上 下
106 / 298

百六話

しおりを挟む
物寂し気に自身を語る少女。
確かに気位が高そうではあるも、悪徳令嬢というほど悪い人間には見えない。
そうは思っても、かける言葉が見当たらない。

彼女は出会ったばかりの人物に同情を誘うような人物ではないとランドルフなりに悟っていた。
ここで、身の上話を持ち出してくるのは拒絶の一環。
それ以上は、私に関わるな! と警告を発しているようだ。

ランドルフは自身の手首を握った。
右でも左でも構わない……こうすると気分が落ち着くからだ。
握った手に伝わる脈拍が徐々にゆっくりとなり正常に戻る。

彼女の言葉だけでそうなった訳ではない。
一葉という喩えは、彼にも覚えがあったからだ。
もっとも、ランドルフの場合は外ではなかった……正反対の内側でずっと閉じこめられていた。

「ランドルフさん?」

バージェニルの声で、思考のおりに捕まろうとしている自分に彼はきづいた。
雑念はふりほどこうと出された紅茶をに手をのばす。

「熱っ!!」勢い任せで口元に運んだせいで軽く火傷してしまった。

「大丈夫ですか?」問う彼女に「すみません」と平謝りする。
青年の中でティーブレイクは優雅にたしなむモノ。
印象だけが先行する彼にとって、先ほどの行為は不作法でしかなかった。

「本題に移りましょう、魔法施錠の解除をお願いできますか!?」

キンバリーの手帳をテーブルに置くとランドルフは真摯に頭を下げた。
出所を明かせない以上、そうやって頼みこむしか方法がなかった。

「構いませんわ。貴族の令嬢たるこの私が、そのような細やかな事を気にするわけありませんわ。万が一、悪事に加担するような事があれば、この手帳ごと貴方がたを斬り刻む義賊が現れますわ!」

「ナイトレイドは、人の悪事を見分けることが可能なのですか!?」

「あ、あくまで個人的な見解ですわ……オホホホッ!! それで、マジックロックの解錠でしたね。準備は整ってますわよ」

バージェニルはそう言うと胸元で両腕をクロスさせた。
薬指と小指を曲げた独特な手のポーズを作り念じる。
それに呼応するように、テーブル中央にある日傘の柄が光を帯び、魔法文字マギアコードを刻んでゆく。
瞳を閉じながら、精神統一した彼女が両腕を対象に向けて伸ばす。

「行きますわよ……イニシエーション・オープン!!」

その瞬間、手帳がカタカタと小刻みに振動し、魔法陣を排出した。
傘の柄から文字が飛び出し、虫食いのように魔法陣をボロボロに溶かし崩してゆく。
すべてを消すのに一分とかからなかった。

パチン! と留め具が外れ、手帳が開かれた。

「……成功よ。確かめてごらんなさい」

「ええっ、では――――」

ランドルフが手帳を掴んだところで、日傘に何かが直撃した。

「あら、手鏡? こんな場所にどうして?」

「それに、触れてはいけない!!」

「キャッ!」

鏡を拾おうとするバージェニルを青年は手で押し退けた。
多少、荒っぽいがそうも言っていられない……間近には脅威が迫って来ていた。

「逃げろ!! バージェニル嬢!!」

鏡の中から飛び出す処刑人の剣がランドルフの頭上を通過する。
あと、少しでも後退するタイミングが遅ければ刃の餌食になっていた。

背筋に痺れを走らせながら、彼は腰に下げていたレイピアを引き抜いた。

「何て事だ……アイツの忠告通りになった。とすると、狙いはこの手帳か!?」

「ピンポン! ピンポン! 良く、出来ましたぁ~」

白騎士が出現したのと同時に、もう一つ別の手鏡からツインテールの少女が飛び出してきた。

「あ、貴女は!!」目を見開いたまま、令嬢は絶句していた。

「へぇ~、覚えててくれたんだぁ。そうでぇ~す! 皆のアイドルこと、キュピちゃん飼い主ぃシゼル・アマンだよ!! ねぇ、ねぇ、どうしたの? ミミックに化かされたような顔しちゃって? ウケるんですけど~」

「そ、そうですわね。あのオウムが怪物になったところで、貴女を疑うべきでしたわね……」

「ひどぉーい。キュピちゃんは、れっきとした神様なんだよ! まぁ……成れの果てなんだけど……」

「ギデから聞いているぞ! 君は昨日、川原にて遺体で発見されたはずだ……どうして此処に居る?」

困惑するランドルフを一瞥いちべつし、少女は口元を大きく広げた。

「あれね! 全部、嘘だよ~。でも、彼はとんでもない奴だねぇ。ダイナマイトを放り投げても、生きているんだもん。参った、参った!」

ゆらり、ゆらりと両肩を左右に動かしながら白騎士のもとへ歩いてゆくシゼル。
甲冑の肩を彼女が叩いた途端、騎士の姿から彼女自身に変わる。

「どう? 驚いたでしょっ! シゼルの悪の種はドッペルゲンガーなんだよ~」

「そういう事か! でも、良いのか? ここで正体を明かしても、今までずっと隠してきたんだろう?」

「分かってないなぁ~、その段階は終了したんだよ。シゼルもキュピちゃんも、目標や目的があって動いているんだよ。それにぃ、ホワイトナイトを倒せる奴なんていないしぃ」

「うぬぼれも、そこまで来れば相当だな。良かろう、本物の騎士の剣を見せてやる!」

ランドルフがもう一本の刃、カットラスを引き抜いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

処理中です...