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百七十二話
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「私の目的は、ガルベナール・エンブリオンの野望を打ち砕くこと……いや、違うな。ガルベナールに終わりなき恐怖と絶望を与え、 そして、奴に殺されていった人々に代わり、怨嗟の業火で奴を粛清することにある!!!」
サーマリアのヘソ。そこにある墓標の前で、ジェイクは己が内に溜め込んだドス黒い感情を吐き出した。
彼の言葉は、ギデオンたちに向けられたものであり、自身の決意を犠牲者たちへ報告するためのモノでもあった。
腹の底から響く凄惨な嘆きに、シルクエッタともども言葉を飲んだ。
ギデオンには、ジェイクの気持ちが痛いほど分かった。
報復を生きる源とし自身の身を焼き尽しながら、この男はここ数年を過ごしてきた。
それが、どれだけ己が身も傷つけ、心を破壊してゆくのか。私怨の鎖がどれほど重苦しく魂を縛りつけるのか。
すでに生き地獄というモノを体験してきた彼だからこそ、ジェイクが背負った業の深さが見て取れた。
悪を粛清する、それはあまりにも残酷な希望だった。
ジェイクの一言一言が悲痛な悲鳴だった。
ギデオン自身も未だ、すべてを断ち切れずにいる。
それでも、自身が幾分かマシに思えてしまうほど、この男に巣食った呪いは深刻なものと化していた。
彼は外法の域に踏み込んでいた……人が人としてやっていけない禁忌を犯した。
自分で自分を呪う、それがジェイクの犯した大罪だった。
シルクエッタは彼の話を黙って聞いていた。聞きながら、静かに涙を流し彼のために祈っていた。
スパイになる前のジェイクは、一時、記者として新聞社に勤めていた。
祖国の闇を暴くため、真実を明るみにするため、敬愛する父と同じ道を辿ろうした。
調査の方は仕事の傍ら、少しずつ探りを入れていった。
学生時代の同級生や父の友人といった人脈を頼り、政府関係者とコンタクトを取り、当時の内情を聞かせて貰ったりもした。
けれど、彼の想像以上に調査は困難を極めた。
共和国政府のことを知れば知るほど、偽りの証言が増え始め、容疑者が絞り込めなくなってきた。
敵はかなりの切れ者だ。元からこうなる事を見越して先手を打っていた。
捜査に行き詰まり苦悩する彼にとって心の拠り所となっていたのは、同じ新聞社に勤めていたリィーナという女性だった。
彼女は眼鏡の似合う知的な女性だった。家柄もそれなりに裕福で、どこかお嬢様っぽい雰囲気をまとっていた。
リィーナに励まされる度に、ジャーナリストとしての魂に活力が湧いてくる。
彼女の「無理しないでね」という一言は彼が見つけてきた、どんな幸せよりも尊い幸福だった。
やがて、二人は互いを意識するようになり結ばれた。
結婚し子供ができた頃には、もう共和国政府の陰謀のことなど、どうでもよくなっていた。
このまま家族と一緒に幸せな日々を過ごせればいい。
平日は新聞社で働き、休日は妻と娘のためにどこかへ出かける。
平凡な人生、それも悪くはない。かつては、そんな生活すらままならなかったのだから。
彼は幼少期と同じ、願望を再度抱くようになった。
しかし……そんな日々も長くは続かない。この時、すでにジェイクは大きなミスを犯していた。
もし、彼があのまま調査を継続していたら運命は大きく傾いたかもしれない……。
ジェイクは、敵を甘くみていた。慎重を期して調査を行っていたものの、彼の情報を政府に売る者がいた。
敵はジェイクの身元を調べ上げ、彼とその周囲をターゲットにした。
異変が起きた、その日は、いつもとなんら変わりない平日だった。
午前中のデスクワークを片づけ終わり、あくびを噛み締めているとフッと視界が変わった。
今まで経験したことのない現象に、ジェイクは小さく「ひぃ!」と悲鳴をあげていた。
彼の様子を不思議そうに眺める同僚たち全員の最期を、彼の瞳は捉えていた。
すべてが同時で同一……彼は咄嗟に新聞社を飛び出た。
瞬間、背後で大爆発が起きた。爆風によりジェイクは路面へと投げ出され全身を強く打ちつけていた。
朦朧とする意識を何とか保ちながら、新聞社の方を振り向くと紅蓮の炎に包まれ黒煙をあげる社屋の変わり果てた姿があった。
「不味い、不味いことになった……」顔に焦りの色を浮かべ彼は自宅へと急いだ。
魔導通信機で連絡を取ろうとしても妻には繋がらない。
家族が無事であることを一心に祈りながら、無我夢中で走り続けた。
我が家を前にし、彼は足を止めた。
そこに見えるは、普段と変わらないのどかな一軒家があった。
今なら、まだ間に合う。彼は家の玄関を開けた。
今度はどこへ引っ越そうか……近くて、安全な公国か? それとも南の暖かい聖王国か?
