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八十六話

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食事中の魔獣アグカリモス。
そこに、忍び足で近づく影が一つ。

それは、蜜酒の入った瓶を片手に己が使命を果たさんとすブロッサムだった。
何故、ギデオンではなく彼が?

もちろん、頼まれたからだ。
蟲の群れがたかっていても平然とする象。
その光景に安全を確信した彼が、迷うこともなく瓶を手渡してきた。

期待と信頼。

人一倍、責任感の強いブロッサムは彼の想いを無碍むげにはできなかった。

やる事は簡単だ。
この瓶の中にある酒を飲ませ、アグカリモスを手なずけるだけ……。
何分、初めての体験だ。
魔獣との距離が近くなるほどに移動する歩幅が小さくなってゆく。

「ちょっと、何をしているんです!? 大の男が温厚なアグカリモス相手にビクついてどうするの!? そんなのサッと口の中に突っ込んでダ―っと戻ってくればいいでしょ?」

「バ、バージェニル殿……気が散るので少し静かにしてくれぬか。せりゃ――!!」

女子にあおられ、覚悟を決めた彼がアグカリモスに蜜酒を与える。
瓶から口に流し込むと瞬時に吸い込まれてゆく。

「よし! 今だ。縄を巻き付けるぞ」

ギデオンの号令で、縄を運んでいく女子二人。
縄は、アルラウネが作った植物性のものだ。
二本ある象牙の根元に、それぞれ縄の端を結び付け手綱をつける。
これで完了だ。

「ギデだったわね!? 貴方もそんな所に突っ立っていないで、アグカリモスを動かしてくれないかしら! 乗獣操作できるのは貴方しかいないんだから!」

「象用のくらを作るから、三人で引っ張ってきてくれ!」

「何か、妙に言いくるめられている気がするわ!!」

実際そうだった。
ギデオンの蟲嫌いを知らない三人にとって、彼の行動は若干、不可解なものとなっていた。

ある者は、サボっていると感じ。
ある者は、一連の言動には意味があると深読みし。
また、ある者は疑うことなく納得し従っていた。


象型の魔物の走る速度は意外にも速い。
平均、時速50キロメートルは加速する。
持久力も高く、一日にかなりの距離を移動できる。

普段は、余程のことが起きない限り走らないという欠点さえなければ、申し分ない。

しかし、それは解決済みだ。
今のアグカリモスは蜜酒により興奮状態にあった。
当然、手綱で合図を送れば重戦車のごとく大地を踏みしめ草原を突っ切ってゆく――――――


およそ、二時間で古城前に到着した。
辺りは、すっかり日が落ちて暗くなっていた。
切り立つ崖の古城。
闇夜にひっそりと佇む朽ちた外観は、薄気味悪さしか感じない。
城門につながる跳ね橋は所々、穴が開いて本当に大丈夫なのか? と不安を煽る。

「皆、待て!」橋を渡る直前でギデオンが全員を止めた。

「いるわね」どうやらバージェニルに気づいたらしい。

互いの背中を合わせ、周囲を警戒する四人。
砂利を踏み鳴らす音とともに、暗闇の中から人影があふれ出てきた。

「かか、囲まれてまっ……」怯える魔法少女。

「落着くんだ。コイツらは僕たちと同じ模擬戦参加者だ……どういうわけか、血生臭いがな」


「なぁーんだ、あっさりとバレちまったな。面白くねぇーな、おい! 通行料払えや!!」

「通行料だ? 何をたわけた事を言っておる!」ブロッサムが眉間にシワを寄せた。

ギデオンたちの前に現れたのは、上位クラス生徒たちのようだ。
女子生徒は一人もいない。
見るからにクラス落ちしそうな男たちの群れ。
全員、素行の悪さだけが際立ち、好き勝手にしている。
これでは、上位クラスの品格どころか、勇士学校生全体の沽券こけんに関わる。
英雄ではなく強盗が育つ学校なんて洒落にならない。

「あん? ふざけてんのはオマエらだよ。この城は、今日からファルゴ様の物だ!! 大人しく参加書の地図を置いていけ! そしたら、見逃してやってもいいぜ。女ども以外はよぅ――!!」

「アンタたち!! それ以上は――――」

怒り心頭となるバージェニルの肩に触れつつ、ギデオンは言い放つ。

「遺言はそれだけか……」

「はぁぁあん? 低クラスの奴が俺らに敵うわけ?」


「貴様ら、先ほどから口先ばかりではないか? ほれ、地図なら此処にある! 力尽くで奪いに来い!」挑発するブロッサム。

「上等だ、実力の差って奴をみせてやる!!」生徒たちが凶器を手にし飛びかってくる。

模擬戦ルールでは基本、対人戦において、は禁止されている。
もしも、間違いを犯そうものなら、魔法による強制干渉により参加者を行動不能にすることもある。

それでも連中は、ためらわず行動に出た。
という事は、何か抜け道あるということだ。

「奴ら、本気で攻撃をしかけてきますぞ!」

「分かっている。どうにか、この数をさばききって無力化するぞ」

「連中を足止めすればいいのね!? 私の出番ね!」

「何か良い方法があるのか?」

「まあ、見てなさいって」

バージェニルがしたり顔で拳銃を構える。
拳銃とは言っても、玩具だ……作りが荒い。
パァーン! という甲高い音を鳴らし、飛び出した弾丸が宙で炸裂した。
辺りに真っ赤な霧が立ち込めた。
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