研究者の一人だ。
どうして祖国の敵対国家に移住したのか? 理由は本人以外、誰も知らない。
ただ、公国に来る以前は常に嘆き悲しんでいたという……。
「共和国には夢がない。技術がもたらすのは、必ずしも恩恵ばかりではない」と。
「ワスら、研究者は目覚めさせてはいけないモノを呼び起こしてしまったのだ……その一端がこれだ」
手元に仕込んであったのは、糸ように細いワイヤーだった。
ワイヤーが巻き取られるにつれて地面が盛り上がり本体が出現してゆく。
その正体は、二脚で稼働する鉄人。
オートマタと呼ばれる、俗にいう機械人形ではあるが世間の知名度はまだまだ低い。
ギデオンも初めて目にするオートマタが、機械だとは露ほども思っていなかった。
それこそ、奇妙な甲冑を着込んでいる奴がいるぐらいの意識しか持っていなかった。
「さあ、素直に話すがいい。オートマタの餌食になりたくないのであらばな」
「オートマタ? それがコイツの名前か……全身甲冑なんて動きにくい恰好で大丈夫なのか?」
「……百聞は一見に如かず。実際にバトってみれば、コイツの脅威は嫌でも解明されよう。丁度、新しい戦闘データが欲しくなったところだ。貴公がやるつもりならば、こちらも容赦せんぞ」
「掛かってこい!」
ロッティの脅しはギデオンには通じなかった。
子供など、ちょっと小突けば簡単に引き下がると姑息な考えが透けてみえる。
だからこそ、余計に闘志が増す。
高みの見物をしている権力者とその犬たちを同じ土俵に引きずり落す覚悟はできている。
「いけぇぇえい! 我が最高傑作、クロオリよ。愚か者に科学の力を知らしめてやるのだ!!」
キュィィィィ―――
かすかな、稼動音とともにオートマタの目元が点滅した。
それは、攻撃対象をロックオンする為の、認識データが起動しているということだ。
一度、狙われたら最期、標的を破壊するまで攻撃し続けてくる。
両腕の袖口の部分が押し拡げられ中から銃口が顔をのぞかせた。
ズガガガアッ!!! ダダダダアダダアダァ――ン!!
霊峰トラロックの中腹で、耳を突き刺すような物々しい音がこだました。
マシンガンのごとく火を吐き続ける銃撃は、もはや治安を護るものではなく、敵を討ち滅ぼすことだけに特化した悪意そのものである。
大勢の人間を殺戮するために生み出された兵器は、今の時代に存在してはならないモノだ。
パーミッション・トランスの瞬間跳躍によりギデオンは銃弾の嵐を迅速に回避した。
そのまま、敵の背後に着地すると同時にギデオンの上段蹴りが飛んだ。
クロオリは上半身、下半身を別々の方向に移動させ、辛うじて左腕部のガードが間に合った。
だが、惜しいことに強度が足りていない。
ベキベキッと変形してゆく最高傑作を見た途端、ロッティは発狂した。
「んあななななななあんいいいい―――!? 砲撃でも着弾したのかぁぁぁ――――あ!?」
頭を、かきむしりながら、苦悩の声を上げる。
人智を越える何かによって、機械が人間にパワー負けしている。
二転、三転と横転するクロオリがガラクタにしか見えなくなっていた。
ギデオンが装着しているブーツの底から白煙が舞っている。
それほどまでに強烈な一撃だった。
衝撃に耐えうるギデオンの体幹も凄いが、どのような戦況でも自身の戦い方を崩さない。
その一点が、何者にも勝る強さを生み出す。
「やっと、追いついた! って……ワンコ、いきなり走り出すんじゃねぇべ」
少年を乗せた、大柄の獣がこちらに向かって駆けてきた。
ギデオンに追い詰められていたロッティにとって、またとない好機が訪れた。
―――少年を盾にすれば、奴を従わせることができる。
何の根拠もない妄想に、西方の将はゲスな笑みを浮かべていた。
肌の血色も悪く浅黒い、眼元もくぼみ頬も若干こけている。
おおよそ、戦力として最前列には並べそうにない。
裏方に徹したほうが良いのではないのかと誰もが思うだろう。
ギデオンもまた、その中の一人だった。
それなりに武術の練度が高い彼からしても、ロッティが無防備なのは明確だった。
むしろ、露骨すぎて裏があるのではないと疑ってもいた。
結果、半分は正解で、残りは誤りだった。
ロッティは戦士タイプではなく、ましてや練功が使えるわけでもない。
