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百三十五話
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「いやー、一時はどうなることかと思ったわ~」
そこは、仄暗くしジメジメとしていた。
「でも、無事に留置所に来られたから万事オッケーっしょ!」
隣にいる、軟派な男が八重歯をチラつかせながら、止まることなく話かけてくる……。
自分のミスを棚上げにし、あたかも誇らしげに胸を張る。
男に反省の色はない。人として大切な、その成長の糧をどこかに埋めてしまったようだ。
彼の素行をギデオンは腹立たしく思っていた。
指揮官に自身の素性をあっさりと明かしたバウルは、あきらかに裏切り者だ。
正直、ぶっ飛ばしてやりたい。
けれど、暴力に訴えてもマストなやり方だとは言い切れない。
とりわけ、この隣人は下手に殴ったり、怒鳴ったりしたら、何をやらかすのか未知数だ。
触らぬ神に祟りなし。
と念じるとバウルが疫病神に見えてくるから困る。
「それで……僕たちは、もののみごとに豚箱の中へと押し込められたのだが、どうするつもりだ? ミスター、バウル」
「そりゃあ~、鍵開けのスキルで脱出を」
「この手錠、スキル無効化が付与されているぞ。どう考えても、脱出できる見込みはないんだが……?」
「手の関節外せば、よくねぇ?」
「…………僕はできないが? やってみせてくれるか?」
「ハハッ!! 馬鹿いうなよ~、何処のどいつがそんなタコみたいな動きできんだよ~」
ギデオンの中で微妙な殺意が芽生えた瞬間だった。
いっそ、バウルの頭に手錠を打ちつけて破壊してやろうかと、睨みつける。
まず、それをしたところで、奴のひたいから血の噴水が飛び出すだけで、手錠はまったく無傷だろう……そう論づけると急にやるせなくなる。
「やいやいやいやいやいやぁ――い!! お前たちが、自らの正体をさらけ出して捕まった間抜けなスパイたちか? うぃっく!」
チカチカと天井の白熱電球が点滅する渡り廊下。
なんの因果か、ギデオンたちの雑居房前に看守の一人が千鳥足で近づいてきた。
新顔へのイビリ。こうした収容所ではよくあるできごとだ珍しくない。
相手を罵りながら、こき下ろして笑いにモノにする。
それが、この老いた看守のルーチンワークであり生きがい――――
「目的は、それでいいのか?」
「はあ?」
「そんな事のために命張れるのかと聞いている!?」
スッとギデオンが手をかざすと看守の影から魔獣が躍り出てきた。
大きな前足が頭部に乗せられ、酔いが醒めた彼は、顔面蒼白になり身体を震わせていた。
どうして、封じられているスキルが使用できるのか?
答えはさほど難しいことではない。
手錠をかけられるまえにスコルを呼び出し、必要があれば影から出て支援してもらうため待機させておいた。
スコルに自我があるからこそできる芸当だ。
「檻の鍵を持っているな。開けろ! でなければ、アンタの頭部が踏みつぶされるされるぞ!」
「はひぃい!! 喜んで開けさせていただきます!」
ガチャガチャと、音を立てて錠前が外れた。
容易に脱走できるとなると、バウルも黙っていられない「すげええええ、やるじゃん! ギデ」と何故か上から目線で、驚嘆してくる。
「おい! 爺さん。ここ数日の間、ブロッサムという大男が、此処に連れて来られたはずだ。 どこに収容されている!?」
「ぶ、ブロッサムですか……? 思い当たるフシがさっぱり……」
「スコル、爺の頭を蹴り飛ばせ!」
「嘘嘘嘘、嘘でーす!! Bブロックの52番の、確かそこに新入りがいたはずです」
「バウル、此処は?」
「Cブロックだ。隣の区画に移動するには、一度収容所の大広間に戻る必要があるぜ」
「面倒だ。爺さん、道案内して貰うぞ」
スコルを魔銃に変えるとギデオンは看守の背中に銃口を押しあてた。
「ひいいい……」と情けない声をだしながらも老人は歩いてゆく。
「ギデの兄貴、俺は厳重区に用があるから大広間に出たら別行動させてもらうわ」
知らぬ間に、呼び名が変わっていることに、こそばゆくなる。
照れ臭くはあるも愛称とは違う、畏怖をこめた言い方には、やはり引っかかりを覚える。
バウルが、彼を兄貴と呼ぶのも無理はなかった。
ギデオンにとっての当たり前は、常人にとっての特別になる。
酔っ払いといえども……いったい、どんな訓練を受ければ相手を容易く無力化できるのか?
普通に考えたら、彼のような少年が敵兵を制圧すること自体、不自然極まりない。
「兄貴、ずいぶんと戦闘慣れしているみたいだけど、どこで習ったんよ?」
「戦場に決まっている。僕は幼いころ、聖歌隊にいたからな」
「えっ? 聖歌隊って……?」
「戦地に赴き、疲弊した兵士たちを歌で労う……という建前を持った特務部隊だ」
「は、へぇ――」
ギデオンの強さの秘密、それは幼いころから培ってきたモノだった。
あまりに非現実的な話に、口が達者なバウルでさえもリアクションに困っていた。
聖王国には聖歌隊という謎の組織があり、子供たちを傭兵として鍛え上げているなどと、誰が信じるだろうか?
