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百三十二話
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「ギデオン?」
悶々とした想いだけが積み重なる中、ロビーにさしかかる手前で声がした。
見上げると、上階から下りてくるシルクエッタの姿があった。
「シルクエッタか? 治療は終わったみたいだな」
「うん。カナッペさん、大分落ち着いたよ。しばらく安静にする必要があるけど」
「君がいてくれて良かった。感謝するよ」
「えへへ……どういたしまして。って言いたいけど、人を癒すのはボク自身が選んだ道だから、そんなにかしこまらないでよ」
こちらに両手を広げて、照れ臭そうにする幼馴染。
実に彼女らしく心が和む。そう思うも、一度できた心の淀みは緩和されず依然として重くのしかかっていた。
「少し、話そうか?」シルクエッタが、微笑みながら手招きしていた。
「悪いが今は……いや、そうだな」戸惑いながらも自身を納得させるように何度も頷く。
前途多難、八方塞がりの状況において彼女との会話は正直、救いだった。
ギデオンにとっては、気を紛らわせる程度しか期待していなかった。
が、それでも話を聞いてくる相手がいるだけでも大分違う。
ロビーわきのソファーに腰かけると、彼女が温かい飲み物を持ってきてくれた。
カップに入ったミルクは口に含むと、どこか優しく懐かしい味がした。
「どう、少しは気が楽になった?」そう問う彼女は、どうやらギデオンの異変を察しているようだ。
「そうだな。けど、ホットミルクなんてよく用意できたな」
「へへっ、給仕さんにお願いしていたんだ。丁度、このミルクを受け取りに来たんだよ」
「なるほど、そういうわけか……」
どこか、うわの空気味のギデオン。
まだ、熱がこもているはずのカップのふちを、しきりに指先でなぞっていた。
会話するつもりだったはず、なのにいざ話をするとなると、どう切り出せば良いのか分からない。
見かねたシルクエッタが、そっと彼の手を取った。
「ギデオンてさ。器用なのに、そういう所は不器用だよねぇ。他人の問題は要領よく解決できるのに、自分のこととなると、ちっとも上手くできない」
「そういう性分なんだから、どうにも出来ないんだ。結局は自分可愛さで生きている、だからこそ都合が悪いことから目をそむけてしまうんだ!」
「それでいいんじゃないかな? ボクはね、全部が全部きっちり解決するなんて思わないよ。君のように完璧に近いモノを望む人もいると思うけど、何でもかんでも自己完結してしまうことは、はたして人間味があるといえるのかな?」
「つまり、問題や欠点を抱えて生きているからこそ、人を人たらしめることができるという話か?」
「まぁ、他人のダメなところを魅力的に感じる人間だっているってことさ。物事の価値観は観測する人によって、絶えず変動するからね……それで、君は何を想い詰めているの?」
核心をついてくる言葉に、胸がギュッと締めつけられた。
誤魔化しは通じないとは、薄々感じていた。
理解はしてしていても、はっきりと言われてしまうと答えないわけにもいかない。
ギデオンは、自身の悩みを彼女に打ち明けた。
ブロッサムが軍警に捕えられたこと……。
それに対しどう行動を取ればいいのか分からないこと……。
そして、何を選べば最善の結果に結びつくのか、包み隠さずに伝えた。
「君っていう人は……悩み過ぎ!」シルクエッタが頭を抱えながらキッパリ指摘する。
「そうなのか……僕はただ、決めたことは変更するわけにもいかないと思ってだな……」
「だから、何? もう、君の中では答えは出ているんだよ。それを避けようとするから苦しい想いをしているんだ。ギデオン、君は正しくあろうとしている。けれど、その一念ばかりに囚われて自分の気持ちを置いてけぼりにしてしまったんだ」
「僕の気持ちか……そうは言うが、この僕に自身を優先する資格があると思うか? もう以前とは違うんだ! 大勢の人々から大切なモノを奪ってしまった。そんな奴が、のうのうと自分の望み通りに動いていいわけがないじゃないか!?」
「ギデオン……」思いの丈をさらけ出す彼の手を、治癒師は決して離そうとはしなかった。
より強く握ると、話しを続けた。
「ボクは君の罪を赦します。たとえ世界中の人々が赦さなくとも、神々が否定したとしても、ボクだけは君の味方だから! ギデオンは言ってくれたよね? ボクが、女性ではなくとも何も変わらない! ボクはボクだって。 君もそうだよ! この手をどんなに穢しても、いかなる罪を背負うともギデオンはギデオン。ボクにとってのギデオンは一人しかいないんだ!!」
軽く、息を乱す幼馴染の掌が熱を帯びていた。
人のことを不器用だと言った彼女は、今までひそかに自分の背中を押し続けてきてくれてた。
ギデオンはその事実に気づきハッとした。
自分は自身の想いだけで生きてきたわけではないと。
周囲の人々が様々な想いでぶつけてくる。その中で、シルクエッタは支えになっていてくれた。
彼女同様……父や司教様、多くの人々が自分の成長を見守っていてくれた。
彼らのおかげで今の自分がある。
それを否定することは皆の気持ちを踏みにじることになってしまう。
「今度は僕の番か。ありがとう、シルクエッタ! おかげで、僕の進みたい道が見えたよ」
ギデオンはソファーから立ち上がり、ケサランパサランを呼んだ。
