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百九十七話
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黒衣をまとったかのような漆黒龍。
老人の姿をしていた時とは、あまりにもかけ離れた姿に民衆は心底、震えあがった。
白く立ち込める鼻息は、数百度の温度を持つ。
その身の重さで、歩けば地面が陥没する。
人とは桁違いの膂力は、鉄の鉱石すらも軽々と打ち砕く。
その辺りの魔物が可愛いと思えるぐらいの怪物に出くわした人々は、有無を言わずに距離を取って逃げだした。
絶望と混乱の光景に、龍と化したガルベナールは長い舌をだらっと伸ばしながら、手当たり次第に襲い掛かってきた。
愉悦……痛快……胸の高鳴り。
強者となって弱者を痛めつけるのが、陰湿な男の趣味だった。
彼は武力に秀でてはいなかった。
勉学もさして大したことはない。
常に他者から支配を受けていた彼は、この社会のシステムにウンザリしていた。
武力も知力も足りていないのなら、財力で影響力を持つ支配者になろうとしていた。
考えが甘かった――――
財界は競争が激しすぎて、生き残るのは困難だった。
若きガルベナールに残された、最後の砦は権威の力。
政治家として世論を動かしてやろうと、陰惨なことを思い描いていたが、外交の才があったことは彼にとって幸運だとも言えた。
「今回は。失敗デモ…………次こそは、私にシナリオどうりに進められるハズだ! その時は貴様ら、全員!! この国から追放してやる」
そう、今回は偶然、躓いただけ。
次がある! 次があれば、どんな事も意のままにできる。
為政者としての経験則がその思い込みを加速させていた。
龍になって、人から恐れられるのが彼の気分を高揚させてきた。
悲鳴が心地よい子守唄のように聞こえて仕方がない。
ガルベナールの感性は崩壊していた。
そもそも、自分の孫を犠牲にしている時点で、救いようのない外道でしかない。
だからこそ、運命は卑劣なる者を討ち砕くための使者を派遣した。
逃げ惑う、人たちとは逆走してガルベナールに近づく眉目秀麗な若者。
生徒会主催の演劇で活躍した彼が、現実にナズィールの地を護ろうとしている。
怪物の脅威に怯む様子もなく、勇猛果敢に飛びかかる姿に気づいた人々はその場で足を止めた。
龍の巨体が動き出すのを見計らい、カウンターのバトルメイスが漆黒龍の頭部に炸裂する。
大人一人はある長物で金属の塊。
それを難なく振り回している、ギデオンのほうが龍よりも強いのではないかと、誰しも怪訝するほどだ。
怪物の頭部が、くの字に曲がっていた。
その反動によりバランスを維持できなくなったガルベナールは翼を広げて空へと浮上してゆく。
顎の大きく広げて地上を威嚇する様子に「ブレス攻撃が来るぞ!!」と誰かが叫び声を上げた。
「ゲェップゥ!」短く鳴り響く音に、民衆は言葉を失った……。
何かブレスだと、心底呆れながらも徐々に怒りを露わにしてゆく。
「降りてこい! 卑怯者!!」
「このエセドラゴンがぁぁ―――、スゴイのは格好だけかよ!」
「クッソ!! 逃げただけ損だわ」
ヤジを飛ばす者たちを上空から見下ろして「フン!」と嘆息を漏らすと、ガルベナールはそのまま飛び去っていってしまった。
まさかの戦線離脱に、勇士学校側も大きく波紋を広げる事態となった。
「不味いぞ、あの男が向かっている方向は南陽門がある方角だ!」
学長ゴーダが焦り出した。
それも、そのはず南陽門を越えるとそこから隣国のドルゲニアに入る事になる。
不可侵条約により、他国に無断で入り込むのは禁止されている……なのに、ガルベナールは平気でルールを破ろうとしている。
『国境を越えられたらアウトだ! 何としてでも、その前に捕まえるんだ』
ジェイクが、羽ばたきながらギデオンに訴えかけた。
当然、逃がすなんてことなど、微塵も考えていないギデオンは「ああ、分かっているさ」と頷いた。
「俺に乗れ! グリフォンなら、今からでも奴に追いつけるはずだ」
駆けてきたオッドに騎乗すると、すぐに飛び立ち漆黒龍の後を追った。
上空へと駆けてゆく幼馴染の背を見ながら「気をつけてね」とシルクエッタは祈りを捧げた。
「猛ダッシュで行くから振り落とされんなよ!」
「くぅ、デタラメな加速力だろう。目が開けられないぞ」
大気を突っ切り、高速で直進するグリフォン。
幻獣種である、その飛行能力は龍に引けを取らない。
「まだ、ガルベナールの背は見えて来ないのか!?」
「いたぞ! だが、奴は南陽門の手前まで迫っている。どうするよ? このままでは、逃げられちまう」
「逃がす? そんな選択肢は最初からない。ここで決着をつけるぞ!!」
老人の姿をしていた時とは、あまりにもかけ離れた姿に民衆は心底、震えあがった。
白く立ち込める鼻息は、数百度の温度を持つ。
その身の重さで、歩けば地面が陥没する。
人とは桁違いの膂力は、鉄の鉱石すらも軽々と打ち砕く。
その辺りの魔物が可愛いと思えるぐらいの怪物に出くわした人々は、有無を言わずに距離を取って逃げだした。
絶望と混乱の光景に、龍と化したガルベナールは長い舌をだらっと伸ばしながら、手当たり次第に襲い掛かってきた。
愉悦……痛快……胸の高鳴り。
強者となって弱者を痛めつけるのが、陰湿な男の趣味だった。
彼は武力に秀でてはいなかった。
勉学もさして大したことはない。
常に他者から支配を受けていた彼は、この社会のシステムにウンザリしていた。
武力も知力も足りていないのなら、財力で影響力を持つ支配者になろうとしていた。
考えが甘かった――――
財界は競争が激しすぎて、生き残るのは困難だった。
若きガルベナールに残された、最後の砦は権威の力。
政治家として世論を動かしてやろうと、陰惨なことを思い描いていたが、外交の才があったことは彼にとって幸運だとも言えた。
「今回は。失敗デモ…………次こそは、私にシナリオどうりに進められるハズだ! その時は貴様ら、全員!! この国から追放してやる」
そう、今回は偶然、躓いただけ。
次がある! 次があれば、どんな事も意のままにできる。
為政者としての経験則がその思い込みを加速させていた。
龍になって、人から恐れられるのが彼の気分を高揚させてきた。
悲鳴が心地よい子守唄のように聞こえて仕方がない。
ガルベナールの感性は崩壊していた。
そもそも、自分の孫を犠牲にしている時点で、救いようのない外道でしかない。
だからこそ、運命は卑劣なる者を討ち砕くための使者を派遣した。
逃げ惑う、人たちとは逆走してガルベナールに近づく眉目秀麗な若者。
生徒会主催の演劇で活躍した彼が、現実にナズィールの地を護ろうとしている。
怪物の脅威に怯む様子もなく、勇猛果敢に飛びかかる姿に気づいた人々はその場で足を止めた。
龍の巨体が動き出すのを見計らい、カウンターのバトルメイスが漆黒龍の頭部に炸裂する。
大人一人はある長物で金属の塊。
それを難なく振り回している、ギデオンのほうが龍よりも強いのではないかと、誰しも怪訝するほどだ。
怪物の頭部が、くの字に曲がっていた。
その反動によりバランスを維持できなくなったガルベナールは翼を広げて空へと浮上してゆく。
顎の大きく広げて地上を威嚇する様子に「ブレス攻撃が来るぞ!!」と誰かが叫び声を上げた。
「ゲェップゥ!」短く鳴り響く音に、民衆は言葉を失った……。
何かブレスだと、心底呆れながらも徐々に怒りを露わにしてゆく。
「降りてこい! 卑怯者!!」
「このエセドラゴンがぁぁ―――、スゴイのは格好だけかよ!」
「クッソ!! 逃げただけ損だわ」
ヤジを飛ばす者たちを上空から見下ろして「フン!」と嘆息を漏らすと、ガルベナールはそのまま飛び去っていってしまった。
まさかの戦線離脱に、勇士学校側も大きく波紋を広げる事態となった。
「不味いぞ、あの男が向かっている方向は南陽門がある方角だ!」
学長ゴーダが焦り出した。
それも、そのはず南陽門を越えるとそこから隣国のドルゲニアに入る事になる。
不可侵条約により、他国に無断で入り込むのは禁止されている……なのに、ガルベナールは平気でルールを破ろうとしている。
『国境を越えられたらアウトだ! 何としてでも、その前に捕まえるんだ』
ジェイクが、羽ばたきながらギデオンに訴えかけた。
当然、逃がすなんてことなど、微塵も考えていないギデオンは「ああ、分かっているさ」と頷いた。
「俺に乗れ! グリフォンなら、今からでも奴に追いつけるはずだ」
駆けてきたオッドに騎乗すると、すぐに飛び立ち漆黒龍の後を追った。
上空へと駆けてゆく幼馴染の背を見ながら「気をつけてね」とシルクエッタは祈りを捧げた。
「猛ダッシュで行くから振り落とされんなよ!」
「くぅ、デタラメな加速力だろう。目が開けられないぞ」
大気を突っ切り、高速で直進するグリフォン。
幻獣種である、その飛行能力は龍に引けを取らない。
「まだ、ガルベナールの背は見えて来ないのか!?」
「いたぞ! だが、奴は南陽門の手前まで迫っている。どうするよ? このままでは、逃げられちまう」
「逃がす? そんな選択肢は最初からない。ここで決着をつけるぞ!!」
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