上 下
136 / 294

百三十六話

しおりを挟む
 留置所、心臓部にあたる大広間。
 通称、デスペラードホール。
 ナズィール収容所はここを起点に蜘蛛の足のような、八本の渡り廊下《バイパス》が通っている。
 うち五本は、A~Eに振り分けられた被疑者、収容区画である。
 ともあれ、内部の構造自体は監獄と然程かわらない。
 軍が管理するこの留置所は、名前だけで劣悪な環境ほかならない。
 カビのはえた壁、ひび割れた石材の床、換気不足のこもった空気、陽当たりの悪さ、数え上げたらとめどなく問題が出て来る。
 唯一、救いがあるとすれば、最低限の掃除が行き届いているぐらいだ。

 デスペラードホールは吹き抜け天井しか特色のない、テーブルと椅子を並べただけの談話室だった。
 捕まった者たちの憩いの場として活用されているのだろうか?
 さすがに深夜帯ともなると和気藹々わきあいあいと会話している輩は一人も見当たらない。

「じゃあ、兄貴。俺はこの辺で!」

 見送りもしていないのに、別れを告げるバウルが施設外へ急いでゆく。
 厳重区は、留置所本館から独立した場所に位置する。
 そこにいるのは、長らく留置されたまま、今日まで法の裁きを受けずにいる者たちである。
 ほぼ全員が訳あり、危険極まりない集団。
 そうとは認識せずに青年は厳重区に足を踏み入れてしまった。

 彼が猛獣の檻の中へ突入しているとは露知らず、ギデオンの方でもまた新たなる問題に直面していた。

「おい、爺さん……誰もいないじゃないか? ブロッサムはどこだ?」

「あるぅぇえええ――――!!!」

 絞め殺される前の雌鶏ような声をだして老いた看守は慌てふためいていた。
 B区画に移動し早速、雑居房まで来て見たものの五十二番の部屋はもぬけのからになっていた。
 看守の反応からして、嘘をついているようには見えなかった。
 あくまで自然な驚き、思いがけない異常事態に遭遇した者のひっ迫した表情だ。

 ギデオンは、くまなく周囲に注意を向けた。
 ここに来るまでの間、爺さん以外の看守とはまったく遭遇していない。
 時間帯もあるかもしれないが、巡回する者すら見あたらないのは、あってはならない話だ。

「隠れてないで出て来い!!」不穏な空気を打ち破る一括が渡り廊下に響いた。

「なかなか、感度が鋭いですね。コチラの気配に気づくとは……」

 柱の陰から勇士学校の制服を着た男子生徒が現れた。
 どうして、こんな所に? と疑問に思うより早く彼は、抜き身の刃をギデオンに向けて振るう。

「なっ、なんの真似だ!? 魔術用のナイフなんか持ち出して」

「お答えします。我ら生徒会は、悪党ブロッサムを捉えて警備していたところ、逃亡されるという不足の事態に陥ってしまいました」

「どういう意味だ? ブロッサムはスキルが使用できない状態で、豚箱に閉じこめられていたんだろう? どうして、それが逃亡にいたるんだ!」

「存じ上げません。自分がトイレに行っていた隙に扉の鍵を開け逃げ出した模様……」

「信じられん話だ。そもそも生徒会が此処にいる事自体が前提としておかしくないか?」

「ご指摘はごもっとも。ですが……バミューダ生徒会長率いる、生徒会を甘くみないことだ」

 感情を押し殺したような口調の生徒会役員から事情を聞こうとするも、いまいち全容が飲み込めて来ない。
 ファルゴに一任され、彼ら生徒会がキンバリーの遺体の行方を追っていたのは、知っている。
 ブロッサムを容疑者とし、留置所送りにした。それは誰か? 普通に考えて学生が取り計らえる領分ではない。
 ならば、あれこれ手段を用い、学生の身分でありながら軍警を動かした人物いる。
 そう考えを当てはめていくと、目の前にいる人物が学生であっても不思議ではない。

「あまり現実味のない話だが……生徒会の中にナズィール軍を動かせるほどの有力者がいるとでも言うのか?」

「少し違います。動かしたことには変わりないが、実力行使! そう、軍の方々には協力して貰っていた、そう捉えておいて下さい」

「最悪だな。笑えない冗談だ、まさか学生でありながらを扱える術者がいるとは!」

 どうやら、それが正解のようだ。
 導き出したギデオンの回答によって、ようやく表情なき顔に笑みが宿った。

「自己紹介がまだでしたね。自分はプロタリコル、バミューダ生徒会、書記です」

「ギデだ。ここにはブロッサムの冤罪えんざいを晴らしにきた。よろしくな、先輩!」

「冤罪? それは聞き捨てなりませんね。生徒会は全にして一です。全校生徒の模範である我々が道を間違って良いわけがない!!」

「でも、それはアンタの考えで会長の考えではないだろう?」

「ガワッフ!!」後輩の何気ない一言がド直球すぎて胸に突き刺さる。
 堅物なプロタリコルは、膝から崩れ落ちてしまうほどの衝撃を心に受けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...