なら、術師タイプなのかと聞かれれば、肯定し辛いところがある。
つまるところ、ギデオンも知らない未知の攻撃……。
ロッティの手元から伸びている、それを引いた瞬間、仕掛けてあった罠が作動し始めた。
トラップマスター、その異名を持つドクター、ロッティ・マウアは公国にきっての科学者である。
元々、共和国の出身であり、大陸横断列車や魔導船の設計にたずさわった研究者の一人だ。
どうして祖国の敵対国家に移住したのか? 理由は本人以外、誰も知らない。
ただ、公国に来る以前は常に嘆き悲しんでいたという……。
「共和国には夢がない。技術がもたらすのは、必ずしも恩恵ばかりではない」と。
「ワスら、研究者は目覚めさせてはいけないモノを呼び起こしてしまったのだ……その一端がこれだ」
手元に仕込んであったのは、糸ように細いワイヤーだった。
ワイヤーが巻き取られるにつれて地面が盛り上がり本体が出現してゆく。
その正体は、二脚で稼働する鉄人。
オートマタと呼ばれる、俗にいう機械人形ではあるが世間の知名度はまだまだ低い。
ギデオンも初めて目にするオートマタが、機械だとは露ほども思っていなかった。
それこそ、奇妙な甲冑を着込んでいる奴がいるぐらいの意識しか持っていなかった。
「さあ、素直に話すがいい。オートマタの餌食になりたくないのであらばな」
「オートマタ? それがコイツの名前か……全身甲冑なんて動きにくい恰好で大丈夫なのか?」
「……百聞は一見に如かず。実際にバトってみれば、コイツの脅威は嫌でも解明されよう。丁度、新しい戦闘データが欲しくなったところだ。貴公がやるつもりならば、こちらも容赦せんぞ」
「掛かってこい!」
ロッティの脅しはギデオンには通じなかった。
子供など、ちょっと小突けば簡単に引き下がると姑息な考えが透けてみえる。
だからこそ、余計に闘志が増す。
高みの見物をしている権力者とその犬たちを同じ土俵に引きずり落す覚悟はできている。
「いけぇぇえい! 我が最高傑作、クロオリよ。愚か者に科学の力を知らしめてやるのだ!!」
キュィィィィ―――
かすかな、稼動音とともにオートマタの目元が点滅した。
それは、攻撃対象をロックオンする為の、認識データが起動しているということだ。
一度、狙われたら最期、標的を破壊するまで攻撃し続けてくる。
両腕の袖口の部分が押し拡げられ中から銃口が顔をのぞかせた。
ズガガガアッ!!! ダダダダアダダアダァ――ン!!
霊峰トラロックの中腹で、耳を突き刺すような物々しい音がこだました。
マシンガンのごとく火を吐き続ける銃撃は、もはや治安を護るものではなく、敵を討ち滅ぼすことだけに特化した悪意そのものである。
大勢の人間を殺戮するために生み出された兵器は、今の時代に存在してはならないモノだ。
パーミッション・トランスの瞬間跳躍によりギデオンは銃弾の嵐を迅速に回避した。
そのまま、敵の背後に着地すると同時にギデオンの上段蹴りが飛んだ。
クロオリは上半身、下半身を別々の方向に移動させ、辛うじて左腕部のガードが間に合った。
だが、惜しいことに強度が足りていない。
ベキベキッと変形してゆく最高傑作を見た途端、ロッティは発狂した。
「んあななななななあんいいいい―――!? 砲撃でも着弾したのかぁぁぁ――――あ!?」
頭を、かきむしりながら、苦悩の声を上げる。
人智を越える何かによって、機械が人間にパワー負けしている。
二転、三転と横転するクロオリがガラクタにしか見えなくなっていた。
ギデオンが装着しているブーツの底から白煙が舞っている。
それほどまでに強烈な一撃だった。
衝撃に耐えうるギデオンの体幹も凄いが、どのような戦況でも自身の戦い方を崩さない。
その一点が、何者にも勝る強さを生み出す。
「やっと、追いついた! って……ワンコ、いきなり走り出すんじゃねぇべ」
少年を乗せた、大柄の獣がこちらに向かって駆けてきた。
ギデオンに追い詰められていたロッティにとって、またとない好機が訪れた。
―――少年を盾にすれば、奴を従わせることができる。
何の根拠もない妄想に、西方の将はゲスな笑みを浮かべていた。
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