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二百十話

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 アビィがいる山岳ロッジを出たギデオン。
 感情のまま突っ走ったのは、らしくない行為だった。
 そう猛省する頃には、山頂から大分離れた位置まで進んでしまった。

 自身の行為はギデオンにとっても思いがけないモノだった。
 何によって突き動かされたのかは、理解に及んではいた。
 どことなく、彼女の雰囲気が気に入らない。
 近くもなく、見放すわけでもない常に目が届く場所にいる存在感が、司教と同一だったからこそ余計に受け入れられなかった。

 自分は、これからどうすべきなのだろうか?
 アビィに指摘されたとおり、カナッペの所在をつかむ手掛かりなど、どこにもない。
 土地勘のない場所で闇雲に動けば、現状のように方向感覚を失う。
 得意の嗅覚で龍や魔物に遭遇しないように移動するのは可能だが、向かうべき場所が定まっていない。

 いっそ、最初の目的どおり邪龍退治でもやろうか。そう思い立った時、子供の声が耳をかすめた。

「―――兄ちゃん。ギデの兄ちゃん!! どこにいるんだよ、返事してくれよぅ」

 半ば、泣きそうな声色に、指先で髪をクシャクシャすると、ギデオンは彼の前に姿を見せた。

「やはり、シユウか。どうして僕について来たんだ? 先生に頼まれたからか?」

「あっ、いた! 聞きたのはオイラのほうさ。兄ちゃんが、どうしてアビィさんの家から飛び出していったのか? 分からないから追いかけてきたんさ」

 額に汗するシユウにギデオンは、ハンカチを差し出した。
 身分や暮らしが変わっても、幼い頃から身につけた教養は依然、残っている。
 何れ、貴族に復帰することもあるのかもしれない。
 仄かな下心があるからこそ、これまで築いてきたモノ、すべてを捨て去ることができずにいる。

「すまない。余計は心配をかけたな……けれど、あの人は駄目だ。僕は、彼女を師とあがめることはできない」
 ギデオンの率直な想い。
 シユウなりに何かを察したのか、腕をつかんで「なら、オイラといっしょに先生のところへもどるだよ!」と引っ張ってくれた。
 自分よりも年下の彼に、気を遣わせてしまっている。
 申し訳なさに混じり、己の未熟さを痛感させられる。

 背負うモノの大きさは違えど、何も背負っていない人間など、滅多やたらにいない。
 この甘えを断ち切らないと同じ過ちの繰り返しだ。

「シユウ、君に頼みたいことがあるんだがいいかい?」

「別に構わないけど……邪龍退治はしないど」

「分かっているさ。ただ、せっかく公国の中心に来たんだ。帰る前に目的は果たさないとな……少し他地域の様子を探りたい」

 頼みごとをする最中、ギデオンの鼻孔がわずかに拡がった。
 風に混じり、微弱な血の香りがする。それは西方面地域から流れてきている。
 臭いの原因と異常を探る為には、今行動に出なければ機を逃してしまう。

「分かっただ。オイラも他所の地域には興味があるし付き合うちゃ」

 了承を得ると、直ちに移動を開始した。
 夜がないとはいえ、峰であるトラロックの中腹は、多くの魔物にとって住みやすい環境とも言える。
 それらしき、気配を察知するなりシユウが物陰に隠れるように伝えてくれる。
 練功の基礎を習得している彼は、少し離れた場所から生き物の気を捉えることができる。

 精度はともかく、ギデオンにも近しいことができる。
 モンスターの動きを見切り、二人は崖を縁取る細道までやってきた。

「壁となった岩肌をつたってゆけば、なんてことはないさ! 足元が崩れないかぎりは……」
 少年の強張った声が断崖に響く。


「怖いのなら、ここに残ってくれてもいい。ただし、魔物に襲われても助けられないぞ」

「そんな、怖いこと言わんと。この先の釣り橋を渡れば、西の地域に入るよ」

「確認しておくが、足を踏み入れても大丈夫なのか?」

 ギデオンの疑問に「東以外は問題ねぇ」とシユウは答えた。
 東の公都、そこに大王たるアナバタッタの居城がある。
 五層塔型の城で小天守と連結している朱襟城。
 文字通り瓦以外は真っ赤に染められている為、遠方からもすぐに目につく。
 現在、その真逆に位置する吊り橋を渡るギデオンたちには、その姿を確かめる術はない。
 高所でも動じないギデオンは、不安定に揺れる橋の上でも構わず歩いてゆく。
 対してシユウは恐怖で足がすくみ一歩ずつ、慎重に進むのがやっとだった。

「苦戦しているようだな。手伝おうか!?」橋を渡り切ったギデオンが声をかける。

「いいんや、オイラ一人で十分でよ!」シユウは気丈に振る舞いながらも、男の意地を見せていた。

 そのわずか、数秒後……トラロックの西地区エリアにて大きな爆発が発生した。
 背後から眩しい閃光が走った。直後、爆風がギデオンたちがいる絶壁地帯にまで吹き抜けてきた。

「うわわああああ!!」吊り橋の方から悲鳴が聞こえた。
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