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百三十六話
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留置所、心臓部にあたる大広間。
通称、デスペラードホール。
ナズィール収容所はここを起点に蜘蛛の足のような、八本の渡り廊下《バイパス》が通っている。
うち五本は、A~Eに振り分けられた被疑者、収容区画である。
ともあれ、内部の構造自体は監獄と然程かわらない。
軍が管理するこの留置所は、名前だけで劣悪な環境ほかならない。
カビのはえた壁、ひび割れた石材の床、換気不足のこもった空気、陽当たりの悪さ、数え上げたらとめどなく問題が出て来る。
唯一、救いがあるとすれば、最低限の掃除が行き届いているぐらいだ。
デスペラードホールは吹き抜け天井しか特色のない、テーブルと椅子を並べただけの談話室だった。
捕まった者たちの憩いの場として活用されているのだろうか?
さすがに深夜帯ともなると和気藹々と会話している輩は一人も見当たらない。
「じゃあ、兄貴。俺はこの辺で!」
見送りもしていないのに、別れを告げるバウルが施設外へ急いでゆく。
厳重区は、留置所本館から独立した場所に位置する。
そこにいるのは、長らく留置されたまま、今日まで法の裁きを受けずにいる者たちである。
ほぼ全員が訳あり、危険極まりない集団。
そうとは認識せずに青年は厳重区に足を踏み入れてしまった。
彼が猛獣の檻の中へ突入しているとは露知らず、ギデオンの方でもまた新たなる問題に直面していた。
「おい、爺さん……誰もいないじゃないか? ブロッサムはどこだ?」
「あるぅぇえええ――――!!!」
絞め殺される前の雌鶏ような声をだして老いた看守は慌てふためいていた。
B区画に移動し早速、雑居房まで来て見たものの五十二番の部屋はもぬけのからになっていた。
看守の反応からして、嘘をついているようには見えなかった。
あくまで自然な驚き、思いがけない異常事態に遭遇した者のひっ迫した表情だ。
ギデオンは、くまなく周囲に注意を向けた。
ここに来るまでの間、爺さん以外の看守とはまったく遭遇していない。
時間帯もあるかもしれないが、巡回する者すら見あたらないのは、あってはならない話だ。
「隠れてないで出て来い!!」不穏な空気を打ち破る一括が渡り廊下に響いた。
「なかなか、感度が鋭いですね。コチラの気配に気づくとは……」
柱の陰から勇士学校の制服を着た男子生徒が現れた。
どうして、こんな所に? と疑問に思うより早く彼は、抜き身の刃をギデオンに向けて振るう。
「なっ、なんの真似だ!? 魔術用のナイフなんか持ち出して」
「お答えします。我ら生徒会は、悪党ブロッサムを捉えて警備していたところ、逃亡されるという不足の事態に陥ってしまいました」
「どういう意味だ? ブロッサムはスキルが使用できない状態で、豚箱に閉じこめられていたんだろう? どうして、それが逃亡にいたるんだ!」
「存じ上げません。自分がトイレに行っていた隙に扉の鍵を開け逃げ出した模様……」
「信じられん話だ。そもそも生徒会が此処にいる事自体が前提としておかしくないか?」
「ご指摘はごもっとも。ですが……バミューダ生徒会長率いる、生徒会を甘くみないことだ」
感情を押し殺したような口調の生徒会役員から事情を聞こうとするも、いまいち全容が飲み込めて来ない。
ファルゴに一任され、彼ら生徒会がキンバリーの遺体の行方を追っていたのは、知っている。
ブロッサムを容疑者とし、留置所送りにした。それは誰か? 普通に考えて学生が取り計らえる領分ではない。
ならば、あれこれ手段を用い、学生の身分でありながら軍警を動かした人物いる。
そう考えを当てはめていくと、目の前にいる人物が学生であっても不思議ではない。
「あまり現実味のない話だが……生徒会の中にナズィール軍を動かせるほどの有力者がいるとでも言うのか?」
「少し違います。動かしたことには変わりないが、実力行使! そう、軍の方々には協力して貰っていた、そう捉えておいて下さい」
「最悪だな。笑えない冗談だ、まさか学生でありながら精神魔法を扱える術者がいるとは!」
どうやら、それが正解のようだ。
導き出したギデオンの回答によって、ようやく表情なき顔に笑みが宿った。
「自己紹介がまだでしたね。自分はプロタリコル、バミューダ生徒会、書記です」
「ギデだ。ここにはブロッサムの冤罪を晴らしにきた。よろしくな、先輩!」
「冤罪? それは聞き捨てなりませんね。生徒会は全にして一です。全校生徒の模範である我々が道を間違って良いわけがない!!」
「でも、それはアンタの考えで会長の考えではないだろう?」
「ガワッフ!!」後輩の何気ない一言がド直球すぎて胸に突き刺さる。
堅物なプロタリコルは、膝から崩れ落ちてしまうほどの衝撃を心に受けた。
通称、デスペラードホール。
ナズィール収容所はここを起点に蜘蛛の足のような、八本の渡り廊下《バイパス》が通っている。
うち五本は、A~Eに振り分けられた被疑者、収容区画である。
ともあれ、内部の構造自体は監獄と然程かわらない。
軍が管理するこの留置所は、名前だけで劣悪な環境ほかならない。
カビのはえた壁、ひび割れた石材の床、換気不足のこもった空気、陽当たりの悪さ、数え上げたらとめどなく問題が出て来る。
唯一、救いがあるとすれば、最低限の掃除が行き届いているぐらいだ。
デスペラードホールは吹き抜け天井しか特色のない、テーブルと椅子を並べただけの談話室だった。
捕まった者たちの憩いの場として活用されているのだろうか?
