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百八話
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彼女を語るには、あまりに情報が少ない……。
シゼル・アマン、それは彼女が自身につけた名前だった。
シゼルになる前の記憶は、ほとんど残されていない。
どこで生を受け、どのような家庭で育ち、どんな自分だったのか?
すべてが疑問に包まれた世界で二度目の産声を上げた。
それは、不安や恐怖よりも寂しさが勝っていた。
見知らぬ土地の見知らぬ人々は……とても冷淡だった。
どれほど声を張り上げても誰も立ち止まらないし、耳も貸さない、目すら合わそうとしない。
酷い世界だとは思わなかった……。
何一つ持っていない彼女に、世界の基準を決められなかった。
そういうものだと、率直に受け止めていた。
すでに心は死んでいた。
生きるには術を身につけないといけない。
旅の一座に拾われ、そこで演じるという能力を手に入れた。
もともと、中身がなかったのだ、つめこむには充分な容量があった。
舞台に立つ、これも生きるためだった。
けれど、気づいてしまった。
自分ではない誰かになっている、その時だけ皆が注目してくれると。
初めて胸すく想いで満たされた。
彼女は、さらに演技の世界に魅せられていった。
いつしか、目標が出来た。
世界一のアイドルになる!
アイドル自体、まだ世に広まりきっていない職だが、自分が喧伝すると意気込んできた。
誰が何と言おうと、反対されようが非現実だと馬鹿にされても身につけた笑顔で進んでゆく。
結果、一座と折り合いがつかなくなった。
その頃になると、シゼルにとって一座は足枷にしかならなかった。
一座を脱退するのは時間の問題でしかなかった。
流れに流れ、行き着いた先が共和国だった。
自分と同じ年代の子たちが集まるという学校という施設がある。
その噂ききつけ、かねてから興味があった彼女は、学び舎の門を叩いた。
勇士学校は、シゼルにとって新たな世界であり新たなステージでもあった。
確信はあった。
ここでなら、自身の夢を叶えることができる。
チャンスは思っていた以上に早く回り巡ってきた。
講師のキンバリー・カイネン博士との出会い。
彼女の運命を決定づける出来事は、博士によってもたらされた。
キンバリーは博識だった。
シゼルが知りたい事はすべて知っている。
ある種、カリスマのようなモノを秘めていた。
欲しい――鏡に映る貧相な自分には無い、その輝きが!!
それは渇望だった……。
キンバリー自身が周囲から排斥されていた過去を度々話しても、気持ちは揺るがない。
シゼルにとってそれは、一目置かれている証明だった。
スポットライトを浴びることでしか、自分という存在を認識できない彼女にとって、キンバリーから学ぶことは、有意義なことに変わりない。
だから、期待に応える必要があった。
その手をどんな悪事で穢しても、必要ならばいとわない。
罪悪感など、今まで一度も感じたことがないから平気だ。
彼女は本気でそう考えていた。
夢を掴むために他者を犠牲にしてきた、一人また一人と。
そうしている内に、作り笑いすら浮かべることができなくなってしまった。
「あれ? おかしい、あれ?」そう呟く少女のもとに一羽のオウムが羽ばたいてきた。
*
ホワイトフレームに身を包む彼女は、鎧の装飾パーツを射出した。
白騎士という名だが、鎧は純白ではなく透明度が高い銀色だ。
鏡として代用するには申し分がない。
シゼルが大技を仕掛けてくる。
その事はランドルフにも重々、伝わってきた。
射出された金属が彼を取り込むように配置されていた。
完全な包囲網が敷かれ、もはや逃げ場がなくなってしまっている。
それでも、微動だにしないまま剣を構え続けている。
彼の騎士としても本能、覚悟がそうさせていた。
逃げても、負けても、醜態をさらしても構わない。
だが、守れないのはダメだ!
騎士としてありたいのならば護るべきモノを決めた以上、貫き通す必要がある。
でなければ、騎士である必要はない。
剣を振りたければ剣士になればいい。
戦場に出たければ兵士になればいい。
路銀を稼ぎたければ冒険者になれ。
ランドルフの騎士道は守ることの中にある。
それは人命や国だけではなく、約束、誇り、道理、信念といったモノまで含まれる。
誰かが彼に言った「そんな生き方は息苦しいだろう」と。
事実、その通りだ。
苦しいだけで意味があるのかさえ怪しい。
けれど、生き方を選べるほど自分は器用ではない。
その事を彼自身が一番、理解していた。
「アンサンブル・エグゼキューション」
鏡の中に姿をくらましたホワイトナイトが金属片の合間を高速でつたってくる。
ランドルフを周囲をグルグルと駆けては消え、飛び出しては引っ込んでゆく。
何時、攻撃されるのか? どこから狙ってくるのか?
タイミングがつかめない以上、彼が不利になることは確定していた。
「君は気づいていたか? 私が何度、突きを放ったかを……」
「血迷っているの? なら、終わらしてあげる!!」
白騎士が護衛長の背後をとった。
あとは刃を振りおろすだけ――――ガクン!!
急に、鎧をまとった身体が沈んだ。
予想だにしていない事態にシゼルの目の色が変わった。
「三百回だ。息苦しい事を耐え続けてた果てに私が得た物。スキル、極限の無呼吸は時をも超越する」
「フフッ……地面が陥没するまで突き続けたのかぁ~。イカレているなぁ~」
「突きだけではないぞ……抜き胴」
足下を取られて停止したホワイトナイト。
堅固なブレストプレートの装甲を幾重もの曲刀が通過した。
シゼル・アマン、それは彼女が自身につけた名前だった。
シゼルになる前の記憶は、ほとんど残されていない。
どこで生を受け、どのような家庭で育ち、どんな自分だったのか?
