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二百八話
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疑り深いのは決して悪いことではない。
疑念を抱くぶん、物事を真摯にとらえている。
それが、分からない者にとっては気疲れするように映ってしまうが、思慮深くあるのも、また処世術だ。
ドアの向こうから、女性の声が聞こえた。
ギデオンにとって、警戒するには充分なシチュエーションだ。
心よりも先に、身体のほうが拒絶反応を示す。
このドアに近づくのは、危険だと自身に訴えてきていた。
ガチャリ――――
「伏せろ、シユウ!」戸が開いた瞬間、ギデオンはシユウの頭を押さえて屈んだ。
爆音とともに、開いたドアの隙間から黒炭のような塊が、いくつか飛び散り、一部が近場の木の幹にめり込んだ。
殺意なき襲撃……もし反射的に身を低くしていなければ、謎の塊が自分の顔面に直撃していたのではないのか?
想像しただけでも身の毛がよだつ。
「アビィさん……また、やらかしたんすか?」
隣にいたシユウが、やれやれといった顔つきで立ち上がった。
「おい、扉に近づくのは――――」
すぐに、ギデオンが呼び止めるも「気にしなくてもいいちょ。毎度のことだし」とあっさりと言われてしまった。
「ゴメン、ゴメン! いやー、ひっさしぶりに料理してみたんだけど慣れないことはするんじゃないわな。まぁ、大元なら避けると思って………どちら様?」
ロッジの中から出てきたのは、エプロン姿の大人びた感じの女性だった。
その姿を確認して、ようやくシユウが何を言わんとしたのか、ギデオンにもハッキリと読めてきた。
言葉通り、アビィと呼ばれる女性は料理をしていたようだ……ミトンで掴んだ鉄板には、ひどく炭化しぐちゃぐちゃになった物体Xが検出された。
何をどうすれば、調理したモノが爆弾になるのか……想像し難い。
言い方は悪いが、ピンクのエプロンも似合っていない。
伸びた襟足を束ねたショートポニー彼女は、雰囲気からして家庭的ではなく、大胆な女性だというのが伝わってくる
「その先生の弟子のシユウだす! 今日は、先生の代わりにギデの兄ちゃんを連れてきただ」
「おおっ! 誰かと思ったら大元の弟子か。相変わらず、ちっこいままだなぁ~、ちゃんと好き嫌いせずに、ご飯食べなよ」
「要らぬ、心配しないで欲しいさ! オイラも大人になれば、先生にみたいになるさ」
「あんな、人が良いだけの変わり者になるのは、お姉さんオススメしないなぁ。それで……君が彼の代理なのかい?」
アビィはしばし、無言でギデオンを見詰めていた。
吟味、選定といった見方に胸中が疼く。
売り買いしないだけで、値踏みされているような気がした。
何かしら意図してやっていることだとは思うが正直、苦手意識が強い。
「そうね。ここには何をしに来たのかなぁ?」
「これを先生から預かっている。どうぞ」
「ふ~ん、大元の奴……このワタシに君の面倒を見ろと言ってきたよ」
渡された書簡をしげしげと眺め、眉をしかめるアビィ。
まったく持って、何の説明も受けていなかったギデオンもまた、同じような酸っぱい顔をしていた。
「まっ、立ち話もなんだからさ。入んなよ、茶ぐらいは出すから」
さきほどまで渋い顔をしておきながら、いきなり緊張感に欠けるユルさ全開の態度なっていた。
雲を掴むような変わり身の速さに、アビィという女性の人物像が定まらずにいた。
ドス黒い茶が出てきた……。
茶すら、まともに淹れらない。この人が今まで一人で生活できていたことが信じられない。
一応、掃除は問題ないのか、案内された応接間はちゃんと綺麗に片付いている――――
「私物とか置かないんだよね~、いつでもすぐに逃げ出せるようにしとかないと。ここいら龍が多いし」
わけでもなかった。
「んで、二人とも大元から練功はどれぐらい教わったんだい?」
ソファーに身体を預けて座るアビィは、完全にくつろぎモードに入っていた。
「オイラは基礎を徹底してやってます」と真っ先にシユウが答える。
当然ながらギデオンは「全然、何一つ教わってない」
そう返すしかなかった。
「あちゃ~、君、他国の人間なのか。あの石頭め、セオリー通りにしか物事を考えられないのかぁ?」
「どういう意味だ? 先生は貴女に指示を受けろと言っているらしいけど、貴女に何の得もないはずだ!」
「まぁ、そうなんだけどさぁ~。たまには、ちゃんとした物を食べたいんだよねぇー、チラッ。シェフとか雇おうとしてもこんな危険地帯にやってくる物好きはいないんだよ、チラッ」
願望がだだ漏れな彼女を師と仰ぐには、一体、どれほどの時間を要するのだろうか?
