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百四十四話

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 ギデオンのステース開示により明かされた事実。
 告別式にて、祭壇の傍に置かれたキンバリーの棺は、七耀木の異名を持つ最上級の黒檀に見立て作られた偽装品だった。
 偽物とは言え、これだけの精巧な物を作れる職人は、そうそういない。
 ナズィールの工房を片っ端からあたれば、製作者がすぐに判明するだろう。

「となると……製造元に、顧客リストを見せて貰えばいいのですかな? ここ最近、棺桶を発注したキンバリー先生と繋がりがある者、それが犯人ですな!」

 案の定、ブロッサムが同じ斬り口から飛び込んできた。
 考え方としては間違ってはいない。誰もが、真っ先に思うだろう。
 しかし、それは安直というものだ。大胆かつ地道な計画を練ってきた犯人のことだ。
 捜査する側の思考はすでに読み切っているはずだ。

「犯人の方も神経を尖らせたはずだ。安易な証拠は残していないだろうな」

「偽名を使われたら、アウトだモン!」

 微かな手掛かりを頼りに可能性を拾いあげ選別してゆく。はやくも製造元では犯人まで辿りつくのは難解だと結論がでた。ならば、製造後から告別式までの動きを調べればいい。
 ギデオンは、近くを通りかかった僧侶を呼びとめた。
「この棺の、出所が知りたいのですが? ウルス殿に運ばれる以前に、どこに運ばれたか? ご存じですか?」

 ギデオンの質問に僧侶は急いで台帳を持ってきてくれた。
 聞けば、空の棺をどう扱おうか僧たちも頭を抱えていたらしい。
 キンバリーの遺体が発見されなければ、寺院としても体裁が保てない。
 そんな背景もあってか、かなり協力的だ。

「あった、ウルス殿に運ばれる前は…………勇士学校に一度運ばれている」

 開いた台帳をに記載されいた母校の名前。学校関係者が黒幕なのは濃厚だ。
 勇士学校から、依頼されて棺桶をウルス殿に運んできたとされている。
 その記録に三人は黙って顔を見合わせた。
 誰一人として、キンバリーの柩が学校に来ていた事を知らされていなかったからだ。
 生徒たちに告知がないのなら当然、学校側が手配したわけでもない。

 すべては、ごく少数の個人によってもたらされた事件だった。

「依頼主は誰ですか?」その問いに、僧は瞳を閉じて答える「」だと……。

「んなっ? 知らないモン! 生徒会が偽物の棺を持ち出し運ばせただなんて信じられないモン!!」

 フローレンスが食ってかかるように否定してきた。
 彼女からすれば、自身が所属する生徒会が犯行に及んだというのは、いわれのない現実だ。
 嘘を嘘で塗りかためてきたせいか、生徒会というイメージは、すで輪郭を失っている。
 生徒たちの間で勝手に生み出されている妄想こそが、今の生徒会の基盤である。

 彼女の反応こそが、その典型、最たる例だ。
 生徒会とは、完璧、高潔、憧れ、清廉、公正、模範、といった正しさの象徴でなければならない。
 それがフローレンスの描いた理想の生徒会だ。
 例え絵に描いた餅でも、飲み込むのを拒むことはなかった。

 そこまでして積み重ねてきたモノを、皮肉なことに他の生徒会メンバ―が踏み荒らしていた。
 フローレンスには耐え難い苦痛だった。

「やってくれたな……」狭い室内にギデオンの声がこもる。

「まさか、犯人を捜している当人たちが犯人とは。とんでもない連中ですぞ!!」

「状況からすると、どうやらファルゴの奴も見事、出し抜かれたようだな」

「ファルゴ? はて、どこかで聞いた覚えが?」

「聖王国宰相、ガルベナールの孫で、模擬戦の時に僕らを襲ってきた悪漢どものリーダーだ」

 生徒会の常軌を逸した言動に、普段は温厚なブロッサムも険しい顔つきになっていた。
 今回一番の被害者だ。あらぬ疑いをかけられて濡れ衣まで着せられた彼の怒りは底知れない。
 生徒会の連中が謝罪したとしても、彼をなだめる事はできないだろう。

「落ち着くんだ二人とも! フローレンス、お前は物的証拠だけでブロッサムを犯人扱いした。今度はお前の番だ、相応の覚悟はできているんだろうな?」

「うぅ……モンは、モンはただ――――」

「我は、最初から分かってますぞ。自身の務めを果たしただけ、それだけの事。フローレンス殿の人柄は、以前から知っております。解せないのは、謹厳実直な貴女を騙し利用したバミューダという男ですぞ!!」

「ブッロコリぃぉいぃ!! ゴメンなさいぃぃぃ! モンがもっとしっかりしていれば、会長たちの好き勝手にはさせなかったのにぃぃ――――!!」

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしてブロッサムに頭を下げるフローレンス。
 いくら悪気がなくとも、判断を誤れば道を踏み外す。
 ただ、己が過ち気づき正そうとする、その想いは何物にも代えがたい尊き精神である。
 大昔、神は人の罪を赦したという。それでも人類は依然、楽園から追放されたままだ。
 赦したところで罪は消されない。
 正しくあろうとする者を救おうとしない世界の狭さにギデオンは息苦しさを感じていた。
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