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百七十話
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夕刻の訪れが祭りの開催を促す。
日没と同時に、ナズィールの街並みが煌めく光に満たされる。
ライトアップされた街中は、普段とは違う装いを呈して、歩いているだけで不思議と心が躍りだす。
中央通りの華やかさだけではなく、一つ通りを移動すればノスタルジックな風景が見られる。
この日だけは、大人たちも童心に返る。
子供たちは、年に一度の大イベントに息を弾ませながら、この日だけの楽しみを享受する。
人の数だけドラマがある。
歓喜の声で賑わう祭事の中でシルクエッタは思った。
迎賓館から数歩進んだだけで、世界が変わり始める。
そこには童話の一ページを切り抜いたような、平穏そのものがある。
酒樽を運ぶロバ。
首元に、ぶら下がる鈴がチリーンとなる。
普段、お目にかかれない動物に好奇心をくすぐられた子供たちが列を成し続いてゆく。
鈴が鳴る度にオーディエンスが増えてゆく。終いには、犬や猫までも行列に参加する。
ロバが酒場のまえで止まった。
傍では、エールを並々と注いだジョッキーで祝杯をあげる初老の男たちの姿がある。
それを眺めながら談笑するご婦人方と、彼女たちのスカートの裾を引っ張りながらオヤツをねだる子供たち。
恋人たちは手をつなぎながら、屋台巡りをしている。
彼らを呼び込むために、額に汗しながら串を焼くオジサンと貰った串焼きを頬張る、お隣のアクセサリー屋さん。
その屋台の前をジャグリングしながら道化師が通りすぎる。
後続に続くアシスタントが紙吹雪をばら撒く。
うち一枚は風に乗り、川辺へと舞ってゆく。
いつもは、渡し船しかない川辺も、貴族たちが用意した屋形船でひしめき合っている。
紳士、淑女は楽隊の演奏と祭りの雰囲気に浸り、豪華なディナーと洒落こむ。
すべてがバラけているようで、どこかでつながりがある。
まるで、ジグソーパズルのような一時は、聖王国にはない趣きがある。
「見とれるのは分かるけど、ボサボサしていると置いてくよ~」
少し先に立つシゼルが手を振っていた。
「ごめんね。今、行くよ」
祭りには興味があるけれど、自分たちはやらないといけないことがある。
気を引き締めながら、シルクエッタは駆けてゆく。
「ジェイクさん、大丈夫かな?」シゼルの隣に並びつつシルクエッタは問いかけた。
面倒そうに唇を尖らせ彼女は答えた。
「大丈夫も何も、オジサンが言い出したことだしぃ。シゼルたちは、聖王国の爺ちゃんの面倒みないとだし……ねぇ? 本当にできるの? 相手はシルクンたちの宰相で、シルクンは神官なんだよね?」
「だからこそだよ。偶然でもボクはガルベナール宰相の悪事を知ってしまった。いや……ボク自身も悪事に加担していたのかもしれない。ことが公になれば最悪、聖王国と共和国で戦争に進展しまうかもしれない。そうなる前に、宰相には罪を認めさせ、この国に人々へむけて謝罪させる必要があるんだ」
「ふぅ~ん。君のところの王様が黙ってないでしょ? それ」
「そうでもないよ。すでに彼の悪意を証明する物は揃っている。宰相のしたことは国家転覆、クーデターに等しい。聖王様もお分かりになられるはず。問題はグランドルーラーの方だ。他国の要人にここまで弄ばれてきたんだ……これは国家の威信に関わる問題だ。場合によっては宰相の身柄を引き渡しても、許してくれないこともある。すべてを明るみに出さないと話し合いに持ち込めない」
熱心に自身の想いを述べる若き神官。
彼女の考え方はシゼルにとって度し難いものだった。
ポカンと口を開けたまま、困ったように両肩を上に動かし、身をすぼめる。
「明るみねぇ~。野暮なこと訊くけどシルクンって男の娘だよね?」
「そ、それは……否定できないけど」
「別に、それが悪いって話じゃないよ。シゼルだって、演技で別人に成りすますことあったしぃ。たださぁ、馬鹿正直に全部、打ち明ければ解決するわけ? シルクンは話し合いで決着つけようとしているけど、無理だと思うよ。元悪党だったシゼルも色んな、悪をみてきたけど人の私怨は、容易に浄化できないよ」
重く圧し掛かる現実を教えようとするシゼルの背後で大輪の華が天に拡がる。
爆発音に合わせ、光で闇夜を照らす奇跡に両者共々、目を奪われていた。
光の華を眺めながら、シルクエッタの口元が緩む。
「大丈夫、必ず戦争は回避できるよ。ボクたちには、パラディンがついているから」
「パラディン? 誰の話」
「子供ころ、ギデオンが約束してくれたんだ。ギデオンは、すっかり忘れちゃっているけどね。どうして、彼がパラディンになろうと決心したのか、ボクは今でも覚えている」
「ホント、彼のこと好きなんだね~。想いは伝えたの?」
「ボクは、もういいんだ。遠くから、彼を見守ろうって決めたから……ボクじゃ駄目なんだよ、彼にはもっと相応しい人がいるはずだから」
