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百五話
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「うっ……うう」
突如として眼元に刺激が走った。
あまりの眩さに宰相は閉じていた目蓋を持ち上げた。
「どこだ……ここは? 私はいったい、どうしてしまった?」
視界の先は、観客席になっていた。
普段、彼がオペラ鑑賞をするさいによく目にする馴染みのある光景。
しかし、何かが違う。
身体を動かそうとするが身動きが取れない。
車椅子ごとロープに縛られている!? その上、ひどく頭が疼く。
このズキズキとした感覚は、二日酔いの症状に似ている。
ガルベナールが、そう気づくまでさほど時間は要さなかった。
「どうだ? 自分が見世物にされる気分は? いつもと違って新鮮だろう?」
対面するように客席に座る人影があった。
相手に言われガルベナールはようやく、自分が何処にいるかを理解した。
「劇場か……私を舞台の真ん中に置いて何を始める気だ!? だいたい、貴様は何者なんだ!! 一国の宰相を監禁しておいてただでは済まされんぞ! 覚悟はできているのだろうなぁ!?」
「覚悟?」人影は小刻みに肩を揺らす。
まるで、笑っているかのようだ……。
「覚悟するのは貴様のほうだ!! 宰相ガルベナール! 他者が苦しむ様を見るのが大好きだったよな? そんな貴様のために特別面白い余興を考えてやった。とくと堪能し絶望と後悔に打ちひしがれるがいい!!」
「くっ――ファルゴ!! ファルゴはどこだぁぁあ!! あ奴さえおれば、貴様なんぞ一捻りだというのに……何故だ? どうしてこうなった!?」
「運が悪かったな。もっとも、余計な邪魔が入ったせいで此方の計画は大番狂わせになってしまったが……開演まで、まだ少し時間があるな。せっかくだ、冥土のみやげに教えてやろう……ここまで何が起きたのかを!」
*
時は三日前までさかのぼる――――
聖王国騎士団、護衛部隊長のランドルフ・ナハ―ルトは勇士学校の門を叩いた。
すでに何度も足を運んでいる場所ではあるも、仕事以外で訪れるのは、この日が初めてだった。
目的はその手に持つ手帳。
昨日、ギデオンと接触したさいに、託されたキンバリー・カイネンの物だ。
厳重にロックされた手帳を開くために、青年は学校におもむく事になった。
「自身でどうにかしろ」と一度断ってみせると、意外な返答が帰ってきた。
「僕は監視されているから無理だ」と。
ランドルフにとって、常に強気だった少年が無理だと断言したことが驚きだった。
その潔さだけではなく、他者を頼ろうとしなかった彼が自分に手帳を預けるなどとは、思いもしなかった。
この手帳はギデオンにとって特別な意味を持つ。
発見時、同行していたからこそ分かる、その重み。
それを自身が確認する前に、ゆだねてきたのだ。
今回の敵は相当にやっかいな連中だと、うかがい知ることができる。
「確か、ここであっているよな?」
待ち合わせ場所の芝庭。
校舎裏から少し離れた場所に位置する緑の上に、不自然にまで目立つ巨大な日傘があった。
半ば、ここであって欲しくないと願いながら近づく。
日傘は丸テーブルの中心から生えていた……。
その脇には、背もたれのついたウッドチェアが二脚用意されていた。
「あら? もう、おいでなさったの? なかなか、良い心がけですわね!」
背後で女の子が聞こえた。
振り向くと、勇士学校の制服を着た巻き髪の少女が立っていた。
「持ちましょうか?」
「いえ、結構ですわ」
彼女が抱えるティーセットが入ったカゴを指さす。
即答でことわられ、何ともいえない気恥ずかしさを覚える。
「とりあえず、お掛けになったら? えーと、ランドルフさん?」
「ええっ、ランドルフと申します。お初にお目にかかります、バージェニル・ミリムス嬢」
敬礼するランドルフにバージェニルはクスッと笑いながら、手で口元をおおう。
「何か、至らぬ点がありましたでしょうか?」
「失礼しました。いえ、僕が話していた通り生真面目な方だと思いまして」
「アイツ……いえ、彼がそんな事を……。当然でしょう、彼から聞かされていたバージェニル嬢が、よもやここまで華やかで優麗な方だとは……かしこまってしまうのは当然です」
「まあ、お上手ですこと。ですが、大概したほうがよろしいかと……美形である貴方は特に。それで、下僕は何と!?」
「それはですね……それよりも、本題に入りましょう!」
浮かない表情で、ティーポッドに茶葉をいれる令嬢。
その様子に、誤魔化そうしたのは失敗だったとランドルフは内心、後悔した。
高価そうな白磁のティーポッドに湯をそそぎながら彼女は口を開いた。
「オルド産のファーストシーズンですわ」
「えっ? あっ、茶葉の種類ですね!」
「ここの茶葉は、面白いジャンピングをいたしますのよ。上下に移動する茶葉に混じり、クルクルと周回する一葉が必ず出ますの。その一葉こそが私……この学校では悪徳令嬢なんて呼ばれている、はぐれ……嫌われ者でしてよ」
