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八十三話
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どこからともなく新緑の香りがする。
風に煽られざわめく神木の枝葉。
木漏れ日で透過されながら淡い影を落とす。
枝葉の影は踊る。
その者を深き眠りから覚ますように。
吃驚させようと、当人の上を泳いでいる。
神々は、それを精霊の悪戯と呼んだ。
今日もまた、彼ら精霊は神星ユナテリオンの神域に迷い人を運んできた。
ただし、此処には資格ある者しか訪れること叶わない。
「此処は? 僕は……どうなってしまったんだ?」
神木の根元で目を覚ました彼は、周囲の変化に案の定といった反応を示した。
その手の反応は、もう数十億回は見てきた。
今回はハズレということなのだろう……。
神々は飽きていた。
気の遠くなるような歳月、神域や地上を監視してきたが世界規模の大変動が起きたことは今まで二度しかない。
起こるのは、せいぜい各地での小競り合いだ。
それを話すと人間は決まって不快感を示す。
神にとっては矮小存在でありながらも、命の価値とは何たるかを説いてくる。
その価値ですら神々が人に与えたもうた概念だというのに……。
物を知らないとは、つくづく嘆かわしいことだと神々は主張する。
「にしても遅い……」足でパタパタと地面を鳴らし神は待っていた。
さきほど、目覚めたのだから、そろそろこちらに来て良さそうなのだが……。
一向にやって来る気配がしない。
これ以上はラチが明かないと神木へと向かう。
寝ていた……こともあろうか、二度寝してやがる。
神は憤怒し彼に近づいた。
途端、その瞳がパッチリと開く。
それと同時に、鼻先ギリギリを刃が通過してゆく。
「うぉい! 一体、どういう了見だ? 狸寝入りしてまで、神に刃を向けるとは! お前、異常性だけなら過去一、二を争う迷い人だぞ!」
「それはコッチの台詞だ。どうして生きている? というか、会話できたのか? サトラ」
「なるほどな。まだ、事態が把握しきれていないみたいだな……確かに、俺はサトラだ。けど、お前が戦っていた偽物とではない。正真正銘、本物の軍神サトラ様だ」
「……何か、偽物っぽいな。自分を様づけで呼んでいる時点で。そもそも、仮面のせいで素顔すら知らないんだが?」
「お前……どんだけ疑り深いんだよ。まぁ、いいや! どうして呼ばれたのか大体、察しているよな?」
「さっさと要点だけ伝えろ。僕は模擬戦の最中だ、同行している二人を待たせるわけにもいかない」
その言葉に、サトラはフッと笑みをこぼした。
軍神である彼にとって、少年の大胆不敵かつ失礼千万な物言いは、ある意味、新鮮味があった。
コイツは神を恐れていない。
というよりも、種族の違い自体に囚われていない稀有な心の持ち主だ。
そう評価し、彼が神々の代行者として選ばれたことを受け入れた。
「女神ミルティナス様からの言伝を預かっている。このナズィールの地にて神獣を目覚めさせよとのことだ」
「神獣か……ひょっとして」
「ああ、お前が思い浮かべている奴だ。いいか、神獣を見つけ出し解放しろよ――――」
「ギデ殿、ギデ殿!!」
サトラの声が遠くなり消えてゆく。
それと入れ替わりで、自分の名を連呼するブロッサムの声がした。
「大丈夫だ……少し、立ち眩みがしただけだ」
額に手をあてたまま、瞳を開くと正面に大きなレリーフが飾られていた。
そこに描かれているのは、木兎、宿り木のとまるミミズクだった。
ようやく、記憶が戻ってきた。
ギデオンは自身の両頬を軽く叩いた。
クレイゴーレムを撃退した直後、回廊奥の本殿から怪しい光が放たれた。
それが何なのか? 確認しに来たところで、この巨大レリーフを発見したというわけだ。
素材となる白木に手が触れた瞬間、ステータス画面となる手鏡が自動で出現した。
これは以前、エルフの神殿ヌデゥ=ガーポーで宝玉に触れた時と同様の現象だった。
今回は、それだけに終わらず意識まで飛んでいたらしい。
短い夢を見ていた気分だが、間違いなくサトラから啓示を受けた。
「ん、転移陣……今度はちゃんとした物みたい、です」
少女に教えられ振り向くと、出口近くの空間に光の転移陣が浮き上がっていた。
先程の発光は、コイツが解放されたものだろう。
どうやら、ボス部屋攻略の条件は満たしたようだ。
一向は、すぐさま陣の中へと駆けこんだ――――――
近くにチェックポイントの台座が設置されていた。
周囲を見回すと山のような岩石が円周に立ち並び、地上に帰還した彼らを囲っていた。
第三チェックポイント、ストーンサークル。
どうやら瀑布の転移陣は、此処につながっているようだ。
上位クラスの連中は、どうやって情報を得たのか?
