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二百六話

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「おっ、兄ちゃん! 動けるようになったんだな」

 ギルドを出るなり、慌ただしく駆け寄ってきたのはシユウだった。
 身の丈ほどはある大物の魚を背負い、息を弾ませている。
 その様子をマジマジと見ながら「その魚を何処に持ってゆくつもりだ?」と尋ねる。
「飛竜に餌をやりに行くんだ」と欠けた前歯を見せながら少年は答えた。

「飛竜!?」聞き慣れない単語に声が漏れた。
 ギデオンのリアクションに、別段動じることもなくシユウは村の正門を指さす。

 ここを訪れた異邦人は皆、同様の反応を示すのだろう。
 シユウの反応は妙に淡白たんぱくだ。

「村の外で飼っとるんね。この国では空からの移動がスタンダードだからな。ところで兄ちゃん、ギルドなんか行っても無駄足だったろう?」

「そうだな、時期尚早だった……怪我のせいで承認されなかった。一応、トラロックまで移動する手段として、馬を確保したいんだが、街では見当たらないな?」

「飛竜いるんだから、馬は不要さね。暇なら、一緒に餌やりでもするか?」

「ヤメテおく。僕が一緒だと飛竜を驚かせるだけだし、こちらもやっておかなければならないことがある」

「そっかぁ、まっ何か困ったらオイラを頼ってくれよ」

 せっかくだからと、シユウと共に村の正門を潜り抜ける。
 瞬間、ギデオンが公国に抱いていたイメージが根底からひっくり返ってしまった。
 それまで殺伐とした石灰岩に囲われた景色がどこかへと消え去っていた。
 呂下の街を一歩でも出るとそこは……色濃い、紅や黄色、オレンジなどの暖色が世界を染め上げている。

 ドルゲニア公国、その二つ名は常秋じょうしゅうの国。
 季節の変化がなく、年間を通して秋しかない。
 この国では、草木の葉が紅葉こうよう黄葉こうよう褐葉かつようし、大地は燃えるように色彩豊かな天然のボーダー柄をこしらえいた。

 眼に留めただけで、思わず心にしみ込んでゆく情景。
 ルビーや黄金のように輝く山々、天の光を吸収し、より力強く煌めき闇夜ですら近づけない。

「なんて風流なんだ。何もないはずなのに、景色だけで、こうも人の心は感化されるというのか!?」

 飛竜の住処に向かうシユウを見送ると、ギデオンはそれとなく、周囲を散策した。
 いつになく淡い斜陽が視界を妨げる。
 枯葉散る一時の中で、立ち尽くす。
 大元に治癒して貰っている感覚を思い出し、練功を全身に巡らせようとする。

 基礎など何一つ、教わっていない。
 ただただ、出来そうな気配を感じ取り試しているだけだ。

 もし、自力で治癒できるようになれば、その分も復帰が早くなる。
 実際、そう簡単にはいかない。
 その実状を理解していない若者は、浅慮により行動に移る。

 これが功を奏するのかは、練功を覚えられるかにかかっている。
 ギデオンは歯を食いしばった。
 気の流れ自体はつかめるモノの、コントロールが難しい。
 強弱を調節しようにも、繊細せんさいさを要する。
 力任せに気を抑えようとすれば、たちまち流れが途絶えてしまう。

「なかなか上手くいかないモンだな。なんとなく理屈は分かってきたというのに、あと一歩足りていない。いや、実際はもともと必要なものがあるのかもしれない」

 答えを求め聞くのは造作もなかった。大元に教われば、もっと容易に速く練功をマスターできるのかもしれない。
 そうしないのは、単順にできないからだ。ギデオンは公国に人間ではない。
 部外者に公国の戦闘術である練功を手ほどきをするなど、あってはならない。
 禁を犯せば、即座に謀反人扱いとなる。

 ギデオンが練功をマスターするには、自力でどうにかするしかない。

 ザッ――――、落葉舞う中で物音がした。
 近くに人の気配は感じないが直感が、怪しいと睨んでいた。

 ギデオンは目蓋を閉じた。足りていない、もう一歩を補うのには、自分を極限の状態にまで追い込んで精神統一するしかない。
 その為に、あえて視界情報を絶った。
 見えていないはずの暗闇の先に、何かが揺らぎながら近づいてくる。

「そこかぁ!」身体に触れる寸前のところで揺らぎを避ける。
 直後、微かな気の乱れが発生し、襲い掛かってきた者の位置を特定した。

「うむ、お見事!」殴りかかろうとする拳を素手でつかむギデオンに、そう告げたのは、なんと大元だった。

「先生……どうしてここにいるんだ? 午後は訪問診療で出払っているんじゃ……」

「ああ、少し時間が空いてね。ちょうど、カンツさんが君のことで騒いでいたから気の痕跡を辿ってここに来たのさ」

「そんなことも出来るのか!? 凄いな、練功は」

「ギデ君、今の感覚をよく覚えておきたまえ。それを繰り返してゆけば、自然と練功が身につくはずだ。もともと君は、扱えるレベルに達しているんだ。あとは、きっかけと経験だ。さすれば、気を扱えるのも時間の問題だ」

 そう語りながら、大元は一通の書簡を手渡してきた。
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