リビングを開ける いない。キッチンに向かう いない。客間も、トイレも、バスルームも見た、寝室だって探したなのにいない、いないのだ。いるべき家族がどこにも見当たらない……。
「そうだ、どこかに出掛けているんだ……」
淡い期待にジェイクの頬がほころんだ。
妻は娘をつれて、たまたま外出していた。だから、難を逃れたんだ。
こうしてはいられない、早く迎えに行ってやらないと。
階段から一階へと降りた、矢先。オルゴールの音が微かに聞こえた。
耳を澄まし、音源を辿ってゆくと庭先から、壊れかけた音色が響いている。
庭には、妻が大切にしている花壇がある。
動揺しすぎで見落としていたが、もしかしたら二人とも庭にいるかもしれない。
庭に出た瞬間、それまで彼が積み上げてきたモノが一気に崩れ去った。
「リ、リィーナ! おい……しっかりしろ!! ミリィアはどこにいるん――――」
妻が背中から血を流し倒れていた。
彼女の身体は、力なくぐったりとし、すでに冷たくなっている。
身を屈ませた彼女が必死に抱きかかえていたのは、まだ五歳になったばかりの娘だった。
その小さな手に握られたオルゴールがボタッと地面に落ちた。
「うおおおぉぉぉおおおぉぉおぉおおっおおお、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――」
サーマリアのヘソ。そこにある墓標の前で、ジェイクは己が内に溜め込んだドス黒い感情を吐き出した。
彼の言葉は、ギデオンたちに向けられたものであり、自身の決意を犠牲者たちへ報告するためのモノでもあった。
腹の底から響く凄惨な嘆きに、シルクエッタともども言葉を飲んだ。
ギデオンには、ジェイクの気持ちが痛いほど分かった。
報復を生きる源とし自身の身を焼き尽しながら、この男はここ数年を過ごしてきた。
それが、どれだけ己が身も傷つけ、心を破壊してゆくのか。私怨の鎖がどれほど重苦しく魂を縛りつけるのか。
すでに生き地獄というモノを体験してきた彼だからこそ、ジェイクが背負った業の深さが見て取れた。
悪を粛清する、それはあまりにも残酷な希望だった。
ジェイクの一言一言が悲痛な悲鳴だった。
ギデオン自身も未だ、すべてを断ち切れずにいる。
それでも、自身が幾分かマシに思えてしまうほど、この男に巣食った呪いは深刻なものと化していた。
彼は外法の域に踏み込んでいた……人が人としてやっていけない禁忌を犯した。
自分で自分を呪う、それがジェイクの犯した大罪だった。
シルクエッタは彼の話を黙って聞いていた。聞きながら、静かに涙を流し彼のために祈っていた。
スパイになる前のジェイクは、一時、記者として新聞社に勤めていた。
祖国の闇を暴くため、真実を明るみにするため、敬愛する父と同じ道を辿ろうした。
調査の方は仕事の傍ら、少しずつ探りを入れていった。
学生時代の同級生や父の友人といった人脈を頼り、政府関係者とコンタクトを取り、当時の内情を聞かせて貰ったりもした。
けれど、彼の想像以上に調査は困難を極めた。
共和国政府のことを知れば知るほど、偽りの証言が増え始め、容疑者が絞り込めなくなってきた。
敵はかなりの切れ者だ。元からこうなる事を見越して先手を打っていた。
捜査に行き詰まり苦悩する彼にとって心の拠り所となっていたのは、同じ新聞社に勤めていたリィーナという女性だった。
彼女は眼鏡の似合う知的な女性だった。家柄もそれなりに裕福で、どこかお嬢様っぽい雰囲気をまとっていた。
リィーナに励まされる度に、ジャーナリストとしての魂に活力が湧いてくる。