要は飯炊き係が欲しいだけで、ちゃんと練功について教えてくれる保証はどこにもない。
そもそも、他所者に教えてはいけないと決まっているはずだ。
そのことを尋ねると、アビィはあっけらかんに言い放った。
「バレなきゃ、ノーカンっしょ」
疑念を抱くぶん、物事を真摯にとらえている。
それが、分からない者にとっては気疲れするように映ってしまうが、思慮深くあるのも、また処世術だ。
ドアの向こうから、女性の声が聞こえた。
ギデオンにとって、警戒するには充分なシチュエーションだ。
心よりも先に、身体のほうが拒絶反応を示す。
このドアに近づくのは、危険だと自身に訴えてきていた。
ガチャリ――――
「伏せろ、シユウ!」戸が開いた瞬間、ギデオンはシユウの頭を押さえて屈んだ。
爆音とともに、開いたドアの隙間から黒炭のような塊が、いくつか飛び散り、一部が近場の木の幹にめり込んだ。
殺意なき襲撃……もし反射的に身を低くしていなければ、謎の塊が自分の顔面に直撃していたのではないのか?
想像しただけでも身の毛がよだつ。
「アビィさん……また、やらかしたんすか?」
隣にいたシユウが、やれやれといった顔つきで立ち上がった。
「おい、扉に近づくのは――――」
すぐに、ギデオンが呼び止めるも「気にしなくてもいいちょ。毎度のことだし」とあっさりと言われてしまった。
「ゴメン、ゴメン! いやー、ひっさしぶりに料理してみたんだけど慣れないことはするんじゃないわな。まぁ、大元なら避けると思って………どちら様?」
ロッジの中から出てきたのは、エプロン姿の大人びた感じの女性だった。
その姿を確認して、ようやくシユウが何を言わんとしたのか、ギデオンにもハッキリと読めてきた。
言葉通り、アビィと呼ばれる女性は料理をしていたようだ……ミトンで掴んだ鉄板には、ひどく炭化しぐちゃぐちゃになった物体Xが検出された。
何をどうすれば、調理したモノが爆弾になるのか……想像し難い。
言い方は悪いが、ピンクのエプロンも似合っていない。
伸びた襟足を束ねたショートポニー彼女は、雰囲気からして家庭的ではなく、大胆な女性だというのが伝わってくる
「その先生の弟子のシユウだす! 今日は、先生の代わりにギデの兄ちゃんを連れてきただ」
「おおっ! 誰かと思ったら大元の弟子か。相変わらず、ちっこいままだなぁ~、ちゃんと好き嫌いせずに、ご飯食べなよ」
「要らぬ、心配しないで欲しいさ! オイラも大人になれば、先生にみたいになるさ」
「あんな、人が良いだけの変わり者になるのは、お姉さんオススメしないなぁ。それで……君が彼の代理なのかい?」
アビィはしばし、無言でギデオンを見詰めていた。
吟味、選定といった見方に胸中が疼く。
売り買いしないだけで、値踏みされているような気がした。
何かしら意図してやっていることだとは思うが正直、苦手意識が強い。
「そうね。ここには何をしに来たのかなぁ?」
「これを先生から預かっている。どうぞ」
「ふ~ん、大元の奴……このワタシに君の面倒を見ろと言ってきたよ」
渡された書簡をしげしげと眺め、眉をしかめるアビィ。
まったく持って、何の説明も受けていなかったギデオンもまた、同じような酸っぱい顔をしていた。
「まっ、立ち話もなんだからさ。入んなよ、茶ぐらいは出すから」
さきほどまで渋い顔をしておきながら、いきなり緊張感に欠けるユルさ全開の態度なっていた。
雲を掴むような変わり身の速さに、アビィという女性の人物像が定まらずにいた。
ドス黒い茶が出てきた……。
茶すら、まともに淹れらない。この人が今まで一人で生活できていたことが信じられない。
一応、掃除は問題ないのか、案内された応接間はちゃんと綺麗に片付いている――――
「私物とか置かないんだよね~、いつでもすぐに逃げ出せるようにしとかないと。ここいら龍が多いし」
わけでもなかった。
「んで、二人とも大元から練功はどれぐらい教わったんだい?」
ソファーに身体を預けて座るアビィは、完全にくつろぎモードに入っていた。
「オイラは基礎を徹底してやってます」と真っ先にシユウが答える。
当然ながらギデオンは「全然、何一つ教わってない」
そう返すしかなかった。
「あちゃ~、君、他国の人間なのか。あの石頭め、セオリー通りにしか物事を考えられないのかぁ?」
「どういう意味だ? 先生は貴女に指示を受けろと言っているらしいけど、貴女に何の得もないはずだ!」
「まぁ、そうなんだけどさぁ~。たまには、ちゃんとした物を食べたいんだよねぇー、チラッ。シェフとか雇おうとしてもこんな危険地帯にやってくる物好きはいないんだよ、チラッ」
願望がだだ漏れな彼女を師と仰ぐには、一体、どれほどの時間を要するのだろうか?
要は飯炊き係が欲しいだけで、ちゃんと練功について教えてくれる保証はどこにもない。
そもそも、他所者に教えてはいけないと決まっているはずだ。
そのことを尋ねると、アビィはあっけらかんに言い放った。
「バレなきゃ、ノーカンっしょ」
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