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百三十九話

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「ギデ殿……」心強い学友の言葉にブロッサムの面持ちが一瞬だけ晴れやかになった。
 だが、その好意は彼にとってはでしかなかった。
 束の間の表情から一転、自身の気持ちを押し殺すかのように険しい目つきでギデオンをにらむ。

「ギデ殿の気持ちは嬉しい……ですが余計な事しないでくだされ! 今回の疑惑も我の軽率さから生じたことですので」

「ならば、その経緯を聞かせてくれ。クラス委員長のお前が、どうして生徒会から疑われているんだ?」

「まぁ、ようある誤解ですぞ。キンバリー先生の告別式に向かった矢先、先生の物と思われる白衣を拾いましてな」

「白衣を拾っただけで捕まったのか?? どうして彼女の所有物だと思ったんだ?」

「ギデ殿は知らんかもしれませぬが、生前の彼女は生化学を担当する教師で普段から白衣を着用していたのですぞ」

 なるほど、実にあの女らしい……皮肉交じりの言葉は声にはならず、心の中で残響していた。
 生化学の教師として教壇に立っていたキンバリー。その姿は想像しやいものだった。
 ギデオンとって彼女は非人道的なマッドサイエンティストと呼ばれる人物だ。
 非合法な人体実験、狂った倫理観がもたらす残虐行為、己が欲求を満たすだけ知的好奇心。
 人の規範から大きく脱したキンバリー博士は人格者からは程遠い。

 ところが、勇士学校の生徒たちが口々に語る、としての彼女は理想の先生そのものだった。
 演技だったのか、どうかはともかく絶妙なカリスマ性で、一定の生徒たちから支持されていたことは事実だ。

 裏と表。二つの顔。

 それらの振れ幅があまりにも大きすぎて、胸中のつっかえが取れずにいる。
 完全なる悪党なら、容易に怒りや憎悪をぶつけられるがそうもいかない。
 異なる局面を知れば知るほど、本当の彼女は真っ当な人間だったのではないかと疑ってしまう。
 死してなお、苦悩させる彼女は、ギデオンにとって厄介な亡霊だった。

「――――よもやと思い生徒会会計のフローレンス殿に白衣を手渡したのです。そこで、白衣が柩の中から盗まれたキンバリー先生の遺品だと判明したのです」

「どうして、大人しく捕まったんだ? 自分の潔白を証明すれば済んだことだろう!?」

 ギデオンの一言に、学友は物寂し気に頬を緩める。

「それができるのは、一握りの人間だけですぞ。皆が皆、貴方のように賢く器用に立ち回れるわけではありませぬ。特に我は、無骨な生き方しか知りませんから……」

「僕の見識が不足しているというのか……だとしても」

 震えるほど拳を強く握りしめるとギデオンは、ブロッサムの方へと歩みよった。
 背後では、手足を蔦のロープで縛りあげられたプロタリコルが芋虫のように地を這って逃げようとしている。
 生徒会の事など、ギデオンにとってはどうでも良いことだった。
 少なくとも、自身の生き方を投げ出し制限しようとしている学友を前にすれば、さしたる問題ではない。

「ブロッサム!」気迫に満ちた瞳が、闘士ブロッサムを捉えていた。

 真っすぐに向けられる視線。
 吸い込まれそうなほどの深みがある瞳の奥に映るのは、不甲斐ない表情をした彼自身だった。

「君が、どうして僕を気にかけるのか? よく分からない。多分、ブロッサムなりの事情があるんだろう。別に、それは個人の問題だ……無理に打ち明けろとは言わない。けどな! にだけは屈するな!! 背負うモノがあるのなら尚更だ!!」

「そ、それは……」

「無理か? だったら、僕じゃなくもいい……誰かに頼れ! 僕たちは同じ学生だ、同級生だ。身近なところで手を取り合える相手がいる、いなくても僕が手を取る!! いいや、この学校には呆れるほどのお人好しばかりだ。きっと誰かが助けになってくれる。ブロッサム、頼られて迷惑だと判断するのは君じゃない。頼まれた相手の方だ! だから自己完結してはいけない。もう、分かっているはずだ、自分の考え方がかたよってしまっている事に」

「わ、我は……我のような存在でも……誰かを頼っても良いというのですか?」

 両眼を閉じ、うつむき加減になるブロッサム。自身の内に葛藤かっとうを抱えているように見える。
 そんな彼の肩に同級生は手を添え頷く。

「勿論だ、誰かの為に手を差し出せる者を、僕たちが放っておけるわけがないだろ!!」

「ならば、ギデ殿。我を手伝って貰えませぬか……我は自身の潔白を必ずや明かしたい!」

「分かった! まずは此処から脱出しよう」

 ギデオンが南方を指さした。車両倉庫を進んだ奥には、留置所の門が小さく見えていた。

「ところで、ブロッサム、どうやって檻から抜け出したんだ?」

「それですか? 我にもよく分かりませぬ。牢の扉か独りでに開いて、建屋の中には看守もいない状態でしたからな。留置所内にいた生徒会長に直訴しに行ったわけですぞ」

「律儀すぎだな……確かに法律上はまだ犯罪者じゃないからな。扱いはモロに酷いが……」

「とにかく、急ぎましょうぞ。いつ、バミューダが戻ってくるか分かりませんからな」

 敷地内を駆けてゆく二人。
 その様子を監視塔から見守る人影があった。
 彼らが気づかなかった、その陰の暗役者はマスカレードマスクで素顔を隠した怪盗だった。
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