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百十六話
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ある昼下がりの休日。
彼は教室で補習授業を受けていた。
別に成績が悪いわけでも、テストの結果が駄目だったわけでもない。
問題は、彼の素行にあった。
リッシュモンドとって、勉学とはたんなる退屈しのぎでしかなかった。
天才という域こそ、達してはいないが元から人一倍、理解力が高かった。
教師の態度が気に入らなかった。
子供だと思って、何も分かっていないと決めつけ舐め腐った線を引く。
しょせん、教師にとって教育とは業務内容でしかなく、生徒たちはていの良い客でしかない。
そこに理想や信念、先見性など高尚なモノは一切ない。
ただでさえ、頭の良い彼には、見えなくていいモノまで映ってしまう。
念願だった勇士学校の生徒になれたのに、教員の質が悪すぎる。
そのことで何度も頭と心を悩ませた。
授業で教師のミスを指摘すれば、妬みをかう。
大人しく返事だけしていれば、理解できていないだろうと的外れな叱責を受ける。
ウンザリだった……無能のとばっちりを受けるのは。
知性の欠片すら感じられない教育、それに失望し入学して一ヶ月後には、不登校になっていた。
そんなリッシュを、再び学校に復帰させたのがキンバリーだった。
きっかけは些細なものだ。
休学中、思いつく限りの遊びをやり尽くそうと計画をした彼だったが、ほんの数日で飽きてしまった。
同世代の中で流行っている遊びの楽しさが、リッシュには受け入れられなかった。
結局、ヒマだと感じれば古本屋へ足を運んでいる。
キンバリーと出会いはそこから始まった。
毎日のように通いつめ、古本をあさる彼は自他共に認める常連客だった。
いつも、夕刻の時間帯に店におもむくのだが、彼女は決まって店内にいた。
彼女が無類の本好きなのは、本に触れる指先の扱い方ですぐに分かった。
最初のほうこそ、気にもとめなかった。
自分と同じで、ヒマを持て余している社会人なんだろうと勝手に想像していた。
そのうち、いつも店にいるのが当たり前になってきた。
だからこそ、突然見かけなくなった時には酷いショックを受けた。
一日だけならまだしも、二日、三日と続くと気になって仕方ない。
思春期の彼にとって、名も知らぬ彼女は、知らぬ間に気になる存在へと昇華されていた。
気になるけど、どうしたら良いのか分からない。
彼女と仲良くなりたいという高望みではなく、普通に会話できればそれでいい。
リッシュモンドの想いは、ささやかで純真すぎる。
そのせいで、声をかけてアプローチをかけることすら憚られた。
「君、よく此処で見かけるけど、学生かい?」
尻込みばかりする彼より、さきにキンバリーの方が声をかけてきた。
完全な不意打ちをくらい全身が石像のように固まってしまった。
スムーズには、回答できなかった。
情けないが、事態をはあくするのに数秒かかった。
「一応……学生です。今、休学中ですけど……」
「そうかい。実は、私は勇士学校で教員をしているキンバリーという者だ。ああ、気にしなくてもいいよ。別に、生徒の私生活にまでどうこう口出しするつもりはないから」
「じゃ、じゃあ、どうして声を…………?」
「君がわりと難解な書籍ばかり手にとっているからだよ。君のような若者が、専門書を読んでいるのに感心していたのだよ」
「おだてても何も出て来ませんよ」
キライなはずの教師に、褒められ、こそばゆくなっていた。
彼女と話す度に、耳の先まで火照ってしまう。
キンバリーはリッシュが知っている教師とは、抜本的に異なっていた。
彼女には、先生と生徒という垣根が見受けられなかった。
あくまで実力だけを見て、対等な目線で話をしてくれた。
「リッシュ君、学校の授業は面白くないだろう? 私も、そうだったから君の気持ちは痛いほど理解できるよ。あんな形式じみたやり方では、学習の妨げにしかならない」
教師らしからぬ、その言葉に彼の心は揺れた。
そもそも、教師が授業を否定的に語るなど聞いたこともない。
「なら、先生はどうして教師をなさっているんですか? 教師である以上は、授業をしなくちゃいけない! 僕には、そこが不可解でなりません」
「悪いモノは全部、悪いと決めつけるのは君のよろしくない所だね。私は面白くないとは言ったけど、意味がないとまでは言ったつもりないよ。どうだい? リッシュ君、学校に戻ってこないか?」
「えっ? 僕はもう……戻るつもりないんですけど」
「嫌なモノを避けていても、必ず逃れられない時はやってくる。大切なのは、どう向き合うかだ……などと言ったら教師くさいかな? 本音を言えば、私のところで学ばないかい? 君の才能は、まだまだ成長途中だ! 君のような逸材が埋もれたままだなんて忍びないよ!!」
キンバリーが持っていたモノ。
それは、リッシュモンドがずっと探し求めていた指導者と呼ぶべき人物が、備えているモノでもあった。
知る事に対して貪欲であり、教育にかける熱意を抱いている。
何より教え子の考えを尊重してくれる。
