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百六十七話

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 ファルゴの瞳孔が、爬虫類のごとく細身を帯びたように見えた。
 狩猟者の眼が主張するのは、獲物をどう狩ろうかと吟味している様子。
 ブラフなどではない。彼の言葉は絶対であり、思考を現実化する悪魔の言語だ。
 そんなシオンの悪魔が、バージェニルに予告する。

「アイツは俺の手で仕留めてやる!」

 あまりにも直球な宣言に、バージェニルは言葉を詰まらせていた。
 悪意や私怨よりも、ファルゴには純真すぎるほどの闘争本能が感じられた。
 暴力で物事を解決しようとする性質を理解できないバージェニルだが……何かを成し遂げようとする揺るがない意思には、共感できなくもない。

「ふぁ、ふぁるご様ぁぁあ――――!」
 おびただしい鼻血を垂れ流しながら、バミューダが身体を起こした。
 その顔には、今までのような甘さ、緩さは消え、代わりに起死回生の求める気迫で満ちている。

「あん。まだ、何かあんのか? ドラム缶野郎」

「ドラム缶などではありません! 生徒会長のバミューダです。 私は貴方のしもべなどではなぁーい! 私が崇拝するのは……成熟のオカン、ただ一人のみ。それだけで、心は満たされるのでぇーす」

「気持ちワリィこと言ってんじゃねぇ―――!!」

 問答無用の足蹴りがバミューダの額に直撃した。

「ああ……あっ……ふぅん」
 苦痛なのか、興奮なのか? 分からない悲鳴をあげて悶絶している。
 およそ、自身の美学とは、かけはなれた生徒会長の言動には、バージェニルも軽蔑の眼差しを向けるしかなかった。

「まただ……またその眼だ。思えば、キンダーガトゥーンの頃から同年代の奴らは私に好奇な眼を向けてきた。この性癖のどこがおかしいのだ!? 母を求めて三千里も歩いた少年だっていたというではないか? 私の崇高な思いが伝わらぬ愚者どもよ。親愛の力を思い知るがいい!」

「まったく……何を葛藤しているのか? ちっとも、見えてこないわ」

「ふはっ、劣等感の塊という奴だ。ミリムス、巻き添えを喰らいたくなければ安全な場所にでも隠れていろよ」

「お言葉ですけど、こう見えても体術にはそれなりの覚えがありますわ!」

 わざと淑女のように上品ぶるバージェニル。
 隣に並ぶ、ファルゴが横目を向けて微笑したかと思うと、その腕で彼女を突き飛ばした。
 刹那、岩の塊のようなものが、視界に飛び込んでくる。
 自然に発生したものではない……それはバミューダの魔法によって生成された物質だ。
 そのままファルゴに覆い被さるように抱きつくと、建屋の壁を勢いよく打ち抜いた。

 パラパラと塵が舞う。壁には大穴が空いて外の様子が丸わかりだ。

「まさか! 庇ったというの、この私を……」
 一人、取り残されたバージェニルは少しの間、呆けていた。
 しかし、すぐに雑念を捨て彼らの後を追う。

 駆けだした先に、ファルゴの姿があった。
 彼だけではない……向かい合うように等身大のゴーレムが立っている。
 ぎこちなく手足を動かす、その正体は石ころで全身を着飾ったバミューダ自身だ。

 額に刻まれたmの紋様以外には特段、目立ったところはない。
 むしろ、顔部分はさらしたまま、まんまバミューダである。
 インパクトの凄惨さに、他のところにまで気が回らない。

「どうです? 美しいでしょう、これぞゴーレムと渾然一体となった生徒会長。マザーゴーレム、バミューダの爆誕です!」

 何を思い違いをしたのか? バミューダが得意気になって色々なポーズを取っていた。
 間違った意味で視線を釘付けにしてくるから目のやり場に困る。
 自信の雄姿を見せつけているつもりだが、逆に鬱陶うっとうしいこと、このうえない。
 バージェニルは、軽くため息をつくと、詠唱を開始した。

「その剣は、混沌も斬り裂く虚無の虜。次元を隔て存在するは、真実と虚飾で刀身を染めた悪夢の象徴。然りと言わば否と語り、織りなすは狂狼きょうろうの宴。解き放て! 月牙の大輪、ヒュプノクライシス!!」

「はっ? おははっはあはん。何ですか? この三日月の群れは……」

 マザーゴーレムの本体に、魔法から作りだされた無数の曲刀が突き刺さってゆく。
 バミューダに抵抗する間も与えず、弓なりのそれらは、次々に飛び交いゴーレムを斬り裂き続ける。
 身を屈めて防戦一方となる生徒会長。
 ヒュプノクライシスの攻撃を凌いだところで、更なる追い打ちがやってきた。

「バミューダ、テメェはこの舞台には相応しくねぇ! さっさと退場しろや、アーカイバァ・ブラキオ!」

 電光石火、同時に練り上げた練功と魔力が、ファルゴの脚部から一気に解放される。
 もはや、それは爆破に近い威力だった。
 眼で捉えるのも困難な速度で飛ぶ回し蹴りが、頑強なゴーレムの頭部を容易く破壊した。
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