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百七十七話
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聖職者たるシルクエッタの求めに、男は解を出さなければならなかった。
それが教会がしいた暗黙のルールであり、神に仕える者は階級も性別も関係なく義務づけられていた。
こうした問答は単たる伝統や風習だと軽視されがちだが、実は複雑な意味を持つ。
人々の多くは知ることすらないが、教会が定めたルール(規範)は二種類ある。
一つは神が必要だと認可した物。天啓によって神と交信し降りた言葉を借り、生まれた物。
二つ目は大衆の眼に触れぬよう、歴代の司教たちがひた隠しにしてきた教会史。
気づきの書、アウェアネリムに記載されていた物が元となっている。
天啓は、大衆に向けた心がけのような物が多く、内容も別段、重さを感じない。
反対に、気づきの書の方は信徒たちに向けた、神からの警告として扱われることが多々ある。
教会史とは何か? アウェアネリウムの中に記されているのは教会の成り立ち、歴史そのものだ。
どうして、この世界に教会という物が誕生したのか? どういう、経緯で神を祀るに至ったのか?
書を開けば明確に分かってしまう。ある種、心理への到達とも言える。
場合によっては、人の価値観を大いに狂わせてしまうこともあるだろう。
シルクエッタが用いた問いは、聖職者であるか、どうか? 確認するためのものだった。
気づき書の一節には「神は誰かと問え」と確記されている。
その内容をざっと紐解くとこうだ。
悪魔が北からやってきた。
人が住めない不浄の湿地を抜けて奴らは現れた。
神官たちで行く手を塞いだ。
加護の力で、しのいでいると悪魔たちは、散り散りとなって逃げだした。
狡猾な悪魔は以前から人を観察していた……どうすれば、人間の輪に入り込めるのか? 人間に狙われないようにするにためには何が必要か? 探っていた。
閃いたのは、祓う側に化けることだった。
人に成りすました悪魔は、手強かった。
見分けがつかない事を良い事に、隙を狙っては、神官たちを襲っていった……
ある神官がきづいた。同胞の中から悪魔を見分けるには、守護する神の名を問えばいい。さすれば、悪魔はボロを出す。
なぜなら、神官でもない者が、聖職者のことなど知る由もないのだから。
「むろん、星の女神ミルティナス様だよ! 僕は、女神様から加護を得て清らかな力に目覚めたのさ」
自身の薄い顎鬚に触れながら男は軽快に答えた。
その様子を見ながら、シルクエッタは手にワンドを取って彼に言い放った。
「これで確定したよ……やはり、お前は神官ではない。聖職者を語る不届き者、悪魔憑きだ!! ホーリーチェーン」
細く短いタクトのようなワンドの先から、光の鎖が飛び出してきた。
音もなく素早く伸びる鎖。
そのまま男の腕ごと胴体を縛り上げて、身動きできないほど何重にも、グルグルと縛り上げた。
「ど、どうして疑うんのだい? おかしなことはなかったはず……」
「神は、人に自身の名を名乗らない。加護を与えた者であっても、それは変わらない。もし、名前が悪魔に知れ渡ってしまえば、悪用されてしまうからね。神々は自分の名前を隠す、ボクたちが訊いても絶対に教えてはくれない」
「ふっふふふふふ……しくったなぁ~。次からは気をつけないと」
正体がバレたのにも関わらず、悪魔に憑かれた男は平然としていた。
特に何かを考えているわけでもなく、他人ごとのように振る舞う。
人に憑いた悪魔を祓うのは容易い。
だが、無理に引き剥がせば憑りつかれている人間の人格を壊してしまう恐れがある。
特に男に憑いている悪魔は、かなりの曲者だ。
何も考えていないようで、何かを企てている。
油断していると、一気に飲まれる……そう感じながら、シルクエッタは視神経を尖らせていた。
相手が動くことすらできない、今……さっさと祓ってしまうべきだとワンドを構えた。
結果……その焦りが裏目となってしまった。
「なんてことだ!? フローレンスさん、その手を止めるんだ!!」
男を注視しすぎて、フローレンスが笛を持ったままだという事を失念していた。
眼を離している隙に、彼女はケースから笛を取り出し手に取っていた。
そして、誰かに命じられているわけでもなく笛に口をつけた。
演奏を開始する姿を横目に、男呟いた。
感情という物が一切伴わない言葉が、シルクエッタたちの恐怖を加速させてゆく。
「悪魔が来りて笛をふく。混沌と破滅を振りまきながら、怒りで憎悪を燃やし尽くし、狂気に満ちた暴虐を呼び寄せる。さぁ! 祝おう、今宵は宴だ!! これから始まるは、ナズィールの民による叫喚地獄のオーケストラ。ああああ――、世界よ! 醜悪で満たされたまえ~」
それが教会がしいた暗黙のルールであり、神に仕える者は階級も性別も関係なく義務づけられていた。
こうした問答は単たる伝統や風習だと軽視されがちだが、実は複雑な意味を持つ。
人々の多くは知ることすらないが、教会が定めたルール(規範)は二種類ある。
一つは神が必要だと認可した物。天啓によって神と交信し降りた言葉を借り、生まれた物。
二つ目は大衆の眼に触れぬよう、歴代の司教たちがひた隠しにしてきた教会史。
気づきの書、アウェアネリムに記載されていた物が元となっている。
天啓は、大衆に向けた心がけのような物が多く、内容も別段、重さを感じない。
反対に、気づきの書の方は信徒たちに向けた、神からの警告として扱われることが多々ある。
教会史とは何か? アウェアネリウムの中に記されているのは教会の成り立ち、歴史そのものだ。
どうして、この世界に教会という物が誕生したのか? どういう、経緯で神を祀るに至ったのか?