彼にとってキンバリーは理想をカタチにした教師だった。
彼は教室で補習授業を受けていた。
別に成績が悪いわけでも、テストの結果が駄目だったわけでもない。
問題は、彼の素行にあった。
リッシュモンドとって、勉学とはたんなる退屈しのぎでしかなかった。
天才という域こそ、達してはいないが元から人一倍、理解力が高かった。
教師の態度が気に入らなかった。
子供だと思って、何も分かっていないと決めつけ舐め腐った線を引く。
しょせん、教師にとって教育とは業務内容でしかなく、生徒たちはていの良い客でしかない。
そこに理想や信念、先見性など高尚なモノは一切ない。
ただでさえ、頭の良い彼には、見えなくていいモノまで映ってしまう。
念願だった勇士学校の生徒になれたのに、教員の質が悪すぎる。
そのことで何度も頭と心を悩ませた。
授業で教師のミスを指摘すれば、妬みをかう。
大人しく返事だけしていれば、理解できていないだろうと的外れな叱責を受ける。
ウンザリだった……無能のとばっちりを受けるのは。
知性の欠片すら感じられない教育、それに失望し入学して一ヶ月後には、不登校になっていた。
そんなリッシュを、再び学校に復帰させたのがキンバリーだった。
きっかけは些細なものだ。
休学中、思いつく限りの遊びをやり尽くそうと計画をした彼だったが、ほんの数日で飽きてしまった。
同世代の中で流行っている遊びの楽しさが、リッシュには受け入れられなかった。
結局、ヒマだと感じれば古本屋へ足を運んでいる。
キンバリーと出会いはそこから始まった。
毎日のように通いつめ、古本をあさる彼は自他共に認める常連客だった。
いつも、夕刻の時間帯に店におもむくのだが、彼女は決まって店内にいた。
彼女が無類の本好きなのは、本に触れる指先の扱い方ですぐに分かった。
最初のほうこそ、気にもとめなかった。
自分と同じで、ヒマを持て余している社会人なんだろうと勝手に想像していた。
そのうち、いつも店にいるのが当たり前になってきた。
だからこそ、突然見かけなくなった時には酷いショックを受けた。
一日だけならまだしも、二日、三日と続くと気になって仕方ない。
思春期の彼にとって、名も知らぬ彼女は、知らぬ間に気になる存在へと昇華されていた。
気になるけど、どうしたら良いのか分からない。
彼女と仲良くなりたいという高望みではなく、普通に会話できればそれでいい。
リッシュモンドの想いは、ささやかで純真すぎる。
そのせいで、声をかけてアプローチをかけることすら憚られた。
「君、よく此処で見かけるけど、学生かい?」
尻込みばかりする彼より、さきにキンバリーの方が声をかけてきた。
完全な不意打ちをくらい全身が石像のように固まってしまった。
スムーズには、回答できなかった。
情けないが、事態をはあくするのに数秒かかった。
「一応……学生です。今、休学中ですけど……」
「そうかい。実は、私は勇士学校で教員をしているキンバリーという者だ。ああ、気にしなくてもいいよ。別に、生徒の私生活にまでどうこう口出しするつもりはないから」
「じゃ、じゃあ、どうして声を…………?」
「君がわりと難解な書籍ばかり手にとっているからだよ。君のような若者が、専門書を読んでいるのに感心していたのだよ」
「おだてても何も出て来ませんよ」
キライなはずの教師に、褒められ、こそばゆくなっていた。
彼女と話す度に、耳の先まで火照ってしまう。
キンバリーはリッシュが知っている教師とは、抜本的に異なっていた。
彼女には、先生と生徒という垣根が見受けられなかった。
あくまで実力だけを見て、対等な目線で話をしてくれた。
「リッシュ君、学校の授業は面白くないだろう? 私も、そうだったから君の気持ちは痛いほど理解できるよ。あんな形式じみたやり方では、学習の妨げにしかならない」
教師らしからぬ、その言葉に彼の心は揺れた。
そもそも、教師が授業を否定的に語るなど聞いたこともない。
「なら、先生はどうして教師をなさっているんですか? 教師である以上は、授業をしなくちゃいけない! 僕には、そこが不可解でなりません」
「悪いモノは全部、悪いと決めつけるのは君のよろしくない所だね。私は面白くないとは言ったけど、意味がないとまでは言ったつもりないよ。どうだい? リッシュ君、学校に戻ってこないか?」
「えっ? 僕はもう……戻るつもりないんですけど」
「嫌なモノを避けていても、必ず逃れられない時はやってくる。大切なのは、どう向き合うかだ……などと言ったら教師くさいかな? 本音を言えば、私のところで学ばないかい? 君の才能は、まだまだ成長途中だ! 君のような逸材が埋もれたままだなんて忍びないよ!!」
キンバリーが持っていたモノ。
それは、リッシュモンドがずっと探し求めていた指導者と呼ぶべき人物が、備えているモノでもあった。
知る事に対して貪欲であり、教育にかける熱意を抱いている。
何より教え子の考えを尊重してくれる。
彼にとってキンバリーは理想をカタチにした教師だった。
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