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百四話

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リフターがゆっくりと下に向かう。
途中、正面に本殿へと続く敷地内通路が見えてきた。
長さ、250メートルもある長い道。
ガルベナールの老体では、しんどいであろうと車椅子が配備されている。

ここまで至れり尽くせりだ。
本人もさぞ、納得しているだろうと様子をうかがうと、どうもそうでもないようだ。
瞳を丸くするマローナ、そこには国のお偉方ではなく孫のワガママにかき回される、ただの老人がいた。

「お爺ちゃん、こんな退屈な所よりも処刑場見学にいこうぜ!」

「あとでな……」

「お爺ちゃん、このフレグランス、キツくない?」

「心配ないぞ、いつものお前だ」

「お爺ちゃん、パリチキ食ってきていいか!?」

「さっき食べたばかりだろう……」

「見て、お爺ちゃん鳥だ!」

「…………むう」

「お爺ちゃん!!」

「ええい!! ファルゴ、少しは大人しくできんのか!!?」

「敵だ――――」


上空からコチラに向かって、飛来する巨大な影が見えた。
瞬く間に距離を縮めてくるは鳥ではなく、四つの翼をもつ龍だった。
間近に迫る異形の怪物に、一団から切迫した声があがる。

「ファルゴ!!」

ガルベナールの合図でボディガードの彼が矢面に立つ。
両脇からはファルゴの部下たちが銃を片手に飛び出してきた。
宰相を護るよう身を盾とする黒服たち。
よほどの恐れ知らずなのか、彼らの中から統率を乱す者は一人としていない。

「とにかく宰相を御守りしろ!! マローナ君は退避ルートに彼らを誘導してくれ!」

ゴーダが声を張り上げながら、スタッフに指示を出していく。
その最中、風圧により、正面口の天井ガラスが吹き飛んだ。
怪物は放電する四枚の翼を広げてあごを大きく開く。

「おうおう、此処を消し炭にするつもりかよ。たくよぅ~共和国の魔物は、ずいぶんと情熱的な歓迎をしてくれるんだな」

両手をズボンのポケットにしまったまま、ファルゴがニヤケていた。
得体の知れないバケモノを相手に、怯むことすらない。
彼だけではない……聖王国側の全員、恐ろしいほど落ち着きをはらっている。
はっきりとした異常性を目の当たりにしゴーダたちは、固唾を飲んだ。

極端に視界が明るくなった。
龍もしくは、大蛇が七色に光る電熱の吐息ブレスを放出した。

「ダイノハンマ――――!!」

宙を引き裂く雷光に向かってファルゴが跳躍ちょうやくした。
地上までまだ数メートルは離れているにも関わらず、リフタ―から飛び降りてしまった。

渦巻くブレスの中心に身を投じる彼の右腕が一瞬、巨大な生物のかぎ爪に変化する。

「返すぜ、コノヤロー!!」

ファルゴが右拳で殴りつけると雷爆の勢いが反転した。
リフターに乗る一同をめがけて放たれたはずのブレスが龍自身の身を貫いた。
爆音とともに、爆風の衝撃が走る。
誰もが耳をふさぎ、とっさに姿勢を低くしていた。

「チッ、バケモンが……お爺ちゃん! コイツは俺がどうにかする、早く逃げろ!! つーか、アイツら何してんだ!? あんだけ、余裕ぶっこいておいて敵の侵入を許すとは、とんだ無能だぜい!」

いち早く、地上に下りたったファルゴが叫んでいた。
昇降機が停止すると同時に、全員がマローナに続いてゆく。

「皆さん、その先の通路を真っすぐに進んで下さい! そこから外に出られます」

指示に従いエントランスホール脇の通路に向かう。
恐らくファルゴが戦っているのだろう、背後から衝撃音が突き抜けてくる。
止まない揺れに今にも崩れそうな建屋。
その中を脱兎のごとく走る。

皮肉にも宰相ガルベナールだけが一団から遅れを取っていた。
誰もが皆、逃走することに夢中で老いた彼を置き去りにしていた。


「ゼィ、ハァ……ゼィハッ……くっ、糞がぁ――――!! どいつも、こいつも私を無視して先に行きやがってぇ!! 私を誰だと思っている!? 聖王国の宰相だぞ! 王の次に偉いんだぞ! それを……越して先に行くとはなぁあああ……ヘハァへ……ハッ、ハッ。殺す―――国に帰ったら奴らはクビだ…………文字どおり首を跳ねてやる」

「まだ、誰か残っているんですか!?」

ガルベナールが悪態をついていると、来た道のほうから足音が近づいてきた。
眼鏡の彼女を見て、我に返った宰相は手を振った。

「ガルベナール様、ご無事ですか?」

「あ……ああ、ああ! そういえば、お嬢さんがいたな。学長たちはどこだ? 逃げている途中、姿が見えなくなってしまったが……?」

「彼らなら大丈夫ですよ。大人数で一つの通路を進むのは混雑するでしょうから、学長たちは反対側のルートへと非難していきましたから! お孫さん一人を、あの場に残したままではいられません。じきに、勇士学校の生徒たちが応援にかけつけるよう手配してくれるはずです」

「す、すまんなんだ」

「いえ、車椅子は私が押します。一緒に逃げましょう!」

人はという言葉が大好きだ。
普段なら気にならない一緒も恐怖や不安、焦燥感というスパイスが混ぜ合わさると、たちまち激的に変わる。
窮地きゅうちに追い込まれた途端、必要以上にを求める。

付和雷同ふわらいどう、自分ではなく他者の意見に寄りかかる。
今のガルベナールのように、自身の支えとなるものにぶら下がろうとする。
そこに疑念や疑問はない……。
たとえ、眼鏡の下にある瞳が怪しく輝こうが、老いた彼にとって少女は救済の女神だった。
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