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百二話
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ナズィール駅に汽車がとまった。
プシュッ―――と音を立て吐きだした蒸気が、車体全体を白く包み込む。
汽車のドアが開くと、足並みをそろえた革靴の音が駅構内に響きわたった。
この日、学術の街は聖王国からの来客者を迎えた。
宰相ガルベナールとその一行――総勢、十五名からなる団体は、大まかに秘書官、補佐役、ボディガードといったメンツで構成されている。
来訪目的は、サーマリア共和国きっての生物学の権威、キンバリー・カイネン博士の告別式主席。
その他に勇士学校の視察や外遊もかねたプランが組まれている。
故人を見送るために一国の宰相がわざわざ足を運んできたという珍事は、共和国内でも一大ニュースとなっていた。
少なくとも博士号を持つキンバリーがなした生前の偉業をふまえれば、このレベルの大物がやって来ても別段、不可思議ではない。
むしろ、戦を理由に参列を拒んだ国家元首の方がおかしいと民間から評される始末だ。
「初めまして、ナズィール地区代表兼、ルヴィウス勇士学校の学長を務めるゴーダ・マーシャルと申します」
「むう、聖王国宰相ガルベナール・エンブリオンだ」
モーニングコートを着用した宰相と握手をかわす学長ゴーダ。
脇で物腰低く頭をさげているのは、ここまでの案内をつとめたエリエ地区の代表だ。
「紹介します! 彼女が此度のツアーガイドを務めるマローナです」
学長の紹介で一歩前に出てお辞儀をするパンツスーツ姿の女史。
整った顔の上に眼鏡をかけ、いかにも文系といった雰囲気をただよわせている。
ヒュゥ――!
どこからともなく、口笛が響く。
それは、ガルベナール陣営の中から聴こえた。
「これ! よさぬか。はしたないぞ、ファルゴ!!」
「嫌だね、お爺ちゃん。傾国の美女? 共和国にも、とんだ上物がいるとなれば見逃すのは無能の極み、そうだろう?」
祖父の忠告を無視し、団体のなかからガッシリとした体格の少年が歩いてきた。
そのまま、嬉々としてガイドの手を取る。
「俺の名はファルゴ・エンブリオン。知っての通り、そこにいる宰相の孫だ! 普段は勇士学校の生徒だが、今回は祖父のボディガードをやっている。マローナとかいったな、どうだ? 俺のハーレムに入らないか!?」
「ったく……お調子者め。すまんな、お嬢さん。こやつに目をつけられたのは、運命だと思ってあきらめてくれ」
出会い頭だというのに、ナンパし出す宰相の孫。
困り果てたガイドは愛想笑いをするも、グイグイと詰め寄ってくる。
孫の失態を嘆くガルベナールではあるも、それ自体が演技にすぎない。
制止するどころか、容認した言い草は、孫の横行を何度も見過ごしてきた証だ。
「その話は後になさい、ファルゴ君。彼女は臨時の職員だから、こういう場には不慣れなんだ!」
「チッ……学長のアンタが言うのなら我慢してやるよ。今 は な!!」
ゴーダに凄みながらファルゴが一行のもとに戻っていく。
「大丈夫か?」その言葉にマローナはコクリと頷いた。
告別式の開始は午後になる。
それまでの間、一向は宿泊施設に向かう為、歓楽街へと向かう予定となっている。
駅前にはすでに、魔導四輪が待機していた。
共和国がほこる最先端の技術に聖王国陣営から感嘆の声があがる。
「ほほう、こいつは興味深いな。聖王国でも魔導船の開発は進んでおるが……馬を必要としない車を造ってしまうとは!」
「恐れ入ります。これも蒸気機関技術があってこその成果……ですが、まだまだ万全とは言い難い。いちはやく他国にも普及できるよう、開発局が改良を進めております」
「して、そなたは?」
「失礼いたしました。運転手のジェイクです。此度は聖王国のガルベナール様にご利用いただき、当方としても感無量であります」
「そう、かしこまるでない」
ガルベナールにゴーダ、ファルゴとマローナの四人で魔導四輪に乗り込む。
ほかの者たちは、別の車に搭乗することになる。
担当のジェイクは、この街でもっとも優れたドライバーだ。
運転技術もさることながら、誰よりも街の地理に明るい。
オマケに弁が立つ。
運転しながら近年の街の様子について語る彼に、宰相一家もご満悦といった感じだ。
「出番がなくて不満かい?」となりに座るゴーダが話しかけてきた。
「いえ、そんな事は……むしろ、この街を知り尽くしている運転手さんから色々な話が聞けて、勉強になります」
「勉強ね。勉強なら俺も色々と教えてやれるぜ……手取り足取りな」
宰相の孫が一々、ちょっかいをかけてくる。
どうして自制心のきかない彼に護衛をさせているのか?