すべてが疑問に包まれた世界で二度目の産声を上げた。
それは、不安や恐怖よりも寂しさが勝っていた。
見知らぬ土地の見知らぬ人々は……とても冷淡だった。
どれほど声を張り上げても誰も立ち止まらないし、耳も貸さない、目すら合わそうとしない。
酷い世界だとは思わなかった……。
何一つ持っていない彼女に、世界の基準を決められなかった。
そういうものだと、率直に受け止めていた。
すでに心は死んでいた。
生きるには術を身につけないといけない。
旅の一座に拾われ、そこで演じるという能力を手に入れた。
もともと、中身がなかったのだ、つめこむには充分な容量があった。
舞台に立つ、これも生きるためだった。
けれど、気づいてしまった。
自分ではない誰かになっている、その時だけ皆が注目してくれると。
初めて胸すく想いで満たされた。
彼女は、さらに演技の世界に魅せられていった。
いつしか、目標が出来た。
世界一のアイドルになる!
アイドル自体、まだ世に広まりきっていない職だが、自分が喧伝すると意気込んできた。
誰が何と言おうと、反対されようが非現実だと馬鹿にされても身につけた笑顔で進んでゆく。
結果、一座と折り合いがつかなくなった。
その頃になると、シゼルにとって一座は足枷にしかならなかった。
一座を脱退するのは時間の問題でしかなかった。
流れに流れ、行き着いた先が共和国だった。
自分と同じ年代の子たちが集まるという学校という施設がある。
その噂ききつけ、かねてから興味があった彼女は、学び舎の門を叩いた。
勇士学校は、シゼルにとって新たな世界であり新たなステージでもあった。
確信はあった。
ここでなら、自身の夢を叶えることができる。
チャンスは思っていた以上に早く回り巡ってきた。
講師のキンバリー・カイネン博士との出会い。
彼女の運命を決定づける出来事は、博士によってもたらされた。
キンバリーは博識だった。
シゼルが知りたい事はすべて知っている。
ある種、カリスマのようなモノを秘めていた。
欲しい――鏡に映る貧相な自分には無い、その輝きが!!
それは渇望だった……。
キンバリー自身が周囲から排斥されていた過去を度々話しても、気持ちは揺るがない。
シゼルにとってそれは、一目置かれている証明だった。
スポットライトを浴びることでしか、自分という存在を認識できない彼女にとって、キンバリーから学ぶことは、有意義なことに変わりない。
だから、期待に応える必要があった。
その手をどんな悪事で穢しても、必要ならばいとわない。
罪悪感など、今まで一度も感じたことがないから平気だ。
彼女は本気でそう考えていた。
夢を掴むために他者を犠牲にしてきた、一人また一人と。
そうしている内に、作り笑いすら浮かべることができなくなってしまった。
「あれ? おかしい、あれ?」そう呟く少女のもとに一羽のオウムが羽ばたいてきた。
*
ホワイトフレームに身を包む彼女は、鎧の装飾パーツを射出した。
白騎士という名だが、鎧は純白ではなく透明度が高い銀色だ。
鏡として代用するには申し分がない。
シゼルが大技を仕掛けてくる。
その事はランドルフにも重々、伝わってきた。
射出された金属が彼を取り込むように配置されていた。
完全な包囲網が敷かれ、もはや逃げ場がなくなってしまっている。
それでも、微動だにしないまま剣を構え続けている。
彼の騎士としても本能、覚悟がそうさせていた。
逃げても、負けても、醜態をさらしても構わない。
だが、守れないのはダメだ!
騎士としてありたいのならば護るべきモノを決めた以上、貫き通す必要がある。
でなければ、騎士である必要はない。
剣を振りたければ剣士になればいい。
戦場に出たければ兵士になればいい。
路銀を稼ぎたければ冒険者になれ。
ランドルフの騎士道は守ることの中にある。
それは人命や国だけではなく、約束、誇り、道理、信念といったモノまで含まれる。
誰かが彼に言った「そんな生き方は息苦しいだろう」と。
事実、その通りだ。
苦しいだけで意味があるのかさえ怪しい。
けれど、生き方を選べるほど自分は器用ではない。
その事を彼自身が一番、理解していた。
「アンサンブル・エグゼキューション」
鏡の中に姿をくらましたホワイトナイトが金属片の合間を高速でつたってくる。
ランドルフを周囲をグルグルと駆けては消え、飛び出しては引っ込んでゆく。
何時、攻撃されるのか? どこから狙ってくるのか?
タイミングがつかめない以上、彼が不利になることは確定していた。
「君は気づいていたか? 私が何度、突きを放ったかを……」
「血迷っているの? なら、終わらしてあげる!!」
白騎士が護衛長の背後をとった。
あとは刃を振りおろすだけ――――ガクン!!
急に、鎧をまとった身体が沈んだ。
予想だにしていない事態にシゼルの目の色が変わった。
「三百回だ。息苦しい事を耐え続けてた果てに私が得た物。スキル、極限の無呼吸は時をも超越する」
「フフッ……地面が陥没するまで突き続けたのかぁ~。イカレているなぁ~」
「突きだけではないぞ……抜き胴」
足下を取られて停止したホワイトナイト。
堅固なブレストプレートの装甲を幾重もの曲刀が通過した。
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