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百十一話

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「シゼルとか言ったな。キンバリー・カイネンを脅迫していた人物に心辺りはあるか?」

研ぎ澄まされた刃のように鋭い眼光がシゼルに向けられる。
何かに憑かれたような、よどんだ少年の瞳は、ある意味、回答を誤るなと警告しているようだった。

「上級生に対して、その態度は可愛くないなぁ~」

「ランドルフ、構わない。自白剤でも何でも使って、吐かせるんだ! 知らない訳がない!!」

「お落着け、ギデ! 本当に知らないかも知れない。それとも何か、根拠として示せるものがあるのか?」

「やらないのなら……力づくで―――」

「お止めなさい――!!」

明らかに冷静さに欠いた言動に令嬢の一喝いっかつが飛ぶ。
いつもなら、クレバーに済ませるギデオンにしては、あり得ないほど、短絡さ……その根底にあるものは何か?

非道な生体実験に対する怒り。
自身が被験体という玩具にされた憎しみ。
自身の行く手を阻むワイズメル・シオンへの苛立ち。

どれも当てはまるようで、しっくりこない。
その事が、ギデオンにとってたまらなく許せなかった。

大義や正義ではない別の理由が必要だった。
利己的であっても利他的であっても。
でなければ、ただ、ワイズメル・シオンとゴタゴタな関係になっていただけだ……。
それでは、彼らと命のやり取りまでしておいて、いたたまれなさすぎる。

「そうだ……コイツらを消すのに、たいそうな理由なんて必要ない。で充分だ」

「いい加減にして下さいまし!! 貴方が何をどう思おうが知りませんが、貴方が始めた争いは、すでに周りを巻き込んでいる事を忘れないでくださいません? 少しぐらい期待が外れたって何ですか!? 簡単に触発され、自信を見失うなんて無責任なことは許しません……許さないから!!」

ガッ! と胸ぐらを掴んだバージェニルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。
その痛切な想いにより、彼の灰燼かいじんに帰した心へと、熱き灯火が再度、放たれた。

「まただ……また、この感覚だ。バージェニル、すまない。僕は自分の弱さに飲まれてしまっていた、もう大丈夫だ!」

「そうですか……なら、良しといたしましょう」

どうして彼女が涙を流したのか? 本人いがいに知る由はない。
ただ、バージェニルの懸命さが、ギデとしての正気を取り戻してくれたのは確かだ。

「ランドルフ……」

「何だ?」

「次回、僕がこうなってしまったら剣で斬り捨ててくれ」

唐突な申し出に青年は呆れたように目蓋まぶたを閉じながら息をつく。

「注文が多いヤツだ。良かろう、その決意に免じて引き受けてやる」

「ああ、頼「モリあがっているとこ、ちょっといいかなぁ~!!」

言葉をさえぎるほどの通った声に、三人は注目せざるを得なかった。
見ると、ホワイトナイトを解除したシゼルが両手を上げていた。

「どうした? 降参のつもりか?」

「つもりじゃなくて、そうよ! オジさんが取り引きしてもいいって。シゼルを解放するなら、その娘の利息は帳消しにしてもいいんだとさ」

「フザけるな、お前みたいな危険な女を野放しになんかできるわけがない。オジさんか……? 取引したいのなら、じかに話に来い……それなら、コイツの命は保証してやると伝えておけ」

『まったく……不躾ぶしつけなことをいう』

不意に、耳元から見知らぬ男の話し声が聞こえた。
驚き、周囲を見回すギデオンのまえに小さな光が浮遊していた。

「蟲か!」すぐさま手帳を構え応戦する。

『蟲じゃあない。よく、見るんだな』

眼をこらすと、昆虫だと思われた物体は光輝く綿毛だった。
植物のようにも見えなくはないが、宙を自在に動きまわる綿毛など見たことも聞いたこともない。

「ケサランパサランだな。魔物としては害が及ばないほど、脆弱ぜいじゃくなヤツだ」

毛玉の正体をランドルフがズバリと言い当てる。
どうやら、彼には綿毛の声は聞こえていないらしい。
レイピアの柄を握ったまま、周辺を警戒している。

『手帳を見てしまったようだな……ならば、こちらとしては始末するか、手を組むしかないようだな……』

「そのまえに、貴様は何者だ!? 素性のわからないヤツと手を組むことはできない、正体ぐらいはちゃんと明かしてもらうぞ」

『それは、じきに明らかになる。それよりも、取り引き相手を指定したい。なんたって、ケサランパサランは見ての通り貧弱な魔物だからな。じかに顔を合わせるにしても、コチラの安全を保障してくれる信用に足る人物でないといけない』

「で、それは誰だ!?」

『勇士学校で臨時講師を務めているシルクエッタ・クリーン、彼女にお願いしたい』

「シルクエッタだって!? ならば、同行者の許可を求める」

『ダメだ、取り引きの時は彼女一人に任せるんだ。日時は明朝、場所はナズィール北の倉庫街、良き返答を期待する』
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