真面目に役目を果たそうとするマローナにとって、ファルゴという存在は釈然としない。
「綺麗な貝殻のブレスレットですね、ジェイクさん」
穢れをはらうかのように、女史は話題をそらした。
その意図を知ってか知らずか、運転手は笑う。
「いいでしょう? 娘からのプレゼントなんですよ」
「お嬢さんがいるんですか? いくつになります?」
「まだ、五つです。今年も妻や娘と一緒に英誕祭を過ごせれば良かったんですが……栄えある仕事をいただいた以上は責任をもって引き受けさせていただきます!」
「殊勝だね~。俺だったら女を優先するな」
ファルゴが窓の外を眺めながら口をついた。
あまりにも不謹慎な一言で、車内に重苦しい空気が流れてきた。
ファルゴ・エンブリオン……彼のデリカシーなさは致命的だった。
プシュッ―――と音を立て吐きだした蒸気が、車体全体を白く包み込む。
汽車のドアが開くと、足並みをそろえた革靴の音が駅構内に響きわたった。
この日、学術の街は聖王国からの来客者を迎えた。
宰相ガルベナールとその一行――総勢、十五名からなる団体は、大まかに秘書官、補佐役、ボディガードといったメンツで構成されている。
来訪目的は、サーマリア共和国きっての生物学の権威、キンバリー・カイネン博士の告別式主席。
その他に勇士学校の視察や外遊もかねたプランが組まれている。
故人を見送るために一国の宰相がわざわざ足を運んできたという珍事は、共和国内でも一大ニュースとなっていた。
少なくとも博士号を持つキンバリーがなした生前の偉業をふまえれば、このレベルの大物がやって来ても別段、不可思議ではない。
むしろ、戦を理由に参列を拒んだ国家元首の方がおかしいと民間から評される始末だ。
「初めまして、ナズィール地区代表兼、ルヴィウス勇士学校の学長を務めるゴーダ・マーシャルと申します」
「むう、聖王国宰相ガルベナール・エンブリオンだ」
モーニングコートを着用した宰相と握手をかわす学長ゴーダ。
脇で物腰低く頭をさげているのは、ここまでの案内をつとめたエリエ地区の代表だ。
「紹介します! 彼女が此度のツアーガイドを務めるマローナです」
学長の紹介で一歩前に出てお辞儀をするパンツスーツ姿の女史。
整った顔の上に眼鏡をかけ、いかにも文系といった雰囲気をただよわせている。
ヒュゥ――!
どこからともなく、口笛が響く。
それは、ガルベナール陣営の中から聴こえた。
「これ! よさぬか。はしたないぞ、ファルゴ!!」
「嫌だね、お爺ちゃん。傾国の美女? 共和国にも、とんだ上物がいるとなれば見逃すのは無能の極み、そうだろう?」
祖父の忠告を無視し、団体のなかからガッシリとした体格の少年が歩いてきた。
そのまま、嬉々としてガイドの手を取る。
「俺の名はファルゴ・エンブリオン。知っての通り、そこにいる宰相の孫だ! 普段は勇士学校の生徒だが、今回は祖父のボディガードをやっている。マローナとかいったな、どうだ? 俺のハーレムに入らないか!?」
「ったく……お調子者め。すまんな、お嬢さん。こやつに目をつけられたのは、運命だと思ってあきらめてくれ」
出会い頭だというのに、ナンパし出す宰相の孫。
困り果てたガイドは愛想笑いをするも、グイグイと詰め寄ってくる。
孫の失態を嘆くガルベナールではあるも、それ自体が演技にすぎない。
制止するどころか、容認した言い草は、孫の横行を何度も見過ごしてきた証だ。
「その話は後になさい、ファルゴ君。彼女は臨時の職員だから、こういう場には不慣れなんだ!」
「チッ……学長のアンタが言うのなら我慢してやるよ。今 は な!!」
ゴーダに凄みながらファルゴが一行のもとに戻っていく。
「大丈夫か?」その言葉にマローナはコクリと頷いた。
告別式の開始は午後になる。
それまでの間、一向は宿泊施設に向かう為、歓楽街へと向かう予定となっている。
駅前にはすでに、魔導四輪が待機していた。
共和国がほこる最先端の技術に聖王国陣営から感嘆の声があがる。
「ほほう、こいつは興味深いな。聖王国でも魔導船の開発は進んでおるが……馬を必要としない車を造ってしまうとは!」
「恐れ入ります。これも蒸気機関技術があってこその成果……ですが、まだまだ万全とは言い難い。いちはやく他国にも普及できるよう、開発局が改良を進めております」
「して、そなたは?」
「失礼いたしました。運転手のジェイクです。此度は聖王国のガルベナール様にご利用いただき、当方としても感無量であります」
「そう、かしこまるでない」
ガルベナールにゴーダ、ファルゴとマローナの四人で魔導四輪に乗り込む。
ほかの者たちは、別の車に搭乗することになる。
担当のジェイクは、この街でもっとも優れたドライバーだ。
運転技術もさることながら、誰よりも街の地理に明るい。
オマケに弁が立つ。
運転しながら近年の街の様子について語る彼に、宰相一家もご満悦といった感じだ。
「出番がなくて不満かい?」となりに座るゴーダが話しかけてきた。
「いえ、そんな事は……むしろ、この街を知り尽くしている運転手さんから色々な話が聞けて、勉強になります」
「勉強ね。勉強なら俺も色々と教えてやれるぜ……手取り足取りな」
宰相の孫が一々、ちょっかいをかけてくる。
どうして自制心のきかない彼に護衛をさせているのか?
真面目に役目を果たそうとするマローナにとって、ファルゴという存在は釈然としない。
「綺麗な貝殻のブレスレットですね、ジェイクさん」
穢れをはらうかのように、女史は話題をそらした。
その意図を知ってか知らずか、運転手は笑う。
「いいでしょう? 娘からのプレゼントなんですよ」
「お嬢さんがいるんですか? いくつになります?」
「まだ、五つです。今年も妻や娘と一緒に英誕祭を過ごせれば良かったんですが……栄えある仕事をいただいた以上は責任をもって引き受けさせていただきます!」
「殊勝だね~。俺だったら女を優先するな」
ファルゴが窓の外を眺めながら口をついた。
あまりにも不謹慎な一言で、車内に重苦しい空気が流れてきた。
ファルゴ・エンブリオン……彼のデリカシーなさは致命的だった。
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