異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

文字の大きさ
上 下
170 / 362

百七十話

しおりを挟む
 夕刻の訪れが祭りの開催を促す。
 日没と同時に、ナズィールの街並みが煌めく光に満たされる。
 ライトアップされた街中は、普段とは違う装いをていして、歩いているだけで不思議と心が躍りだす。
 中央通りの華やかさだけではなく、一つ通りを移動すればノスタルジックな風景が見られる。

 この日だけは、大人たちも童心に返る。
 子供たちは、年に一度の大イベントに息を弾ませながら、この日だけの楽しみを享受する。

 人の数だけドラマがある。
 歓喜の声で賑わう祭事の中でシルクエッタは思った。
 迎賓館から数歩進んだだけで、世界が変わり始める。
 そこには童話の一ページを切り抜いたような、平穏そのものがある。

 酒樽を運ぶロバ。
 首元に、ぶら下がる鈴がチリーンとなる。
 普段、お目にかかれない動物に好奇心をくすぐられた子供たちが列を成し続いてゆく。
 鈴が鳴る度にオーディエンスが増えてゆく。終いには、犬や猫までも行列に参加する。

 ロバが酒場のまえで止まった。
 傍では、エールを並々と注いだジョッキーで祝杯をあげる初老の男たちの姿がある。
 それを眺めながら談笑するご婦人方と、彼女たちのスカートの裾を引っ張りながらオヤツをねだる子供たち。

 恋人たちは手をつなぎながら、屋台巡りをしている。
 彼らを呼び込むために、額に汗しながら串を焼くオジサンと貰った串焼きを頬張る、お隣のアクセサリー屋さん。
 その屋台の前をジャグリングしながら道化師が通りすぎる。
 後続に続くアシスタントが紙吹雪をばら撒く。

 うち一枚は風に乗り、川辺へと舞ってゆく。
 いつもは、渡し船しかない川辺も、貴族たちが用意した屋形船でひしめき合っている。
 紳士、淑女は楽隊の演奏と祭りの雰囲気に浸り、豪華なディナーと洒落こむ。

 すべてがバラけているようで、どこかでつながりがある。
 まるで、ジグソーパズルのような一時は、聖王国にはないおもむきがある。

「見とれるのは分かるけど、ボサボサしていると置いてくよ~」
 少し先に立つシゼルが手を振っていた。

「ごめんね。今、行くよ」
 祭りには興味があるけれど、自分たちはやらないといけないことがある。
 気を引き締めながら、シルクエッタは駆けてゆく。

「ジェイクさん、大丈夫かな?」シゼルの隣に並びつつシルクエッタは問いかけた。
 面倒そうに唇を尖らせ彼女は答えた。

「大丈夫も何も、オジサンが言い出したことだしぃ。シゼルたちは、聖王国の爺ちゃんの面倒みないとだし……ねぇ? 本当にできるの? 相手はシルクンたちの宰相で、シルクンは神官なんだよね?」

「だからこそだよ。偶然でもボクはガルベナール宰相の悪事を知ってしまった。いや……ボク自身も悪事に加担していたのかもしれない。ことが公になれば最悪、聖王国と共和国で戦争に進展しまうかもしれない。そうなる前に、宰相には罪を認めさせ、この国に人々へむけて謝罪させる必要があるんだ」

「ふぅ~ん。君のところの王様が黙ってないでしょ? それ」

「そうでもないよ。すでに彼の悪意を証明する物は揃っている。宰相のしたことは国家転覆、クーデターに等しい。聖王様もお分かりになられるはず。問題はグランドルーラーの方だ。他国の要人にここまでもてあそばれてきたんだ……これは国家の威信に関わる問題だ。場合によっては宰相の身柄を引き渡しても、許してくれないこともある。すべてを明るみに出さないと話し合いに持ち込めない」


 熱心に自身の想いを述べる若き神官。
 彼女の考え方はシゼルにとって度し難いものだった。
 ポカンと口を開けたまま、困ったように両肩を上に動かし、身をすぼめる。

「明るみねぇ~。野暮なこと訊くけどシルクンって男の娘だよね?」

「そ、それは……否定できないけど」

「別に、それが悪いって話じゃないよ。シゼルだって、演技で別人に成りすますことあったしぃ。たださぁ、馬鹿正直に全部、打ち明ければ解決するわけ? シルクンは話し合いで決着つけようとしているけど、無理だと思うよ。元悪党だったシゼルも色んな、悪をみてきたけど人の私怨は、容易に浄化できないよ」

 重く圧し掛かる現実を教えようとするシゼルの背後で大輪の華が天に拡がる。
 爆発音に合わせ、光で闇夜を照らす奇跡に両者共々、目を奪われていた。
 光の華を眺めながら、シルクエッタの口元が緩む。

「大丈夫、必ず戦争は回避できるよ。ボクたちには、パラディンがついているから」

「パラディン? 誰の話」

「子供ころ、ギデオンが約束してくれたんだ。ギデオンは、すっかり忘れちゃっているけどね。どうして、彼がパラディンになろうと決心したのか、ボクは今でも覚えている」

「ホント、彼のこと好きなんだね~。想いは伝えたの?」

「ボクは、もういいんだ。遠くから、彼を見守ろうって決めたから……ボクじゃ駄目なんだよ、彼にはもっと相応しい人がいるはずだから」

 ハニカミながら見せる健気な笑顔はとても寂しそうだった。
 少なくともシゼルの眼には、そう映っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

処理中です...