177 / 362
百七十七話
しおりを挟む
聖職者たるシルクエッタの求めに、男は解を出さなければならなかった。
それが教会がしいた暗黙のルールであり、神に仕える者は階級も性別も関係なく義務づけられていた。
こうした問答は単たる伝統や風習だと軽視されがちだが、実は複雑な意味を持つ。
人々の多くは知ることすらないが、教会が定めたルール(規範)は二種類ある。
一つは神が必要だと認可した物。天啓によって神と交信し降りた言葉を借り、生まれた物。
二つ目は大衆の眼に触れぬよう、歴代の司教たちがひた隠しにしてきた教会史。
気づきの書、アウェアネリムに記載されていた物が元となっている。
天啓は、大衆に向けた心がけのような物が多く、内容も別段、重さを感じない。
反対に、気づきの書の方は信徒たちに向けた、神からの警告として扱われることが多々ある。
教会史とは何か? アウェアネリウムの中に記されているのは教会の成り立ち、歴史そのものだ。
どうして、この世界に教会という物が誕生したのか? どういう、経緯で神を祀るに至ったのか?
書を開けば明確に分かってしまう。ある種、心理への到達とも言える。
場合によっては、人の価値観を大いに狂わせてしまうこともあるだろう。
シルクエッタが用いた問いは、聖職者であるか、どうか? 確認するためのものだった。
気づき書の一節には「神は誰かと問え」と確記されている。
その内容をざっと紐解くとこうだ。
悪魔が北からやってきた。
人が住めない不浄の湿地を抜けて奴らは現れた。
神官たちで行く手を塞いだ。
加護の力で、しのいでいると悪魔たちは、散り散りとなって逃げだした。
狡猾な悪魔は以前から人を観察していた……どうすれば、人間の輪に入り込めるのか? 人間に狙われないようにするにためには何が必要か? 探っていた。
閃いたのは、祓う側に化けることだった。
人に成りすました悪魔は、手強かった。
見分けがつかない事を良い事に、隙を狙っては、神官たちを襲っていった……
ある神官がきづいた。同胞の中から悪魔を見分けるには、守護する神の名を問えばいい。さすれば、悪魔はボロを出す。
なぜなら、神官でもない者が、聖職者のことなど知る由もないのだから。
「むろん、星の女神ミルティナス様だよ! 僕は、女神様から加護を得て清らかな力に目覚めたのさ」
自身の薄い顎鬚に触れながら男は軽快に答えた。
その様子を見ながら、シルクエッタは手にワンドを取って彼に言い放った。
「これで確定したよ……やはり、お前は神官ではない。聖職者を語る不届き者、悪魔憑きだ!! ホーリーチェーン」
細く短いタクトのようなワンドの先から、光の鎖が飛び出してきた。
音もなく素早く伸びる鎖。
そのまま男の腕ごと胴体を縛り上げて、身動きできないほど何重にも、グルグルと縛り上げた。
「ど、どうして疑うんのだい? おかしなことはなかったはず……」
「神は、人に自身の名を名乗らない。加護を与えた者であっても、それは変わらない。もし、名前が悪魔に知れ渡ってしまえば、悪用されてしまうからね。神々は自分の名前を隠す、ボクたちが訊いても絶対に教えてはくれない」
「ふっふふふふふ……しくったなぁ~。次からは気をつけないと」
正体がバレたのにも関わらず、悪魔に憑かれた男は平然としていた。
特に何かを考えているわけでもなく、他人ごとのように振る舞う。
人に憑いた悪魔を祓うのは容易い。
だが、無理に引き剥がせば憑りつかれている人間の人格を壊してしまう恐れがある。
特に男に憑いている悪魔は、かなりの曲者だ。
何も考えていないようで、何かを企てている。
油断していると、一気に飲まれる……そう感じながら、シルクエッタは視神経を尖らせていた。
相手が動くことすらできない、今……さっさと祓ってしまうべきだとワンドを構えた。
結果……その焦りが裏目となってしまった。
「なんてことだ!? フローレンスさん、その手を止めるんだ!!」
男を注視しすぎて、フローレンスが笛を持ったままだという事を失念していた。
眼を離している隙に、彼女はケースから笛を取り出し手に取っていた。
そして、誰かに命じられているわけでもなく笛に口をつけた。
演奏を開始する姿を横目に、男呟いた。
感情という物が一切伴わない言葉が、シルクエッタたちの恐怖を加速させてゆく。
「悪魔が来りて笛をふく。混沌と破滅を振りまきながら、怒りで憎悪を燃やし尽くし、狂気に満ちた暴虐を呼び寄せる。さぁ! 祝おう、今宵は宴だ!! これから始まるは、ナズィールの民による叫喚地獄のオーケストラ。ああああ――、世界よ! 醜悪で満たされたまえ~」
それが教会がしいた暗黙のルールであり、神に仕える者は階級も性別も関係なく義務づけられていた。
こうした問答は単たる伝統や風習だと軽視されがちだが、実は複雑な意味を持つ。
人々の多くは知ることすらないが、教会が定めたルール(規範)は二種類ある。
一つは神が必要だと認可した物。天啓によって神と交信し降りた言葉を借り、生まれた物。
二つ目は大衆の眼に触れぬよう、歴代の司教たちがひた隠しにしてきた教会史。
気づきの書、アウェアネリムに記載されていた物が元となっている。
天啓は、大衆に向けた心がけのような物が多く、内容も別段、重さを感じない。
反対に、気づきの書の方は信徒たちに向けた、神からの警告として扱われることが多々ある。
教会史とは何か? アウェアネリウムの中に記されているのは教会の成り立ち、歴史そのものだ。
どうして、この世界に教会という物が誕生したのか? どういう、経緯で神を祀るに至ったのか?
