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九十七話
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朗報は十日目にして飛び込んできた。
サーマリア共和国に、聖王国宰相ガルベナール・エンブリオンやって来る。
護衛長ランドルフから一報を受け、すぐさま詳細が聞きたいと打診した。
やはり、宰相は此処にくる。
勇士学校に残って機会をうかがったのは、正解だった。
浮きたつ気持ちが理性の蓋を押し退けようとする。
感情の波を荒らさないよう、ナズィール地区の大通りを歩く。
日曜の昼下がり、歓楽街はどこもかしこも、行列で賑わっていた。
この街には観光客が多く訪れる。
勇士学校もそうだが、近場にはセノーラの泉を始めとする観光スポットが幾つも点在する。
ゆえに、子供から老人、独り身や家族連れまで様々なニーズに対応できる施設、設備が整えられている。
ギデオンが訪れたのは、とあるパン屋だった。
手作りサンドが評判の店先には、焼きたてのパンを食す為のテーブル席が用意されていた。
長髪の青年は一足早く、テーブルに座り彼が来るのを待っていた。
「こうして、顔を合わせるのは一週間ぶりだな」
「ああ。ガルベナールについてどこまで判明したのか教えてくれ」
手にした珈琲カップに口をつけ、受け皿へと戻す。
容器の中でドリップされた液体が、緩やかに波打つ。
それを眺めながら、ランドルフは問いに答えた。
「すでに把握していると思うが、キンバリー・カイネンの告別式の日取りが決定した。英誕祭の前日、それにあわせて宰相が共和国入りをし、この街に来訪する」
「これまでカイネンの死は伏せてあったが、ようやく表に出してきたな。ガルベナールが此処を訪れる本当の目的は、証拠隠滅だろう。非合法な人体実験に関わっていた事が世間に公表されれば、宰相としての立場も危うくなる」
「それだけではないぞ。ギデオン、お前が言っていたファルゴという学生なんだが、調べたところ宰相の身内、孫にあたる人物だった……」
「そうか……これで色々と納得がいく。先日の模擬戦も手下にポイントを集めさせ、自身は参加すらしていなかったようだしな。同盟国の宰相の孫という立場を悪用していたとしても不思議ではない」
事前に注文しておいた卵サンドがテーブルに届いた。
香ばしいパンの匂いが鼻孔をくすぐる。
「こういう時ばかりは、超嗅覚であることが有り難く思える」と言いつつ卵サンドを頬張る。
「先に断っておくが……宰相が現地入りしたら私は、お前の手伝いは出来ないぞ。聖王国騎士団の一員として宰相の護衛に当たらなければならないからな。むろん、宰相自身ではなく周辺警護になるだろう」
「心配無用だ、ランドルフ。奴の裁き方など、どうとでもなる。それよりも先に、やらないといけない事が、いくつか残っている」
「例の手帳を解錠する話か?」
「それだけではない。ワイズメル・シオンや金色のオウムについても探らないといけない。聖獣も見つけ出して解放してやらねば……まだまだ、問題は山積している」
「お前を襲ってきた連中については、私では力になれそうにない。ただ、聖獣の事なら郷土史ではなく神話や口伝も調べておいた方がいいぞ」
「キンバリーの告別式まで、あと三日。それまでに着々と準備を進めるだけだ。ようやくだ……ようやく、奴をこの手で裁ける」
拳を握りしめるギデオン。
そこにどのような想いが込められているのか? ランドルフには解かりかねないだろう。
それでも、若き彼に賛同するのは、母国への愛情と言っていい。
国に蔓延る悪の所業、その一端を垣間見た以上は、彼としても見過ごせるはずがない。
護衛長……身分の縛られたまま思うように動けないランドルフは、今の自分に葛藤しているようだ。
祖国を護る為、剣に誓いを立てておきながら全うできず、すべて他者任せ。
それを結果として認識できている以上、なおさら実感していることだろう。
苛まれる青年の瞳は、道向こうから手を振る少女の姿を捉えて離さなかった。
すぐさま、背筋をのばし敬礼し出した。
「敬礼って……お前な」周囲から呆れの声がもれる。
「ギデオン、彼女には伝えないのか?」
「今までも散々、巻き込んでしまったからな。僕としては、危険な目にはあって欲しくないな」
「気持ちは分からなくもないが、シルクエッタ嬢からすれば今更だろう。黙っていれば、除け者扱いされたと憤慨されるぞ!」
「それは……」消せない蟠りに言葉を詰まらせる。
煮え切らない態度に、ランドルフが眉間を押えたまま膠着している。
「仕方ない、受け取れ」
「これは、魔道具のようだが……?」
「ああ、騎士団で使っている通信用の魔道具だ。これなら、直に話せない事でも話せるだろう?」
「いいのか? 貰っても?」
「どの道、渡そうと思っていたから構わん。これからの事を踏まえれば、通信手段は確保しておかないとな」
ひし形の小さな水晶を同志から受け取る。
「直接ではない伝え方か……」頭を掻きながら呟く。