そのまま外へと向かってゆく背を目で追いながら彼女は穏やかに呟いた。
「行ってらっしゃい」と。
悶々とした想いだけが積み重なる中、ロビーにさしかかる手前で声がした。
見上げると、上階から下りてくるシルクエッタの姿があった。
「シルクエッタか? 治療は終わったみたいだな」
「うん。カナッペさん、大分落ち着いたよ。しばらく安静にする必要があるけど」
「君がいてくれて良かった。感謝するよ」
「えへへ……どういたしまして。って言いたいけど、人を癒すのはボク自身が選んだ道だから、そんなにかしこまらないでよ」
こちらに両手を広げて、照れ臭そうにする幼馴染。
実に彼女らしく心が和む。そう思うも、一度できた心の淀みは緩和されず依然として重くのしかかっていた。
「少し、話そうか?」シルクエッタが、微笑みながら手招きしていた。
「悪いが今は……いや、そうだな」戸惑いながらも自身を納得させるように何度も頷く。
前途多難、八方塞がりの状況において彼女との会話は正直、救いだった。
ギデオンにとっては、気を紛らわせる程度しか期待していなかった。
が、それでも話を聞いてくる相手がいるだけでも大分違う。
ロビーわきのソファーに腰かけると、彼女が温かい飲み物を持ってきてくれた。
カップに入ったミルクは口に含むと、どこか優しく懐かしい味がした。
「どう、少しは気が楽になった?」そう問う彼女は、どうやらギデオンの異変を察しているようだ。
「そうだな。けど、ホットミルクなんてよく用意できたな」
「へへっ、給仕さんにお願いしていたんだ。丁度、このミルクを受け取りに来たんだよ」
「なるほど、そういうわけか……」
どこか、うわの空気味のギデオン。
まだ、熱がこもているはずのカップのふちを、しきりに指先でなぞっていた。
会話するつもりだったはず、なのにいざ話をするとなると、どう切り出せば良いのか分からない。
見かねたシルクエッタが、そっと彼の手を取った。
「ギデオンてさ。器用なのに、そういう所は不器用だよねぇ。他人の問題は要領よく解決できるのに、自分のこととなると、ちっとも上手くできない」
「そういう性分なんだから、どうにも出来ないんだ。結局は自分可愛さで生きている、だからこそ都合が悪いことから目をそむけてしまうんだ!」
「それでいいんじゃないかな? ボクはね、全部が全部きっちり解決するなんて思わないよ。君のように完璧に近いモノを望む人もいると思うけど、何でもかんでも自己完結してしまうことは、はたして人間味があるといえるのかな?」
「つまり、問題や欠点を抱えて生きているからこそ、人を人たらしめることができるという話か?」
「まぁ、他人のダメなところを魅力的に感じる人間だっているってことさ。物事の価値観は観測する人によって、絶えず変動するからね……それで、君は何を想い詰めているの?」
核心をついてくる言葉に、胸がギュッと締めつけられた。
誤魔化しは通じないとは、薄々感じていた。
理解はしてしていても、はっきりと言われてしまうと答えないわけにもいかない。
ギデオンは、自身の悩みを彼女に打ち明けた。
ブロッサムが軍警に捕えられたこと……。
それに対しどう行動を取ればいいのか分からないこと……。
そして、何を選べば最善の結果に結びつくのか、包み隠さずに伝えた。
「君っていう人は……悩み過ぎ!」シルクエッタが頭を抱えながらキッパリ指摘する。
「そうなのか……僕はただ、決めたことは変更するわけにもいかないと思ってだな……」
「だから、何? もう、君の中では答えは出ているんだよ。それを避けようとするから苦しい想いをしているんだ。ギデオン、君は正しくあろうとしている。けれど、その一念ばかりに囚われて自分の気持ちを置いてけぼりにしてしまったんだ」
「僕の気持ちか……そうは言うが、この僕に自身を優先する資格があると思うか? もう以前とは違うんだ! 大勢の人々から大切なモノを奪ってしまった。そんな奴が、のうのうと自分の望み通りに動いていいわけがないじゃないか!?」
「ギデオン……」思いの丈をさらけ出す彼の手を、治癒師は決して離そうとはしなかった。
より強く握ると、話しを続けた。
「ボクは君の罪を赦します。たとえ世界中の人々が赦さなくとも、神々が否定したとしても、ボクだけは君の味方だから! ギデオンは言ってくれたよね? ボクが、女性ではなくとも何も変わらない! ボクはボクだって。 君もそうだよ! この手をどんなに穢しても、いかなる罪を背負うともギデオンはギデオン。ボクにとってのギデオンは一人しかいないんだ!!」
軽く、息を乱す幼馴染の掌が熱を帯びていた。
人のことを不器用だと言った彼女は、今までひそかに自分の背中を押し続けてきてくれてた。
ギデオンはその事実に気づきハッとした。
自分は自身の想いだけで生きてきたわけではないと。
周囲の人々が様々な想いでぶつけてくる。その中で、シルクエッタは支えになっていてくれた。
彼女同様……父や司教様、多くの人々が自分の成長を見守っていてくれた。
彼らのおかげで今の自分がある。
それを否定することは皆の気持ちを踏みにじることになってしまう。
「今度は僕の番か。ありがとう、シルクエッタ! おかげで、僕の進みたい道が見えたよ」
ギデオンはソファーから立ち上がり、ケサランパサランを呼んだ。
そのまま外へと向かってゆく背を目で追いながら彼女は穏やかに呟いた。
「行ってらっしゃい」と。
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