突如として眼元に刺激が走った。
あまりの眩さに宰相は閉じていた目蓋を持ち上げた。
「どこだ……ここは? 私はいったい、どうしてしまった?」
視界の先は、観客席になっていた。
普段、彼がオペラ鑑賞をするさいによく目にする馴染みのある光景。
しかし、何かが違う。
身体を動かそうとするが身動きが取れない。
車椅子ごとロープに縛られている!? その上、ひどく頭が疼く。
このズキズキとした感覚は、二日酔いの症状に似ている。
ガルベナールが、そう気づくまでさほど時間は要さなかった。
「どうだ? 自分が見世物にされる気分は? いつもと違って新鮮だろう?」
対面するように客席に座る人影があった。
相手に言われガルベナールはようやく、自分が何処にいるかを理解した。
「劇場か……私を舞台の真ん中に置いて何を始める気だ!? だいたい、貴様は何者なんだ!! 一国の宰相を監禁しておいてただでは済まされんぞ! 覚悟はできているのだろうなぁ!?」
「覚悟?」人影は小刻みに肩を揺らす。
まるで、笑っているかのようだ……。
「覚悟するのは貴様のほうだ!! 宰相ガルベナール! 他者が苦しむ様を見るのが大好きだったよな? そんな貴様のために特別面白い余興を考えてやった。とくと堪能し絶望と後悔に打ちひしがれるがいい!!」
「くっ――ファルゴ!! ファルゴはどこだぁぁあ!! あ奴さえおれば、貴様なんぞ一捻りだというのに……何故だ? どうしてこうなった!?」
「運が悪かったな。もっとも、余計な邪魔が入ったせいで此方の計画は大番狂わせになってしまったが……開演まで、まだ少し時間があるな。せっかくだ、冥土のみやげに教えてやろう……ここまで何が起きたのかを!」
*
時は三日前までさかのぼる――――
聖王国騎士団、護衛部隊長のランドルフ・ナハ―ルトは勇士学校の門を叩いた。
すでに何度も足を運んでいる場所ではあるも、仕事以外で訪れるのは、この日が初めてだった。
目的はその手に持つ手帳。
昨日、ギデオンと接触したさいに、託されたキンバリー・カイネンの物だ。
厳重にロックされた手帳を開くために、青年は学校におもむく事になった。
「自身でどうにかしろ」と一度断ってみせると、意外な返答が帰ってきた。
「僕は監視されているから無理だ」と。
ランドルフにとって、常に強気だった少年が無理だと断言したことが驚きだった。
その潔さだけではなく、他者を頼ろうとしなかった彼が自分に手帳を預けるなどとは、思いもしなかった。
この手帳はギデオンにとって特別な意味を持つ。
発見時、同行していたからこそ分かる、その重み。
それを自身が確認する前に、ゆだねてきたのだ。
今回の敵は相当にやっかいな連中だと、うかがい知ることができる。
「確か、ここであっているよな?」
待ち合わせ場所の芝庭。
校舎裏から少し離れた場所に位置する緑の上に、不自然にまで目立つ巨大な日傘があった。
半ば、ここであって欲しくないと願いながら近づく。
日傘は丸テーブルの中心から生えていた……。
その脇には、背もたれのついたウッドチェアが二脚用意されていた。
「あら? もう、おいでなさったの? なかなか、良い心がけですわね!」
背後で女の子が聞こえた。
振り向くと、勇士学校の制服を着た巻き髪の少女が立っていた。
「持ちましょうか?」
「いえ、結構ですわ」
彼女が抱えるティーセットが入ったカゴを指さす。
即答でことわられ、何ともいえない気恥ずかしさを覚える。
「とりあえず、お掛けになったら? えーと、ランドルフさん?」
「ええっ、ランドルフと申します。お初にお目にかかります、バージェニル・ミリムス嬢」
敬礼するランドルフにバージェニルはクスッと笑いながら、手で口元をおおう。
「何か、至らぬ点がありましたでしょうか?」
「失礼しました。いえ、僕が話していた通り生真面目な方だと思いまして」
「アイツ……いえ、彼がそんな事を……。当然でしょう、彼から聞かされていたバージェニル嬢が、よもやここまで華やかで優麗な方だとは……かしこまってしまうのは当然です」
「まあ、お上手ですこと。ですが、大概したほうがよろしいかと……美形である貴方は特に。それで、下僕は何と!?」
「それはですね……それよりも、本題に入りましょう!」
浮かない表情で、ティーポッドに茶葉をいれる令嬢。
その様子に、誤魔化そうしたのは失敗だったとランドルフは内心、後悔した。
高価そうな白磁のティーポッドに湯をそそぎながら彼女は口を開いた。
「オルド産のファーストシーズンですわ」
「えっ? あっ、茶葉の種類ですね!」
「ここの茶葉は、面白いジャンピングをいたしますのよ。上下に移動する茶葉に混じり、クルクルと周回する一葉が必ず出ますの。その一葉こそが私……この学校では悪徳令嬢なんて呼ばれている、はぐれ……嫌われ者でしてよ」
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