上 下
197 / 298

百九十七話

しおりを挟む
 黒衣をまとったかのような漆黒龍ブラックドラゴン
 老人の姿をしていた時とは、あまりにもかけ離れた姿に民衆は心底、震えあがった。

 白く立ち込める鼻息は、数百度の温度を持つ。
 その身の重さで、歩けば地面が陥没する。
 人とは桁違いの膂力りょりょくは、鉄の鉱石すらも軽々と打ち砕く。

 その辺りの魔物が可愛いと思えるぐらいの怪物に出くわした人々は、有無を言わずに距離を取って逃げだした。
 絶望と混乱の光景に、龍と化したガルベナールは長い舌をだらっと伸ばしながら、手当たり次第に襲い掛かってきた。
 愉悦……痛快……胸の高鳴り。

 強者となって弱者を痛めつけるのが、陰湿な男の趣味だった。
 彼は武力に秀でてはいなかった。
 勉学もさして大したことはない。

 常に他者から支配を受けていた彼は、この社会のシステムにウンザリしていた。
 武力も知力も足りていないのなら、財力で影響力を持つ支配者になろうとしていた。

 考えが甘かった――――

 財界は競争が激しすぎて、生き残るのは困難だった。
 若きガルベナールに残された、最後の砦は権威の力。

 政治家として世論を動かしてやろうと、陰惨なことを思い描いていたが、外交の才があったことは彼にとって幸運だとも言えた。

「今回は。失敗デモ…………次こそは、私にシナリオどうりに進められるハズだ! その時は貴様ら、全員!! この国から追放してやる」

 そう、今回は偶然、つまづいただけ。
 次がある! 次があれば、どんな事も意のままにできる。
 為政者としての経験則がその思い込みを加速させていた。

 龍になって、人から恐れられるのが彼の気分を高揚させてきた。
 悲鳴が心地よい子守唄のように聞こえて仕方がない。
 ガルベナールの感性は崩壊していた。

 そもそも、自分の孫を犠牲にしている時点で、救いようのない外道でしかない。

 だからこそ、運命は卑劣なる者を討ち砕くための使者を派遣した。
 逃げ惑う、人たちとは逆走してガルベナールに近づく眉目秀麗な若者。
 生徒会主催の演劇で活躍した彼が、現実にナズィールの地を護ろうとしている。

 怪物の脅威に怯む様子もなく、勇猛果敢に飛びかかる姿に気づいた人々はその場で足を止めた。
 龍の巨体が動き出すのを見計らい、カウンターのバトルメイスが漆黒龍の頭部に炸裂する。
 大人一人はある長物で金属の塊。
 それを難なく振り回している、ギデオンのほうが龍よりも強いのではないかと、誰しも怪訝するほどだ。

 怪物の頭部が、くの字に曲がっていた。
 その反動によりバランスを維持できなくなったガルベナールは翼を広げて空へと浮上してゆく。
 顎の大きく広げて地上を威嚇する様子に「ブレス攻撃が来るぞ!!」と誰かが叫び声を上げた。

「ゲェップゥ!」短く鳴り響く音に、民衆は言葉を失った……。
 何かブレスだと、心底呆れながらも徐々に怒りを露わにしてゆく。

「降りてこい! 卑怯者!!」
「このエセドラゴンがぁぁ―――、スゴイのは格好だけかよ!」
「クッソ!! 逃げただけ損だわ」

 ヤジを飛ばす者たちを上空から見下ろして「フン!」と嘆息を漏らすと、ガルベナールはそのまま飛び去っていってしまった。
 まさかの戦線離脱に、勇士学校側も大きく波紋を広げる事態となった。

「不味いぞ、あの男が向かっている方向は南陽門がある方角だ!」
 学長ゴーダが焦り出した。
 それも、そのはず南陽門を越えるとそこから隣国のドルゲニアに入る事になる。
 不可侵条約により、他国に無断で入り込むのは禁止されている……なのに、ガルベナールは平気でルールを破ろうとしている。

『国境を越えられたらアウトだ! 何としてでも、その前に捕まえるんだ』
 ジェイクが、羽ばたきながらギデオンに訴えかけた。

 当然、逃がすなんてことなど、微塵も考えていないギデオンは「ああ、分かっているさ」と頷いた。

「俺に乗れ! グリフォンなら、今からでも奴に追いつけるはずだ」
 駆けてきたオッドに騎乗すると、すぐに飛び立ち漆黒龍の後を追った。

 上空へと駆けてゆく幼馴染の背を見ながら「気をつけてね」とシルクエッタは祈りを捧げた。

「猛ダッシュで行くから振り落とされんなよ!」

「くぅ、デタラメな加速力だろう。目が開けられないぞ」

 大気を突っ切り、高速で直進するグリフォン。
 幻獣種である、その飛行能力は龍に引けを取らない。

「まだ、ガルベナールの背は見えて来ないのか!?」

「いたぞ! だが、奴は南陽門の手前まで迫っている。どうするよ? このままでは、逃げられちまう」

「逃がす? そんな選択肢は最初からない。ここで決着をつけるぞ!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...