息を弾ませ、頬を薄紅に染めた彼女が、二人のもとへ駆け寄ってきた。
サーマリア共和国に、聖王国宰相ガルベナール・エンブリオンやって来る。
護衛長ランドルフから一報を受け、すぐさま詳細が聞きたいと打診した。
やはり、宰相は此処にくる。
勇士学校に残って機会をうかがったのは、正解だった。
浮きたつ気持ちが理性の蓋を押し退けようとする。
感情の波を荒らさないよう、ナズィール地区の大通りを歩く。
日曜の昼下がり、歓楽街はどこもかしこも、行列で賑わっていた。
この街には観光客が多く訪れる。
勇士学校もそうだが、近場にはセノーラの泉を始めとする観光スポットが幾つも点在する。
ゆえに、子供から老人、独り身や家族連れまで様々なニーズに対応できる施設、設備が整えられている。
ギデオンが訪れたのは、とあるパン屋だった。
手作りサンドが評判の店先には、焼きたてのパンを食す為のテーブル席が用意されていた。
長髪の青年は一足早く、テーブルに座り彼が来るのを待っていた。
「こうして、顔を合わせるのは一週間ぶりだな」
「ああ。ガルベナールについてどこまで判明したのか教えてくれ」
手にした珈琲カップに口をつけ、受け皿へと戻す。
容器の中でドリップされた液体が、緩やかに波打つ。
それを眺めながら、ランドルフは問いに答えた。
「すでに把握していると思うが、キンバリー・カイネンの告別式の日取りが決定した。英誕祭の前日、それにあわせて宰相が共和国入りをし、この街に来訪する」
「これまでカイネンの死は伏せてあったが、ようやく表に出してきたな。ガルベナールが此処を訪れる本当の目的は、証拠隠滅だろう。非合法な人体実験に関わっていた事が世間に公表されれば、宰相としての立場も危うくなる」
「それだけではないぞ。ギデオン、お前が言っていたファルゴという学生なんだが、調べたところ宰相の身内、孫にあたる人物だった……」
「そうか……これで色々と納得がいく。先日の模擬戦も手下にポイントを集めさせ、自身は参加すらしていなかったようだしな。同盟国の宰相の孫という立場を悪用していたとしても不思議ではない」
事前に注文しておいた卵サンドがテーブルに届いた。
香ばしいパンの匂いが鼻孔をくすぐる。
「こういう時ばかりは、超嗅覚であることが有り難く思える」と言いつつ卵サンドを頬張る。
「先に断っておくが……宰相が現地入りしたら私は、お前の手伝いは出来ないぞ。聖王国騎士団の一員として宰相の護衛に当たらなければならないからな。むろん、宰相自身ではなく周辺警護になるだろう」
「心配無用だ、ランドルフ。奴の裁き方など、どうとでもなる。それよりも先に、やらないといけない事が、いくつか残っている」
「例の手帳を解錠する話か?」
「それだけではない。ワイズメル・シオンや金色のオウムについても探らないといけない。聖獣も見つけ出して解放してやらねば……まだまだ、問題は山積している」
「お前を襲ってきた連中については、私では力になれそうにない。ただ、聖獣の事なら郷土史ではなく神話や口伝も調べておいた方がいいぞ」
「キンバリーの告別式まで、あと三日。それまでに着々と準備を進めるだけだ。ようやくだ……ようやく、奴をこの手で裁ける」
拳を握りしめるギデオン。
そこにどのような想いが込められているのか? ランドルフには解かりかねないだろう。
それでも、若き彼に賛同するのは、母国への愛情と言っていい。
国に蔓延る悪の所業、その一端を垣間見た以上は、彼としても見過ごせるはずがない。
護衛長……身分の縛られたまま思うように動けないランドルフは、今の自分に葛藤しているようだ。
祖国を護る為、剣に誓いを立てておきながら全うできず、すべて他者任せ。
それを結果として認識できている以上、なおさら実感していることだろう。
苛まれる青年の瞳は、道向こうから手を振る少女の姿を捉えて離さなかった。
すぐさま、背筋をのばし敬礼し出した。
「敬礼って……お前な」周囲から呆れの声がもれる。
「ギデオン、彼女には伝えないのか?」
「今までも散々、巻き込んでしまったからな。僕としては、危険な目にはあって欲しくないな」
「気持ちは分からなくもないが、シルクエッタ嬢からすれば今更だろう。黙っていれば、除け者扱いされたと憤慨されるぞ!」
「それは……」消せない蟠りに言葉を詰まらせる。
煮え切らない態度に、ランドルフが眉間を押えたまま膠着している。
「仕方ない、受け取れ」
「これは、魔道具のようだが……?」
「ああ、騎士団で使っている通信用の魔道具だ。これなら、直に話せない事でも話せるだろう?」
「いいのか? 貰っても?」
「どの道、渡そうと思っていたから構わん。これからの事を踏まえれば、通信手段は確保しておかないとな」
ひし形の小さな水晶を同志から受け取る。
「直接ではない伝え方か……」頭を掻きながら呟く。
息を弾ませ、頬を薄紅に染めた彼女が、二人のもとへ駆け寄ってきた。
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