異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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百十二話

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どうして自分が、選ばれたのか?

シルクエッタには覚えがなかった。

思いもよらない事態に戸惑いこそするものの、断るという選択は毛頭にない。
すでに、ナズィールに来てからゴタゴタの連続。
気づけば自身も暗殺組織関連の問題にどっぷりと浸っていた。

ギデオンからある程度の事情を聞かされていた。
とはいえ、日常の中にひそむ不穏な空気をここまで身近に感じ取ったことは初めてだ。

戦地では体験したことのないカタチのない恐怖が、心のやわい部分に食らいついてくる。
本音をいうと、すぐにでも荷造りして聖王国に戻りたいと何度か思った。
それでも、彼女は引き下がろうとはしなかった。

この状況に、幼馴染の彼が巻き込まれている。
それが全てで、自身を差し置いてでも、助力することこそが成し遂げたいことであった。

過度な献身けんしんそう言われれば否定できない。
ある点において彼に尽くすことはシルクエッタの喜びでもあった。
想いの中には、とうぜん親愛の情もふくまれている。
けれど、にすぎない……ギデオンと彼女の関係は、そう安易なモノではない。

シルクエッタが生来の性を捨てたのは無論、生半可な想いからではない。
生きることをせつに願い、なんとか手繰り寄せた一つの答えだった。
そのことにギデオンは深く関わっている。
もし、彼との出会いがなければ、シルクエッタ・クリーンはこの世に存在していなかった。

だからこそ、無償で協力する。
恩返しの意味をこめて、絆をより強くするために――こうして北の倉庫街にやってきたのだ。

赤レンガの倉庫がズラリと立ち並ぶ。
まだ早朝だというのに、大通りはすでに通勤、通学途中の人々で混雑していた。
あちらこちらで、できている行列の大半は街中を走るトロッコ列車が目当てだ。

「本当に、こんな人目が多い場所でいいのかなぁ?」

想像していたモノとはチガウ光景に、おのずと歩みは早くなる。

『こっちだ』と頭上に光る綿毛が飛びまわっていた。

『そこの鉄柱に背を向けろ……決して、後ろを振り向くな』

ケサランパサランに案内され、人一人よゆうで隠れられそうな骨太な柱に寄りかかる。
声の主はいったいどこにいるのだろうか? しきりに周囲を気にするシルクエッタの背後からカツン、カツンと鳴る靴音が近づいてきた。

ゴクリと固唾かたずを飲む。
なんとなくだが、取り引き相手がやってきたのがわかった。

「シルクエッタ・クリーンだな?」

「はい、貴方がボクたちに取り引きを持ちかけた――――」

「ゴールデンパラシュートだ……本来ならばキュピに任せるべきだが、アイツは正体を明かしてしまい、シオン賢者たちにマークされている。うっかり、外に出すこともできんよ」

「あの……どうしてボクなんですか? ずっと、それが気になっているんですが?」


「見えるだろ? このケサランパサランは私の目として役立っている……あなたの事は、この目を通して知っている。その、ひたむきさと実直さ、責任感の強さは信に値すると判断した」

謎の人物の言葉どおり、辺りに無数の綿毛が不規則に漂っていた。
炭酸水の気泡のような淡い輝きが、シルクエッタの身を包み込む。
これが本当に魔物なのか? 疑わしく思うぐらい、美しく舞っている。
流れが加速するにつれ黄金のシャワーとなり、彼女の心は奇妙な幸福感で満たされていた。

「どうだい? 幸せな気分になってきただろう? 実際、ゴールデンパラシュートは対象に幸福の前借りをさせることができる。前借りだから、返済は時間経過とともに自動で支払われる。それ自体は、なんら普通だ。金銭の取引となんら変わりはない。ただ、その際に利息が発生する……それは、視覚情報の共有化だ」

「つまり、情報提供しなければならないと」

「そうだ。すでに、この街全体にを張り巡らせてある。むろん、そこには勇士学校も含まれる」

「……いいんですか? コチラに貴方の能力情報を明かしても?」

「構わない、それが発動条件だ。シルクエッタ、あなたにケサランパサランを付与しておく。コイツは、通信用だと思ってくれればいい」

男はギデオンのように淡々とした口調で語る。
シルクエッタからすれば似ている様で、まったく異なるモノだ。
男の言葉に感情というモノは伴っていない。
すみから、すみまで合理性だけを追求しているような味気無さがある。
だてに、スパイと名乗っているわけではないらしい。

「確かに受け取り――――」

キィィィ―――ン!!

綿毛を手にのせた途端、耳をつんざくような異音が走った。
気のせいではない。
近くを歩いていた人々も耳を庇いながら騒然となっている。

それもそのはず……どこからともなく首の長い巨大なゾウガメが現れれば、誰でも取り乱す。
トゲのような突起がついている甲羅はスパイクタートルという魔物特有の物だ。

『見つけたぞ! ゴールデンパラシュート!』

ゾウガメが大きな瞳をギロッと向けた。
にらまれるのと、同時にシルクエッタの全身が脱力してゆく。
まるで、赤子のように立つことすらまま無くなっていた。
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