上 下
154 / 294

百五十四話

しおりを挟む
「盛り上がっているところ済まないが、公国の間者から同級生を救い出す算段はついているのか?」

 その場の流れを断ち切る、オトナの意見に若者たちは表情を固めた。
 あまりにも酷であり真に迫る、現実という証明。
 相手は、たった一人で大勢の宰相護衛を斬り捨てた。
 そのような怪物に、真向から挑んでも犬死することは、ここにいる全員が分かりきっていることだ。

「んだと! オッサン。そもそも、アンタ何者なんだよ!?」真っ先に噛みついたのはオッドだった。

 痛い箇所を突かれて、苛立ちをあらわにする姿は正直、褒められたものではない。
 ただ、彼なりに現状をどうにか良くしようと必死だった。
 そのことは、同じ立場にある学友たちも理解していた。

 むろん、対面の立場にるジェイクには通じない。
 彼にとって、学生たちの言葉は夢物語を聞かされている気分になる。
 根拠もない、スケジュールもない。相手のデータも、勝算も、策も、ないないづくしで聞いて驚く。
 あるのは、若さと気概だけという実に心もとないモノばかりだ。

「見ての通り、スパイの真似事が得意な中年さ。私のゴールデンパラシュートは、すでに間者の位置を特定している。だが、今の段階で少女を奪還するのは得策ではない」

「どうしてだよ? 早くしないと飛竜とやらで公国に逃げられちまうぞ!」

「少年、今日が何の日なのか、忘れたのか?」

 ジェイクの言葉に考えが及ばずオッドは難しい顔で、棒立ちしていた。
 見かねた、ブロサッムが急いで助け船を出す。

「英誕祭ですな……ここに来る前にも歓楽街で多くの人々を見かけましたぞ」

「そうだ。この祭りを見に国内外問わず、大勢の観光客が訪れている。もし、人混みの中で奴と事構えることがあれば、死屍累々ししるいるい、屍の山を築くことになるぞ」

 過激な発言に、言い返せるモノなど誰もいなかった。
 間者の強さを直に見たわけではないが、危険な人物であるというのは判明している。
 大人しく拳を握りしめることしかできない……。
 誰もそう悔しがる中で、彼だけは他のことを考えていた。

「ジェイク、僕たちは先に生徒会をどうにかしないといけない。奴らは死体強奪事件に深く関わっている、何としてでも取り返さないと、追々、不味いことになるぞ」

「キンバリー・カイネンか。そういえば、ラボで新たなメモリージェムを発見したぞ。これは以前、私があの女に送り付けたモノの信憑性を裏付けるモノとなるだろう。せっかくだ、生徒さんにも見て貰おうか?」

「おい、オマエの悪趣味に付き合う義理はない。僕が必要としているのはガルベナールの情報だけだ」

 ギデオンの目の色が変わった。
 とても少年のモノとは思えない強烈な眼力に当てられ、ジェイクも委縮するばかりだ。
 特にスパイは相手の殺意には敏感だ。生存率を上げるためにそう訓練されている。

「すまない。君たちと私では目的が異なったな。分かった、聖王国宰相ガルベナールの映像だけ見てみよう」

 魔道具に魔力を込めると保存されていた撮影映像が映し出される。
 それは例の宰相が一人、ソファに腰を落ち着かせながら、誰かに向けてメッセージを送っているモノだった。

「――ええ、すべて滞りなく進んでおります。悪魔の種も、多くの人間に植え込みました。あとは、共和国と公国を対立させ、内戦がおこりやすい環境を整えるだけです。なぁーに、我々の手元には龍番りゅうつがいの笛があるのですから。国民全員を兵士として仕立てあげることなど造作もありません」

 あの傲慢不遜なガルベナールが頭を下げている。
 それだけでも驚きを隠せないわけだが、共和国内の戦争自体、彼によってもたらされた。
 嘘のような事実に、耳を疑いたくもなる。

 ガルベナールは交渉術に長けていた。
 宰相という地位を大いに活用し、戦争を食い物にしている。
 悪魔の種やシオン賢者は、その願望を満たすための前段階であった。
 人類を兵器として生まれ変わらせようなど、悪魔の発想でしかなかった。

 ここまで醜悪で、完全にイカレ狂った人間をギデオンは知らない。
 自分以外の人間を物としか見ていない。
 でなければ、ここまでの所業を行えるわけがない。

 一歩、取り扱いを間違えれば聖王国と共和国の二国間で、戦争が勃発してもおかしくはない。
 最悪な状況を生み出しても、なお映像のガルベナールは卑しく笑っている。
 もっとも、現在の共和国は防衛一方で反撃に転じる力は残されていない。
 それも、また計画のうちなのだろう……。
 周辺諸国を弱体化させることで、聖王国から人材を派遣する。
 それにより利益を得て、恩を売り、依存させる。
 どこまでも腐りきったビジネスモデルが、すでに完成されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

女尊男卑 ~女性ばかりが強いこの世界で、持たざる男が天を穿つ~

イノセス
ファンタジー
手から炎を出すパイロキネシス。一瞬で長距離を移動するテレポート。人や物の記憶を読むサイコメトリー。 そんな超能力と呼ばれる能力を、誰しも1つだけ授かった現代。その日本の片田舎に、主人公は転生しました。 転生してすぐに、この世界の異常さに驚きます。それは、女性ばかりが強力な超能力を授かり、男性は性能も威力も弱かったからです。 男の子として生まれた主人公も、授かった超能力は最低最弱と呼ばれる物でした。 しかし、彼は諦めません。最弱の能力と呼ばれようと、何とか使いこなそうと努力します。努力して工夫して、時に負けて、彼は己の能力をひたすら磨き続けます。 全ては、この世界の異常を直すため。 彼は己の限界すら突破して、この世界の壁を貫くため、今日も盾を回し続けます。 ※小説家になろう にも投稿しています。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...