書を開けば明確に分かってしまう。ある種、心理への到達とも言える。
場合によっては、人の価値観を大いに狂わせてしまうこともあるだろう。
シルクエッタが用いた問いは、聖職者であるか、どうか? 確認するためのものだった。
気づき書の一節には「神は誰かと問え」と確記されている。
その内容をざっと紐解くとこうだ。
悪魔が北からやってきた。
人が住めない不浄の湿地を抜けて奴らは現れた。
神官たちで行く手を塞いだ。
加護の力で、しのいでいると悪魔たちは、散り散りとなって逃げだした。
狡猾な悪魔は以前から人を観察していた……どうすれば、人間の輪に入り込めるのか? 人間に狙われないようにするにためには何が必要か? 探っていた。
閃いたのは、祓う側に化けることだった。
人に成りすました悪魔は、手強かった。
見分けがつかない事を良い事に、隙を狙っては、神官たちを襲っていった……
ある神官がきづいた。同胞の中から悪魔を見分けるには、守護する神の名を問えばいい。さすれば、悪魔はボロを出す。
なぜなら、神官でもない者が、聖職者のことなど知る由もないのだから。
「むろん、星の女神ミルティナス様だよ! 僕は、女神様から加護を得て清らかな力に目覚めたのさ」
自身の薄い顎鬚に触れながら男は軽快に答えた。
その様子を見ながら、シルクエッタは手にワンドを取って彼に言い放った。
「これで確定したよ……やはり、お前は神官ではない。聖職者を語る不届き者、悪魔憑きだ!! ホーリーチェーン」
細く短いタクトのようなワンドの先から、光の鎖が飛び出してきた。
音もなく素早く伸びる鎖。
そのまま男の腕ごと胴体を縛り上げて、身動きできないほど何重にも、グルグルと縛り上げた。
「ど、どうして疑うんのだい? おかしなことはなかったはず……」
「神は、人に自身の名を名乗らない。加護を与えた者であっても、それは変わらない。もし、名前が悪魔に知れ渡ってしまえば、悪用されてしまうからね。神々は自分の名前を隠す、ボクたちが訊いても絶対に教えてはくれない」
「ふっふふふふふ……しくったなぁ~。次からは気をつけないと」
正体がバレたのにも関わらず、悪魔に憑かれた男は平然としていた。
特に何かを考えているわけでもなく、他人ごとのように振る舞う。
人に憑いた悪魔を祓うのは容易い。
だが、無理に引き剥がせば憑りつかれている人間の人格を壊してしまう恐れがある。
特に男に憑いている悪魔は、かなりの曲者だ。
何も考えていないようで、何かを企てている。
油断していると、一気に飲まれる……そう感じながら、シルクエッタは視神経を尖らせていた。
相手が動くことすらできない、今……さっさと祓ってしまうべきだとワンドを構えた。
結果……その焦りが裏目となってしまった。
「なんてことだ!? フローレンスさん、その手を止めるんだ!!」
男を注視しすぎて、フローレンスが笛を持ったままだという事を失念していた。
眼を離している隙に、彼女はケースから笛を取り出し手に取っていた。
そして、誰かに命じられているわけでもなく笛に口をつけた。
演奏を開始する姿を横目に、男呟いた。
感情という物が一切伴わない言葉が、シルクエッタたちの恐怖を加速させてゆく。
「悪魔が来りて笛をふく。混沌と破滅を振りまきながら、怒りで憎悪を燃やし尽くし、狂気に満ちた暴虐を呼び寄せる。さぁ! 祝おう、今宵は宴だ!! これから始まるは、ナズィールの民による叫喚地獄のオーケストラ。ああああ――、世界よ! 醜悪で満たされたまえ~」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

嫌われ者の皇族姫
shishamo346
ファンタジー
両親に似ていないから、と母親からも、兄たち姉たちから嫌われたシーアは、歳の近い皇族の子どもたちにいじめられ、使用人からも蔑まれ、と酷い扱いをうけていました。それも、叔父である皇帝シオンによって、環境は整えられ、最低限の皇族並の扱いをされるようになったが、まだ、皇族の儀式を通過していないシーアは、使用人の子どもと取り換えられたのでは、と影で悪く言われていた。
家族からも、同じ皇族からも蔑まされたシーアは、皇族の儀式を受けた時、その運命は動き出すこととなります。
なろう、では、皇族姫という話の一つとして更新しています。設定が、なろうで出たものが多いので、初読みではわかりにくいところがあります。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜
西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」
主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。
生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。
その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。
だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。
しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。
そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。
これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。
※かなり冗長です。
説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる