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百十話

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手帳に書かれていたモノ。
それを一言に集約すれば、生粋の科学者の生き様が垣間見える。

キンバリーの筆跡だと思われる計算図式に専門用語がびっしり書かれている。
それこそ、手帳の白地がわからなくなるほどに、何度も上書きされていた。

「見ろ! このページ、シオン賢者のことについて記載されているぞ」ギデオンがとあるページを指差した。

「だから、もっとわたくしに分かりやすく説明しなさいな!」

「バージェニル嬢、ワイズメル・シオンとは帝国が設立した暗殺専門の組織のことです」

「今となっては完全に名残りだがな。そもそも現状、奴らは何を目的として暗躍しているのか? はっきりとしていない……お前は何か、知っているか?」

組織について語るついでに、ギデオンはダメ元でシゼルに話をふった。

「シゼルは先生に頼まれたことだけをやっていたから、組織の目的とかしらないしー……それに、もう連中とは関わりは無いんだよね」

ワイズメル・シオンというわけか? 他にどんな奴がいた?」

「ええ――! シゼルに聞くかなぁ、そこ。手帳に書かれているんじゃないの?」

「確かに書かれていますわね。手帳によれば623回の実験で、悪の種の移植に成功したのは……に、二千人以上も……」

手帳を読み上げるバージェニルの声が徐々に震え出す。
キンバリーの狂気は、彼らの常識とするものから逸脱しすぎていた。
善悪の呵責かしゃくなど、一切持ち合わせていない。
好奇心の悪魔にとって、他者の命など実験のサンプルデータでしかない。
もっとも被験者の半数以上は、そこすら到達しなかったようだ。

ただ、ごく稀に悪の種と完全に適合する者がいた。
キンバリーは彼らは成功者と呼び、ネームドとして扱っていた。
連ねる、かの者たちの名をランドルフが順に読み上げる。

「デッドマンズトリガー、ゴールデンパラシュート、クラウンジュエル、ポイズンピル、シャークリペラント、ホワイトナイト、サーキットブレイカー、ウィナーズカース、バリュエーション、スリーピングビューティー。以上、十名だな……ホワイトナイトは除外するとして、今まで対峙した人数を覚えているか? ギデ」

「スリーピングビューティーとサーキットブレイカー……あと、デッドマンズトリガーもだと思う」

「となると……残り六人もいるのか。まさか、全員ここナズィールにいるわけないよな」

「さぁな。何人かはいるだろう?」

少年の瞳が、大木の方へ向けられる。
いまだ、縛りつけられたままの彼女の反応は素気ない。

「……いるみたいだ」その反応を見て彼は結論に至った。

「残念ですけど、ネームドの能力や素性については書かれてませんわね」

「むやみに情報がもれるのを警戒したんだろう。重要なことは載せていないと見たほうがいい」

「あとは……日記? のような」バージェニルがページをめくっていく。

確かに、定期的にその日を出来事を記録していたようだ。
手帳の後半部は数十ページからなる日記がつづられている。

「気に入らない、奴?」日記につけられたタイトルに、何枚か類似するものがあることに気づいた。

内容を調べてみると、なかなか陰湿なものだった。
中身はキンバリーが気に食わない相手に対する悪口雑言あっこうぞうごんを長文で書き込んだものだ。


『気に入らない……。
御前試合に出てきたあの子供、本当に子供なの?
あれは人じゃない、怪物よ、怪物! 私が生み出した力作を三体同時に打ち破るなんて、あり得ないわ!!

あのガキのおかげで、宰相の興味が私の研究から離れてしまった。
口を開けば、アレが欲しい。アレを手にいれろとうるさい。

こんな事になるのなら、提案するべきではなかった。
いくら、良質の被験体を探すとはいえ、私の成果以上のモノはダメだ!!
そうだ! 移植に失敗したふりをしてアイツを始末すればいい!!
そうすれば宰相はまた私の研究に興味を持つだろう……すべては研究予算のため、そのためなら私は――』

見たくなかったモノを見てしまい、ギデオンは無言でページをめくった。
なるほどと言わんばかりに、しょうもない恨みをかっていたようだ。

「ったく、とばっちりで消されそうなっていたとは……胸糞――ん?」

次ページの内容に、めくる手がとまった。
許さない男――それが、タイトルとして刻まれていた。

『なんて事……この私が脅迫されている。
他国の宰相と密会しているところを、あの男にメモリージェムで録画されていたのだ……。
迂闊うかつだった……記者を装い研究所にやってきた男が、帝国に雇われたスパイだったとは。
せっかく、人体強化薬の実験と偽り活動してきたのに、どこから嗅ぎつけきたのか?

これ以上、帝国内での活動は危うい、ガルベナールのヤツに頼んで早急に拠点を移さねば。
スパイは図々しくも口止め料として、私が開発した能力の譲渡を求めてきた。
逆らうことはできない。
アイツがマスタージェムを所持している限り、私の心に安寧が訪れることはない。
しかし、どういうことだ?
あの男は帝国に離反でもするつもりなのか!?
とうてい、理解が及ばない……が当面はつきまとわれるだろう。
けれど、それが運命のつきだ。
私に関わったことを必ず、後悔させてやる――必ずだ!!』

メモリージェム、おそらくキンバリーの部屋で発見した、あのオーブのことだろう。
この手記の内容が事実なら、キンバリーを脅していたという男が、この街にいるという事になる。
ギデオンは考えていた。
何とか、この男とコンタクトが取れないだろうか? と。
それが実現すれば、さらなるキンバリーの秘密に迫ることができる。
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