ショートカットする為のコースを事前に把握していたことになる。
もしかしたら、トラップの転移陣も本来ならば、別の場所に飛ばされるだけの物だったのかもしれない。
色々と思考してみるも、どれも済んだことだ。
今更、気にしても始まらない。
「二人とも、更新を済ませ―――「動くな!」
ブロッサムの背後から、不意に女の声が聞こえた。
空耳などではない。
彼の喉元にはククリナイフが突きつけられている。
両手をあげるブロッサム。
それを確認すると女が姿を現わした。
風に煽られざわめく神木の枝葉。
木漏れ日で透過されながら淡い影を落とす。
枝葉の影は踊る。
その者を深き眠りから覚ますように。
吃驚させようと、当人の上を泳いでいる。
神々は、それを精霊の悪戯と呼んだ。
今日もまた、彼ら精霊は神星ユナテリオンの神域に迷い人を運んできた。
ただし、此処には資格ある者しか訪れること叶わない。
「此処は? 僕は……どうなってしまったんだ?」
神木の根元で目を覚ました彼は、周囲の変化に案の定といった反応を示した。
その手の反応は、もう数十億回は見てきた。
今回はハズレということなのだろう……。
神々は飽きていた。
気の遠くなるような歳月、神域や地上を監視してきたが世界規模の大変動が起きたことは今まで二度しかない。
起こるのは、せいぜい各地での小競り合いだ。
それを話すと人間は決まって不快感を示す。
神にとっては矮小存在でありながらも、命の価値とは何たるかを説いてくる。
その価値ですら神々が人に与えたもうた概念だというのに……。
物を知らないとは、つくづく嘆かわしいことだと神々は主張する。
「にしても遅い……」足でパタパタと地面を鳴らし神は待っていた。
さきほど、目覚めたのだから、そろそろこちらに来て良さそうなのだが……。
一向にやって来る気配がしない。
これ以上はラチが明かないと神木へと向かう。
寝ていた……こともあろうか、二度寝してやがる。
神は憤怒し彼に近づいた。
途端、その瞳がパッチリと開く。
それと同時に、鼻先ギリギリを刃が通過してゆく。
「うぉい! 一体、どういう了見だ? 狸寝入りしてまで、神に刃を向けるとは! お前、異常性だけなら過去一、二を争う迷い人だぞ!」
「それはコッチの台詞だ。どうして生きている? というか、会話できたのか? サトラ」
「なるほどな。まだ、事態が把握しきれていないみたいだな……確かに、俺はサトラだ。けど、お前が戦っていた偽物とではない。正真正銘、本物の軍神サトラ様だ」
「……何か、偽物っぽいな。自分を様づけで呼んでいる時点で。そもそも、仮面のせいで素顔すら知らないんだが?」
「お前……どんだけ疑り深いんだよ。まぁ、いいや! どうして呼ばれたのか大体、察しているよな?」
「さっさと要点だけ伝えろ。僕は模擬戦の最中だ、同行している二人を待たせるわけにもいかない」
その言葉に、サトラはフッと笑みをこぼした。
軍神である彼にとって、少年の大胆不敵かつ失礼千万な物言いは、ある意味、新鮮味があった。
コイツは神を恐れていない。
というよりも、種族の違い自体に囚われていない稀有な心の持ち主だ。
そう評価し、彼が神々の代行者として選ばれたことを受け入れた。
「女神ミルティナス様からの言伝を預かっている。このナズィールの地にて神獣を目覚めさせよとのことだ」
「神獣か……ひょっとして」
「ああ、お前が思い浮かべている奴だ。いいか、神獣を見つけ出し解放しろよ――――」
「ギデ殿、ギデ殿!!」
サトラの声が遠くなり消えてゆく。
それと入れ替わりで、自分の名を連呼するブロッサムの声がした。
「大丈夫だ……少し、立ち眩みがしただけだ」
額に手をあてたまま、瞳を開くと正面に大きなレリーフが飾られていた。
そこに描かれているのは、木兎、宿り木のとまるミミズクだった。
ようやく、記憶が戻ってきた。
ギデオンは自身の両頬を軽く叩いた。
クレイゴーレムを撃退した直後、回廊奥の本殿から怪しい光が放たれた。
それが何なのか? 確認しに来たところで、この巨大レリーフを発見したというわけだ。
素材となる白木に手が触れた瞬間、ステータス画面となる手鏡が自動で出現した。
これは以前、エルフの神殿ヌデゥ=ガーポーで宝玉に触れた時と同様の現象だった。
今回は、それだけに終わらず意識まで飛んでいたらしい。
短い夢を見ていた気分だが、間違いなくサトラから啓示を受けた。
「ん、転移陣……今度はちゃんとした物みたい、です」
少女に教えられ振り向くと、出口近くの空間に光の転移陣が浮き上がっていた。
先程の発光は、コイツが解放されたものだろう。
どうやら、ボス部屋攻略の条件は満たしたようだ。
一向は、すぐさま陣の中へと駆けこんだ――――――
近くにチェックポイントの台座が設置されていた。
周囲を見回すと山のような岩石が円周に立ち並び、地上に帰還した彼らを囲っていた。
第三チェックポイント、ストーンサークル。
どうやら瀑布の転移陣は、此処につながっているようだ。
上位クラスの連中は、どうやって情報を得たのか?
ショートカットする為のコースを事前に把握していたことになる。
もしかしたら、トラップの転移陣も本来ならば、別の場所に飛ばされるだけの物だったのかもしれない。
色々と思考してみるも、どれも済んだことだ。
今更、気にしても始まらない。
「二人とも、更新を済ませ―――「動くな!」
ブロッサムの背後から、不意に女の声が聞こえた。
空耳などではない。
彼の喉元にはククリナイフが突きつけられている。
両手をあげるブロッサム。
それを確認すると女が姿を現わした。
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