ハニカミながら見せる健気な笑顔はとても寂しそうだった。
少なくともシゼルの眼には、そう映っていた。
日没と同時に、ナズィールの街並みが煌めく光に満たされる。
ライトアップされた街中は、普段とは違う装いを呈して、歩いているだけで不思議と心が躍りだす。
中央通りの華やかさだけではなく、一つ通りを移動すればノスタルジックな風景が見られる。
この日だけは、大人たちも童心に返る。
子供たちは、年に一度の大イベントに息を弾ませながら、この日だけの楽しみを享受する。
人の数だけドラマがある。
歓喜の声で賑わう祭事の中でシルクエッタは思った。
迎賓館から数歩進んだだけで、世界が変わり始める。
そこには童話の一ページを切り抜いたような、平穏そのものがある。
酒樽を運ぶロバ。
首元に、ぶら下がる鈴がチリーンとなる。
普段、お目にかかれない動物に好奇心をくすぐられた子供たちが列を成し続いてゆく。
鈴が鳴る度にオーディエンスが増えてゆく。終いには、犬や猫までも行列に参加する。
ロバが酒場のまえで止まった。
傍では、エールを並々と注いだジョッキーで祝杯をあげる初老の男たちの姿がある。
それを眺めながら談笑するご婦人方と、彼女たちのスカートの裾を引っ張りながらオヤツをねだる子供たち。
恋人たちは手をつなぎながら、屋台巡りをしている。
彼らを呼び込むために、額に汗しながら串を焼くオジサンと貰った串焼きを頬張る、お隣のアクセサリー屋さん。
その屋台の前をジャグリングしながら道化師が通りすぎる。
後続に続くアシスタントが紙吹雪をばら撒く。
うち一枚は風に乗り、川辺へと舞ってゆく。
いつもは、渡し船しかない川辺も、貴族たちが用意した屋形船でひしめき合っている。
紳士、淑女は楽隊の演奏と祭りの雰囲気に浸り、豪華なディナーと洒落こむ。
すべてがバラけているようで、どこかでつながりがある。
まるで、ジグソーパズルのような一時は、聖王国にはない趣きがある。
「見とれるのは分かるけど、ボサボサしていると置いてくよ~」
少し先に立つシゼルが手を振っていた。
「ごめんね。今、行くよ」
祭りには興味があるけれど、自分たちはやらないといけないことがある。
気を引き締めながら、シルクエッタは駆けてゆく。
「ジェイクさん、大丈夫かな?」シゼルの隣に並びつつシルクエッタは問いかけた。
面倒そうに唇を尖らせ彼女は答えた。
「大丈夫も何も、オジサンが言い出したことだしぃ。シゼルたちは、聖王国の爺ちゃんの面倒みないとだし……ねぇ? 本当にできるの? 相手はシルクンたちの宰相で、シルクンは神官なんだよね?」
「だからこそだよ。偶然でもボクはガルベナール宰相の悪事を知ってしまった。いや……ボク自身も悪事に加担していたのかもしれない。ことが公になれば最悪、聖王国と共和国で戦争に進展しまうかもしれない。そうなる前に、宰相には罪を認めさせ、この国に人々へむけて謝罪させる必要があるんだ」
「ふぅ~ん。君のところの王様が黙ってないでしょ? それ」
「そうでもないよ。すでに彼の悪意を証明する物は揃っている。宰相のしたことは国家転覆、クーデターに等しい。聖王様もお分かりになられるはず。問題はグランドルーラーの方だ。他国の要人にここまで弄ばれてきたんだ……これは国家の威信に関わる問題だ。場合によっては宰相の身柄を引き渡しても、許してくれないこともある。すべてを明るみに出さないと話し合いに持ち込めない」
熱心に自身の想いを述べる若き神官。
彼女の考え方はシゼルにとって度し難いものだった。
ポカンと口を開けたまま、困ったように両肩を上に動かし、身をすぼめる。
「明るみねぇ~。野暮なこと訊くけどシルクンって男の娘だよね?」
「そ、それは……否定できないけど」
「別に、それが悪いって話じゃないよ。シゼルだって、演技で別人に成りすますことあったしぃ。たださぁ、馬鹿正直に全部、打ち明ければ解決するわけ? シルクンは話し合いで決着つけようとしているけど、無理だと思うよ。元悪党だったシゼルも色んな、悪をみてきたけど人の私怨は、容易に浄化できないよ」
重く圧し掛かる現実を教えようとするシゼルの背後で大輪の華が天に拡がる。
爆発音に合わせ、光で闇夜を照らす奇跡に両者共々、目を奪われていた。
光の華を眺めながら、シルクエッタの口元が緩む。
「大丈夫、必ず戦争は回避できるよ。ボクたちには、パラディンがついているから」
「パラディン? 誰の話」
「子供ころ、ギデオンが約束してくれたんだ。ギデオンは、すっかり忘れちゃっているけどね。どうして、彼がパラディンになろうと決心したのか、ボクは今でも覚えている」
「ホント、彼のこと好きなんだね~。想いは伝えたの?」
「ボクは、もういいんだ。遠くから、彼を見守ろうって決めたから……ボクじゃ駄目なんだよ、彼にはもっと相応しい人がいるはずだから」
ハニカミながら見せる健気な笑顔はとても寂しそうだった。
少なくともシゼルの眼には、そう映っていた。
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