さすがに深夜帯ともなると和気藹々と会話している輩は一人も見当たらない。
「じゃあ、兄貴。俺はこの辺で!」
見送りもしていないのに、別れを告げるバウルが施設外へ急いでゆく。
厳重区は、留置所本館から独立した場所に位置する。
そこにいるのは、長らく留置されたまま、今日まで法の裁きを受けずにいる者たちである。
ほぼ全員が訳あり、危険極まりない集団。
そうとは認識せずに青年は厳重区に足を踏み入れてしまった。
彼が猛獣の檻の中へ突入しているとは露知らず、ギデオンの方でもまた新たなる問題に直面していた。
「おい、爺さん……誰もいないじゃないか? ブロッサムはどこだ?」
「あるぅぇえええ――――!!!」
絞め殺される前の雌鶏ような声をだして老いた看守は慌てふためいていた。
B区画に移動し早速、雑居房まで来て見たものの五十二番の部屋はもぬけのからになっていた。
看守の反応からして、嘘をついているようには見えなかった。
あくまで自然な驚き、思いがけない異常事態に遭遇した者のひっ迫した表情だ。
ギデオンは、くまなく周囲に注意を向けた。
ここに来るまでの間、爺さん以外の看守とはまったく遭遇していない。
時間帯もあるかもしれないが、巡回する者すら見あたらないのは、あってはならない話だ。
「隠れてないで出て来い!!」不穏な空気を打ち破る一括が渡り廊下に響いた。
「なかなか、感度が鋭いですね。コチラの気配に気づくとは……」
柱の陰から勇士学校の制服を着た男子生徒が現れた。
どうして、こんな所に? と疑問に思うより早く彼は、抜き身の刃をギデオンに向けて振るう。
「なっ、なんの真似だ!? 魔術用のナイフなんか持ち出して」
「お答えします。我ら生徒会は、悪党ブロッサムを捉えて警備していたところ、逃亡されるという不足の事態に陥ってしまいました」
「どういう意味だ? ブロッサムはスキルが使用できない状態で、豚箱に閉じこめられていたんだろう? どうして、それが逃亡にいたるんだ!」
「存じ上げません。自分がトイレに行っていた隙に扉の鍵を開け逃げ出した模様……」
「信じられん話だ。そもそも生徒会が此処にいる事自体が前提としておかしくないか?」
「ご指摘はごもっとも。ですが……バミューダ生徒会長率いる、生徒会を甘くみないことだ」
感情を押し殺したような口調の生徒会役員から事情を聞こうとするも、いまいち全容が飲み込めて来ない。
ファルゴに一任され、彼ら生徒会がキンバリーの遺体の行方を追っていたのは、知っている。
ブロッサムを容疑者とし、留置所送りにした。それは誰か? 普通に考えて学生が取り計らえる領分ではない。
ならば、あれこれ手段を用い、学生の身分でありながら軍警を動かした人物いる。
そう考えを当てはめていくと、目の前にいる人物が学生であっても不思議ではない。
「あまり現実味のない話だが……生徒会の中にナズィール軍を動かせるほどの有力者がいるとでも言うのか?」
「少し違います。動かしたことには変わりないが、実力行使! そう、軍の方々には協力して貰っていた、そう捉えておいて下さい」
「最悪だな。笑えない冗談だ、まさか学生でありながら精神魔法を扱える術者がいるとは!」
どうやら、それが正解のようだ。
導き出したギデオンの回答によって、ようやく表情なき顔に笑みが宿った。
「自己紹介がまだでしたね。自分はプロタリコル、バミューダ生徒会、書記です」
「ギデだ。ここにはブロッサムの冤罪を晴らしにきた。よろしくな、先輩!」
「冤罪? それは聞き捨てなりませんね。生徒会は全にして一です。全校生徒の模範である我々が道を間違って良いわけがない!!」
「でも、それはアンタの考えで会長の考えではないだろう?」
「ガワッフ!!」後輩の何気ない一言がド直球すぎて胸に突き刺さる。
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