彼女の「無理しないでね」という一言は彼が見つけてきた、どんな幸せよりも尊い幸福だった。
やがて、二人は互いを意識するようになり結ばれた。
結婚し子供ができた頃には、もう共和国政府の陰謀のことなど、どうでもよくなっていた。
このまま家族と一緒に幸せな日々を過ごせればいい。
平日は新聞社で働き、休日は妻と娘のためにどこかへ出かける。
平凡な人生、それも悪くはない。かつては、そんな生活すらままならなかったのだから。
彼は幼少期と同じ、願望を再度抱くようになった。
しかし……そんな日々も長くは続かない。この時、すでにジェイクは大きなミスを犯していた。
もし、彼があのまま調査を継続していたら運命は大きく傾いたかもしれない……。
ジェイクは、敵を甘くみていた。慎重を期して調査を行っていたものの、彼の情報を政府に売る者がいた。
敵はジェイクの身元を調べ上げ、彼とその周囲をターゲットにした。
異変が起きた、その日は、いつもとなんら変わりない平日だった。
午前中のデスクワークを片づけ終わり、あくびを噛み締めているとフッと視界が変わった。
今まで経験したことのない現象に、ジェイクは小さく「ひぃ!」と悲鳴をあげていた。
彼の様子を不思議そうに眺める同僚たち全員の最期を、彼の瞳は捉えていた。
すべてが同時で同一……彼は咄嗟に新聞社を飛び出た。
瞬間、背後で大爆発が起きた。爆風によりジェイクは路面へと投げ出され全身を強く打ちつけていた。
朦朧とする意識を何とか保ちながら、新聞社の方を振り向くと紅蓮の炎に包まれ黒煙をあげる社屋の変わり果てた姿があった。
「不味い、不味いことになった……」顔に焦りの色を浮かべ彼は自宅へと急いだ。
魔導通信機で連絡を取ろうとしても妻には繋がらない。
家族が無事であることを一心に祈りながら、無我夢中で走り続けた。
我が家を前にし、彼は足を止めた。
そこに見えるは、普段と変わらないのどかな一軒家があった。
今なら、まだ間に合う。彼は家の玄関を開けた。
今度はどこへ引っ越そうか……近くて、安全な公国か? それとも南の暖かい聖王国か?
リビングを開ける いない。キッチンに向かう いない。客間も、トイレも、バスルームも見た、寝室だって探したなのにいない、いないのだ。いるべき家族がどこにも見当たらない……。
「そうだ、どこかに出掛けているんだ……」
淡い期待にジェイクの頬がほころんだ。
妻は娘をつれて、たまたま外出していた。だから、難を逃れたんだ。
こうしてはいられない、早く迎えに行ってやらないと。
階段から一階へと降りた、矢先。オルゴールの音が微かに聞こえた。
耳を澄まし、音源を辿ってゆくと庭先から、壊れかけた音色が響いている。
庭には、妻が大切にしている花壇がある。
動揺しすぎで見落としていたが、もしかしたら二人とも庭にいるかもしれない。
庭に出た瞬間、それまで彼が積み上げてきたモノが一気に崩れ去った。
「リ、リィーナ! おい……しっかりしろ!! ミリィアはどこにいるん――――」
妻が背中から血を流し倒れていた。
彼女の身体は、力なくぐったりとし、すでに冷たくなっている。
身を屈ませた彼女が必死に抱きかかえていたのは、まだ五歳になったばかりの娘だった。
その小さな手に握られたオルゴールがボタッと地面に落ちた。
「うおおおぉぉぉおおおぉぉおぉおおっおおお、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――」
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