書を開けば明確に分かってしまう。ある種、心理への到達とも言える。
場合によっては、人の価値観を大いに狂わせてしまうこともあるだろう。
シルクエッタが用いた問いは、聖職者であるか、どうか? 確認するためのものだった。
気づき書の一節には「神は誰かと問え」と確記されている。
その内容をざっと紐解くとこうだ。
悪魔が北からやってきた。
人が住めない不浄の湿地を抜けて奴らは現れた。
神官たちで行く手を塞いだ。
加護の力で、しのいでいると悪魔たちは、散り散りとなって逃げだした。
狡猾な悪魔は以前から人を観察していた……どうすれば、人間の輪に入り込めるのか? 人間に狙われないようにするにためには何が必要か? 探っていた。
閃いたのは、祓う側に化けることだった。
人に成りすました悪魔は、手強かった。
見分けがつかない事を良い事に、隙を狙っては、神官たちを襲っていった……
ある神官がきづいた。同胞の中から悪魔を見分けるには、守護する神の名を問えばいい。さすれば、悪魔はボロを出す。
なぜなら、神官でもない者が、聖職者のことなど知る由もないのだから。
「むろん、星の女神ミルティナス様だよ! 僕は、女神様から加護を得て清らかな力に目覚めたのさ」
自身の薄い顎鬚に触れながら男は軽快に答えた。
その様子を見ながら、シルクエッタは手にワンドを取って彼に言い放った。
「これで確定したよ……やはり、お前は神官ではない。聖職者を語る不届き者、悪魔憑きだ!! ホーリーチェーン」
細く短いタクトのようなワンドの先から、光の鎖が飛び出してきた。
音もなく素早く伸びる鎖。
そのまま男の腕ごと胴体を縛り上げて、身動きできないほど何重にも、グルグルと縛り上げた。
「ど、どうして疑うんのだい? おかしなことはなかったはず……」
「神は、人に自身の名を名乗らない。加護を与えた者であっても、それは変わらない。もし、名前が悪魔に知れ渡ってしまえば、悪用されてしまうからね。神々は自分の名前を隠す、ボクたちが訊いても絶対に教えてはくれない」
「ふっふふふふふ……しくったなぁ~。次からは気をつけないと」
正体がバレたのにも関わらず、悪魔に憑かれた男は平然としていた。
特に何かを考えているわけでもなく、他人ごとのように振る舞う。
人に憑いた悪魔を祓うのは容易い。
だが、無理に引き剥がせば憑りつかれている人間の人格を壊してしまう恐れがある。
特に男に憑いている悪魔は、かなりの曲者だ。
何も考えていないようで、何かを企てている。
油断していると、一気に飲まれる……そう感じながら、シルクエッタは視神経を尖らせていた。
相手が動くことすらできない、今……さっさと祓ってしまうべきだとワンドを構えた。
結果……その焦りが裏目となってしまった。
「なんてことだ!? フローレンスさん、その手を止めるんだ!!」
男を注視しすぎて、フローレンスが笛を持ったままだという事を失念していた。
眼を離している隙に、彼女はケースから笛を取り出し手に取っていた。
そして、誰かに命じられているわけでもなく笛に口をつけた。
演奏を開始する姿を横目に、男呟いた。
感情という物が一切伴わない言葉が、シルクエッタたちの恐怖を加速させてゆく。
「悪魔が来りて笛をふく。混沌と破滅を振りまきながら、怒りで憎悪を燃やし尽くし、狂気に満ちた暴虐を呼び寄せる。さぁ! 祝おう、今宵は宴だ!! これから始まるは、ナズィールの民による叫喚地獄のオーケストラ。ああああ――、世界よ! 醜悪で満たされたまえ~」
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