196 / 362
百九十六話
しおりを挟む
宰相一人に対し、民衆総出の鬼ごっこが始まった。
人々の逆鱗に触れたあまりに、ガルベナールは血相を変えて逃げなければならなかった。
自業自得の逆鬼ごっこというわけだ。
普段は、ろくに走ってもいなかったのだろう?
やせ細った身体では、どうこうできず周囲の大人たちに殴られたり、蹴られたりと揉みくちゃにされ、次第に人だかりの中で溺れていってしまった。
それでもなお、執念すさまじく、逃亡劇は続く。
人混みから抜け出し再度姿を見せた時には、着ていた礼服がボロキレに見えるほど悲惨なことになっていた。
「追えぇ――!! 大罪人を絶対にがすなぁあああ」
「先まわりして退路を塞いだぞぉぉぉ!!」
ナズィールの人々は、報復の念に駆られ凄まじい形相になっていた。
何としてでも、生け捕りにし処刑台の上に乗せてやるという意気込みが、彼らをどこまでも突き動かしているようだ。
ギデオンは猟銃を魔獣形態にすると、潜影能力を行使させ地面の中を伝い移動するように命じていた。
魔獣ガルムであるスコルは、実体を影に変化させる特殊能力を所持している。
その特性は、今回のように何かによってう行動が制限されてしまった場合に大いに活躍する。
すでにガルベナールの臭いは覚えさせた。あとは狩猟犬のように獲物を追い立て喰らいつくだけだ。
「んがあああわあああ――――」
地中から顎を出したスコルに足元を噛まれ、ガルベナールは大きく転倒した。
今の彼に、少し前までの威光や栄光など微塵も感じられない。
年相応のみすぼらしい老人でしかなかった。
いかに、社会的地位によって着飾っていたのか……よく、うかがえる。
己の立場ばかり気にして、自身に意識を向けていなかった者の末路がそこにあった。
「汚ねえぇええ! この爺ぃ、漏らしやがった!!」
「構わねえ、さっさと捕まえてザサンのように絞首刑にするぞ!!」
ザサンの残灰――――その名は一昔前、この広場で処刑された。
領主ザサンの名に由来する。
領民たちから重度の年貢を取り立てて、彼らを苦しめさせた悪行三昧な輩だった。
民が、領地から逃げ出さないように、あえて借金を作らせ、払えないのなら借金のかたに、その者の家族を連れ去り人質に取る。
ザサンは悪知恵がよく働いた。
残念なのは、普通に頭が愚かだったことと、怒り狂った民衆の力を見くびっていたことだ。
暴走した民により、彼は捕まってしまった。
いくら、家族を盾に脅しても所詮はただの人間、大人数に囲まれたら一溜りもない。
人々は領主という名の悪党を絞首刑にしようと決めた。
実際、この場所で処刑が執り行われた記録も残されている。
それによると、ザサンは刑が執行される最後まで反省することなく、領民を罵っていたそうだ。
処断されるのを嫌がり、首吊り縄を首に掛けられた際にザサンが大暴れした。
腕は身体ごと縄で縛られていても、脚はフリーだった。
振り回した脚が偶然近くにあった火のついた油皿に当たった。
その身に油をかぶったザサンは灯火が引火し、一瞬にして燃え盛る炎に包まれてしまった。
嘘か真か、壮絶なる最期を迎えた悪党が燃えた後には、遺灰すら残されていなかったという。
灰となった今もなお、亡者となったザサンはこの街を徘徊している。
根も葉もない噂が後付けされるほど、この話はナズィールの民に広く知れ渡っている。
悪事を働いた者には相応の最期が待っているという教訓だが、ガルベナールは大人しく民衆に捕まるほど間抜けではなかった。
「ぎゃやあやあああ!!」
宰相を追い詰めていた人々の中から血しぶきが舞った。
見ると、ガルベナールの口から飛び出した入れ歯が、先ほどと同じく人々を噛み千切っていた。
とてもじゃないが、アレは入れ歯とはいえない。はっきりいって魔物の類だ。
「これ以上の犠牲者は出させないぞ!」
ギデオンは、スコルに飛び掛かるよう念じた。
想像通りの機敏な動きで、伸びた入れ歯を避けて宰相に爪を立てた。
何が起きたのか? すぐには分からなかった。
飛び掛かったはずのスコルがこちらに投げ返されてきた。
「くっ、銃になれ! スコル」
魔銃に戻った彼をギデオンがキャッチするとガルベナールの両脚を狙い二発、撃ち込んだ。
キィーン! と金属音を鳴らし魔法弾が弾かれてしまった。
「ぐふふふっ、機は熟したぞ! 残念、あと一歩だったな、小僧。私の能力はノーネームだが……血を啜った相手の能力を一時的に得ることができるのだ!」
「そんな、馬鹿正直にネタばらししても大丈夫なのか?」
「愚問! なぜならば、お前は私を捕まえることができないからだ。オマエだけじゃない、ゼンブ、誰もワタシのジャマはさせナイ……」
老人だった、その身に変異が起こった。
ファルゴと同じ、否……それ以上に肉体が変貌してゆく。
瞳が爬虫類のようになったかと思えば蝙蝠のような翼が生え、腰の辺りから尻尾が飛び出てきた。
全身の筋肉が肥大化し、黒色のウロコに覆われてゆく。
口元が裂け、それに合わせて入れ歯も鋭い牙に変化していた。
龍―――聖王国の宰相だった老人が、この世界でもっとも獰猛な生物となりギデオンの前に立ちはだかる。
人々の逆鱗に触れたあまりに、ガルベナールは血相を変えて逃げなければならなかった。
自業自得の逆鬼ごっこというわけだ。
普段は、ろくに走ってもいなかったのだろう?
やせ細った身体では、どうこうできず周囲の大人たちに殴られたり、蹴られたりと揉みくちゃにされ、次第に人だかりの中で溺れていってしまった。
それでもなお、執念すさまじく、逃亡劇は続く。
人混みから抜け出し再度姿を見せた時には、着ていた礼服がボロキレに見えるほど悲惨なことになっていた。
「追えぇ――!! 大罪人を絶対にがすなぁあああ」
「先まわりして退路を塞いだぞぉぉぉ!!」
ナズィールの人々は、報復の念に駆られ凄まじい形相になっていた。
何としてでも、生け捕りにし処刑台の上に乗せてやるという意気込みが、彼らをどこまでも突き動かしているようだ。
ギデオンは猟銃を魔獣形態にすると、潜影能力を行使させ地面の中を伝い移動するように命じていた。
魔獣ガルムであるスコルは、実体を影に変化させる特殊能力を所持している。
その特性は、今回のように何かによってう行動が制限されてしまった場合に大いに活躍する。
すでにガルベナールの臭いは覚えさせた。あとは狩猟犬のように獲物を追い立て喰らいつくだけだ。
「んがあああわあああ――――」
地中から顎を出したスコルに足元を噛まれ、ガルベナールは大きく転倒した。
今の彼に、少し前までの威光や栄光など微塵も感じられない。
年相応のみすぼらしい老人でしかなかった。
いかに、社会的地位によって着飾っていたのか……よく、うかがえる。
己の立場ばかり気にして、自身に意識を向けていなかった者の末路がそこにあった。
「汚ねえぇええ! この爺ぃ、漏らしやがった!!」
「構わねえ、さっさと捕まえてザサンのように絞首刑にするぞ!!」
ザサンの残灰――――その名は一昔前、この広場で処刑された。
領主ザサンの名に由来する。
領民たちから重度の年貢を取り立てて、彼らを苦しめさせた悪行三昧な輩だった。
民が、領地から逃げ出さないように、あえて借金を作らせ、払えないのなら借金のかたに、その者の家族を連れ去り人質に取る。
ザサンは悪知恵がよく働いた。
残念なのは、普通に頭が愚かだったことと、怒り狂った民衆の力を見くびっていたことだ。
暴走した民により、彼は捕まってしまった。
いくら、家族を盾に脅しても所詮はただの人間、大人数に囲まれたら一溜りもない。
人々は領主という名の悪党を絞首刑にしようと決めた。
実際、この場所で処刑が執り行われた記録も残されている。
それによると、ザサンは刑が執行される最後まで反省することなく、領民を罵っていたそうだ。
処断されるのを嫌がり、首吊り縄を首に掛けられた際にザサンが大暴れした。
腕は身体ごと縄で縛られていても、脚はフリーだった。
振り回した脚が偶然近くにあった火のついた油皿に当たった。
その身に油をかぶったザサンは灯火が引火し、一瞬にして燃え盛る炎に包まれてしまった。
嘘か真か、壮絶なる最期を迎えた悪党が燃えた後には、遺灰すら残されていなかったという。
灰となった今もなお、亡者となったザサンはこの街を徘徊している。
根も葉もない噂が後付けされるほど、この話はナズィールの民に広く知れ渡っている。
悪事を働いた者には相応の最期が待っているという教訓だが、ガルベナールは大人しく民衆に捕まるほど間抜けではなかった。
「ぎゃやあやあああ!!」
宰相を追い詰めていた人々の中から血しぶきが舞った。
見ると、ガルベナールの口から飛び出した入れ歯が、先ほどと同じく人々を噛み千切っていた。
とてもじゃないが、アレは入れ歯とはいえない。はっきりいって魔物の類だ。
「これ以上の犠牲者は出させないぞ!」
ギデオンは、スコルに飛び掛かるよう念じた。
想像通りの機敏な動きで、伸びた入れ歯を避けて宰相に爪を立てた。
何が起きたのか? すぐには分からなかった。
飛び掛かったはずのスコルがこちらに投げ返されてきた。
「くっ、銃になれ! スコル」
魔銃に戻った彼をギデオンがキャッチするとガルベナールの両脚を狙い二発、撃ち込んだ。
キィーン! と金属音を鳴らし魔法弾が弾かれてしまった。
「ぐふふふっ、機は熟したぞ! 残念、あと一歩だったな、小僧。私の能力はノーネームだが……血を啜った相手の能力を一時的に得ることができるのだ!」
「そんな、馬鹿正直にネタばらししても大丈夫なのか?」
「愚問! なぜならば、お前は私を捕まえることができないからだ。オマエだけじゃない、ゼンブ、誰もワタシのジャマはさせナイ……」
老人だった、その身に変異が起こった。
ファルゴと同じ、否……それ以上に肉体が変貌してゆく。
瞳が爬虫類のようになったかと思えば蝙蝠のような翼が生え、腰の辺りから尻尾が飛び出てきた。
全身の筋肉が肥大化し、黒色のウロコに覆われてゆく。
口元が裂け、それに合わせて入れ歯も鋭い牙に変化していた。
龍―――聖王国の宰相だった老人が、この世界でもっとも獰猛な生物となりギデオンの前に立ちはだかる。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる