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百七十一話

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 ジェイク・イスタムニールには、生涯をかけて成し遂げなければならないことがあった。
 十年、二十年かけてもその機会が訪れるのを待っていた。

 彼の家は、ごくごくありふれた一般家庭だった。
 父は新聞記者で、母は西大陸からの移民と当時としては、少々、珍しい家庭環境の中で育った。
 今となっては差別や偏見は見られなくなったが、ジェイクが幼少期頃の共和国内は、移民追放運動がさかんに行われていた。
 イスタムニール家も、事あるごとに周囲から白い眼で見られることがあった。
 その度に、母親は自分の出自を嘆いていたが、幼いジェイクには傍にいてあげる事ぐらいしかできなかった。

 十歳になる頃には、国内での軍備増強が活発化していった。
 穏やか日常を望む彼の一家とっては、過酷な出来事だった。
 移民に対する世間の風当たりはますます激化し、ジェイクたちは肩身の狭い生活を強いられることとなった。

 身の危険を感じた一家は共和国から帝国へと移住することを余儀なくされた。

 ようやく手にした安寧、その中でジェイクは幸せとは何か? と考えるようになっていた。
 生活が困窮しているわけでもなく、ただの知的好奇心でしかない。
 ひたすら答えを求め、時には周囲に意見を求める。
 我が子の奇行に母は心配していたが、父は「この子の将来は哲学者だな」と笑い飛ばしていた。

 他者からすれば他愛のないルーティーン。
 けれど、彼にとっては、それこそが重要だった。
 幸せを探る行動の裏側には恐ろしい意味が隠されていた。
 ジェイクは良識というものを理解していたため、自身の異変を誰にも告げずにひた隠しにしてきた。
 もし、この能力がなければ彼は人並みの人生を送れていたかもしれない。

 ベースアビリティ、死見。
 彼には、人の最期を見る能力があった。
 ジェイク曰く、人間の最期は生まれた時から決まっているわけではないらしい。
 インチキ霊媒師が世に広めた真っ赤な大噓だという。

 人の死自体は、どう確定するのか個々で変わる。
 自身の役目を果たしたり、ある条件を満たしたり、あるいは因果応報だったり、酷い場合はランダムで抽選されたりもする。
 ただ一つ、明確なルールがあるとすれば、その人物がとどう向き合ってきたのかで、結末に大きな影響をもたらす。
 生とは何か、そこを始点とし世界を眺めた時、彼の瞳には人が求める幸せこそが人の生、さがであると悟った。

 このまま、進めば哲学者どころか、教祖にも成りかねないジェイクだったが彼は無神論者だった。
 人には見えないモノが見える分、自分の能力を神秘ではなく、化学的なものだと論づけていた。

 思春期に入ると、彼の興味は哲学よりも経済学へと注がれた。
 父親が新聞記者であることと相まって、他国について話、聞かされることが度々あった。
 そうして気づくと、世界の情報を求める自分がいた。
 他者の幸せを調べていた時のような情熱が再度、甦るのを感じていた。

 経済を知るにはまず歴史からだ、学び進めてゆくうちに彼は、共和国の歴史に直面することとなった。
 共和国で過ごした日々を振り返るとろくな思い出がない。
 それでも、自分のルーツを調べずにはいられなかった。
 調べることで過去のわだかまりも払拭できるかもしれないと淡い、期待すら抱いていた。

 移民追放運動、それは政府が民衆へと喧伝したプロパガンダ政策の一環だった。
 資料によると政府は、移民たちの正体は共和国内の資源を奪いにやってきた侵略者であると、根も葉もないデタラメを吹聴していたらしい。

 こうした背景には共和国が独占する化石燃料問題が大きく関わっていた。
 共和国中央部に拡がる荒野には、大規模な油田がある。
 これにより、他国との交易で共和国は莫大な利益を生んでいた。
 国内は大いに潤っていた。化石燃料も当面は枯渇しない。
 すべてが順調に進んでいた矢先、当時の政府はとんでもない失態を犯した。

 原油大国であることいい事に、欲をかいて独断で原油価格を高騰させたのだ。
 産業レベルが低い国では、特に問題視されず事無きを得るかと思われた。
 ところが、産業革命の初期段階に入った帝国はこれを良しとはしなかった。
 国際条例違反だと、異議を申し立て周辺諸国に訴えかけたのである。
 これに応じたのが、ドルゲニア公国だった。

 太古から軍事国家だった公国は、かねてから共和国の領土と資源に目をつけていた。
 正当性があれば、理由など後でいくらでも決められる。
 共和国政府の怠慢が、つけ入る隙を他国に与えてしまった。

 ジェイクは唇を噛みしめていた。
 こんな、くだらない理由で自分と家族がずっと苦しめられ続けてきたかと思うと怒りがとめどなく溢れてくる。
 彼は決意した。自身で共和国政府を狂わせた張本人を突き止めようと。
 長き戦いがここから始まった。
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