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百四十一話

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 ナズィール地区に戻ったギデオンたちは早速、捜査を開始した。
 向った先は、もちろん事件が発覚した場所、ウルス殿であった。

 告別式から一夜明けた神殿は静まりかえっていた。
 ギデオンたちが参加することはなかったが、遺体消失の件は、外部にふせられたまま式は執り行われた。
 空のひつぎであっても、遠路はるばる足を運んできた各地の諸侯や海外からの会葬者は多い。
 彼らに配慮し、こうしたに対応に至ったのだろう。

「結局、ここに戻るしかありませんでしたな」

「手掛かりがありそうな場所が、他に思い当たらない以上はな……それに、よく言うだろっ? 犯人は現場に戻ってくるって!」

「ガハッハ! でしたら、我は真っ先に疑われますな!!」

「なら、僕は共犯者となるわけだ……フフッ」

 肩で笑いながら二人は神殿入口に向かう。
 そんな訪問者をこばむように正面門の前に厳重な鎖がかけられていた。

「どうりで人の気配がしないわけだ」

「昨日の騒動でしたら、我も遠くから見ていたので知ってますぞ。無限ダンジョンで現れたウワバミが大暴れしておりましたな。それが原因でしょうな」

「多分な……ブロッサム、こっちだ。東門の方からなら入れるかもしれない」

 迂回した先の門は、依然として開いていた。
 門の石畳の上には足の形をした泥が付着している。
 比較的に新しいそれらは、朝方に振った小雨によってできたものだ。
 結構な出入りがあったようだ……足跡の数が多い。

「誰かと遭遇したら不味いですな……」

「そうならないように祈ろう」

 神殿内部を警戒しならがら進むブロッサム。

 彼とは対照的にギデオンは足音をたてながらスタスタ、歩いてゆく。
 普段、神経質そうに見えるが案外、ざっくりとした行動を取ることが多い。
 足音が神殿内で反響する度に、ブロッサムは周囲を見回す。

「ぎ、ギデ殿……音を立てすぎでは?」

「ん? ああ。まっ、大丈夫だろう」

 何が大丈夫なのか、ギデオン以外には分からない。
 ゆえに、周囲は不安をつのらせる。
 勇士学校の生徒たちの中で彼が持つ能力を知っているのは、ごく一部だ。
 シオン賢者だったリッシュとシゼル。
 ファルゴとその戦いを偶然、見届けることとなったカナッペぐらいだ。

 彼が自ら率先して本来のを明かすことはない。
 教える理由はないし、知られたら敵に対策を練られる。
 何よりマタギだと名乗り出したところで、誰にも分からないし理解もされない。
 痛い奴として認定されるのはほぼ確実だ。

 超嗅覚により、既に索敵は終えている。
 ハンターとしての直感がリアルタイムで危険な位置を教えてくれる。
 この神殿内で、もっとも安全な場所はギデオンの傍だ。
 その辺りのことを知らない学友は、「大丈夫だ」という言葉を信じるほかなかった。

 本殿に入る。
 入口から奥にかけて細長い床敷きがのびている。
 奥にある祭壇前にキンバリーのひつぎが置かれていた。
 すでに撤去されてしまい、犯人の手掛かりなど見つけられそうにもない。

 表情を曇らせ落胆するブロッサムのかたわらで、ギデオンは祭壇周辺の匂いを探っていた。

「無理か……時間が経っている上に色々な匂いが混ざり合っている。手帳から匂いを辿ろうとしても、此処には、遺体の死臭すら残っていない」

「せめて、犯人が何らかの痕跡を残していれば……」悔しがる、ブロッサムの一言。

 袋小路に立たされる中で溢れだした、その言葉が彼の思考を加速させた。

「痕跡か…………そうか! 棺桶だ! ブロッサム、彼女の棺は今、何処にある!?」

「棺ですか? 本来ならば、サーマリア墓所に埋葬されるはず……」

「墓所とは、サーマリアのヘソにある霊園の事か?」

「いえ、あそこは戦死者を祀る場所ですぞ。サーマリア墓所は、この神殿裏にありますぞ!」

「なら、急ごう! 今ならまだ埋葬する前かもしれない」

 何かを閃いたギドオンは即座に踵を返した。
 本殿から出ようとした矢先、不意に香の匂いが鼻を衝く。
 気配がする……相手は息を潜めているが、ギデオンに誤魔化しは効かない。

「そこか!! 来い! スコル」

 スコルを呼び寄せるのと同時に、本殿内部に身を隠していた存在が疾風のごとく飛び掛かってきた。

「ギデ殿を傷つけはさせんぞ!!」

 いち早く、敵の動きを捉えたブロッサムの裏拳が炸裂する。
 こめかみに直撃を食らった襲撃者はバランスを崩して横転した。
 手にしていた大刀がカラン、カランと音を鳴らして床に落ちる。

「うっ……くう」倒れたままの姿勢で腕を伸ばし、敵は自身の獲物を掴もうとする。

 その執念を打ち砕くように、大刀が蹴り飛ばされた。
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