荒唐無稽すぎて、皆、作り話としてしか受け取らないだろう。
そこは、仄暗くしジメジメとしていた。
「でも、無事に留置所に来られたから万事オッケーっしょ!」
隣にいる、軟派な男が八重歯をチラつかせながら、止まることなく話かけてくる……。
自分のミスを棚上げにし、あたかも誇らしげに胸を張る。
男に反省の色はない。人として大切な、その成長の糧をどこかに埋めてしまったようだ。
彼の素行をギデオンは腹立たしく思っていた。
指揮官に自身の素性をあっさりと明かしたバウルは、あきらかに裏切り者だ。
正直、ぶっ飛ばしてやりたい。
けれど、暴力に訴えてもマストなやり方だとは言い切れない。
とりわけ、この隣人は下手に殴ったり、怒鳴ったりしたら、何をやらかすのか未知数だ。
触らぬ神に祟りなし。
と念じるとバウルが疫病神に見えてくるから困る。
「それで……僕たちは、もののみごとに豚箱の中へと押し込められたのだが、どうするつもりだ? ミスター、バウル」
「そりゃあ~、鍵開けのスキルで脱出を」
「この手錠、スキル無効化が付与されているぞ。どう考えても、脱出できる見込みはないんだが……?」
「手の関節外せば、よくねぇ?」
「…………僕はできないが? やってみせてくれるか?」
「ハハッ!! 馬鹿いうなよ~、何処のどいつがそんなタコみたいな動きできんだよ~」
ギデオンの中で微妙な殺意が芽生えた瞬間だった。
いっそ、バウルの頭に手錠を打ちつけて破壊してやろうかと、睨みつける。
まず、それをしたところで、奴のひたいから血の噴水が飛び出すだけで、手錠はまったく無傷だろう……そう論づけると急にやるせなくなる。
「やいやいやいやいやいやぁ――い!! お前たちが、自らの正体をさらけ出して捕まった間抜けなスパイたちか? うぃっく!」
チカチカと天井の白熱電球が点滅する渡り廊下。
なんの因果か、ギデオンたちの雑居房前に看守の一人が千鳥足で近づいてきた。
新顔へのイビリ。こうした収容所ではよくあるできごとだ珍しくない。
相手を罵りながら、こき下ろして笑いにモノにする。
それが、この老いた看守のルーチンワークであり生きがい――――
「目的は、それでいいのか?」
「はあ?」
「そんな事のために命張れるのかと聞いている!?」
スッとギデオンが手をかざすと看守の影から魔獣が躍り出てきた。
大きな前足が頭部に乗せられ、酔いが醒めた彼は、顔面蒼白になり身体を震わせていた。
どうして、封じられているスキルが使用できるのか?
答えはさほど難しいことではない。
手錠をかけられるまえにスコルを呼び出し、必要があれば影から出て支援してもらうため待機させておいた。
スコルに自我があるからこそできる芸当だ。
「檻の鍵を持っているな。開けろ! でなければ、アンタの頭部が踏みつぶされるされるぞ!」
「はひぃい!! 喜んで開けさせていただきます!」
ガチャガチャと、音を立てて錠前が外れた。
容易に脱走できるとなると、バウルも黙っていられない「すげええええ、やるじゃん! ギデ」と何故か上から目線で、驚嘆してくる。
「おい! 爺さん。ここ数日の間、ブロッサムという大男が、此処に連れて来られたはずだ。 どこに収容されている!?」
「ぶ、ブロッサムですか……? 思い当たるフシがさっぱり……」
「スコル、爺の頭を蹴り飛ばせ!」
「嘘嘘嘘、嘘でーす!! Bブロックの52番の、確かそこに新入りがいたはずです」
「バウル、此処は?」
「Cブロックだ。隣の区画に移動するには、一度収容所の大広間に戻る必要があるぜ」
「面倒だ。爺さん、道案内して貰うぞ」
スコルを魔銃に変えるとギデオンは看守の背中に銃口を押しあてた。
「ひいいい……」と情けない声をだしながらも老人は歩いてゆく。
「ギデの兄貴、俺は厳重区に用があるから大広間に出たら別行動させてもらうわ」
知らぬ間に、呼び名が変わっていることに、こそばゆくなる。
照れ臭くはあるも愛称とは違う、畏怖をこめた言い方には、やはり引っかかりを覚える。
バウルが、彼を兄貴と呼ぶのも無理はなかった。
ギデオンにとっての当たり前は、常人にとっての特別になる。
酔っ払いといえども……いったい、どんな訓練を受ければ相手を容易く無力化できるのか?
普通に考えたら、彼のような少年が敵兵を制圧すること自体、不自然極まりない。
「兄貴、ずいぶんと戦闘慣れしているみたいだけど、どこで習ったんよ?」
「戦場に決まっている。僕は幼いころ、聖歌隊にいたからな」
「えっ? 聖歌隊って……?」
「戦地に赴き、疲弊した兵士たちを歌で労う……という建前を持った特務部隊だ」
「は、へぇ――」
ギデオンの強さの秘密、それは幼いころから培ってきたモノだった。
あまりに非現実的な話に、口が達者なバウルでさえもリアクションに困っていた。
聖王国には聖歌隊という謎の組織があり、子供たちを傭兵として鍛え上げているなどと、誰が信じるだろうか?
荒唐無稽すぎて、皆、作り話としてしか受け取らないだろう。
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