異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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七十二話

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学術都市、ナズィール。
かつて、ここはそう呼ばれていた。
勇士学校は最初の十人が一人、ルヴィウスが創立したとされる東大陸初の教育機関だ。

健全なる肉体を育む。
確かな知識を得る。
不浄を取り除く寛容な精神こころを持つ。

この三つを校訓とする学校は、これまで数多の、英雄英傑を輩出してきた。

実績があるからこその格式高さ。
永い歳月を経ての抽出されてきた技能と知識が充実した学び舎。
勇者や英雄を目指す若者にとっては、これ以上にない最高の環境である。
よって、まずはこの学校を門を叩く事が英雄への第一歩だと言われている。

「凄い……注目されているな」

到着した傍から、無数の視線を感じる。
校舎の中からだ。
上手い事、気配を経っているつもりなんだろうが、嗅覚で察知できるギデオンには意味を成さない。
おもしろい事に人間とは感情が昂るほどに濃い匂いを発する。
そのわずかな変化を読み取ることができれば、何をしているのかまで大まかに知ることができる。

「二人とも、まずは学長に挨拶と……いきたいところだが、あいにく今は不在だ。とりあえず、学年主任のところへ――」

「ん! その必要はないですよ。護衛長殿」

先頭を歩いていたランドルフの前に、腫れぼったい唇をした男性がやってきた。
黒シャツに黒ズボンと一色でコーディネートされた彼の腕には名簿のようなモノが抱えられている。

「紹介する。こちらが、学年主任のミチルシィ先生だ」

「オホン。三年の担当をしております、ミチルシィ・エンピです。宜しく、お願い致しますね」

「シルクエッタ・クリーンです。残り三名の臨時講師は明日みょうにち、登校すると思いますので」

「そうですか。して、そちらが例の留学生ですか……んん!!」

学年主任のミチルシィが、何かを精査するかのようにギデオンの周囲をグルッと一周する。
厚い下唇に指先を添え、真剣に考えこんでいるようだった。
若干、性癖が偏っていそうな気もしない主任だ。
ギデオンの身体中に手をかざしている。
まるで、水晶占いの水晶として扱われているようで気持ち悪い。

「ギデ君だったかね? 君、女難の相が出ているね。気をつけなさい、此処には君のような変わり種を求める女生徒は多いからね!」

「僕が留学生だからですか?」

「んん!! 特にに気をつけなさい。アレは、いつでもどこでも目をつけた者の動向を探っているゾ」

「鳥……それは、一体? あと、のど飴たべます?」

「失礼、歳を取るとたんが絡みやすくていけない。鳥について知りたければ後で図書館にでも行けばわかるゾ。それじゃ、私は授業があるから失礼するよ、んん!」

ミチルシィは手を軽く振って去ってゆく。
どうやら、彼はリアクションが変なだけで他意はなさそうだ。

「ボクも、訓練棟に向かうよ。実技講習があるからね」

「分かった。放課後、職員寮の前で集まろう」

シルクエッタとも別々に行動を開始する。

ギデオンにとって一般的な学校というものは、全てが真新しく、別世界を映した何かに見えていた。
修道会に通ってはいたものの、学び舎は教会だけしかなかった。
教会では主に、学問や宗教について学ぶことが多かったが、それでは物足りないと感じていた。
端的に、言ってしまえば刺激が少なかった。

「エィ! ハッ!」渡り廊下に剣を振るう生徒たちの微かな気迫が届く。

今にして思えば、剣技や魔法を学べるのは貴族の特権のようなものだった。
裕福な者であるからこそ、家庭教師をつけたり騎士訓練所に通えたりもした。
貧しい者は何か学ぶどころか、教会すら通う事ができない。

神は平等をうたいながら、民衆は分配された不平等を手に取る。
聖王国の歪な構造。
それは此処に来て顕著けんちょに浮き出てきた。
あたかも、火であぶり出しにされた絵のように、時間が経てば経つほど炎に焼かれ、灰と化してゆく。
今の祖国は、まさに動乱の炎に飲み込まれようとしていた。

「何と言うか……素晴らしい場所だな。ここでは、平民も貴族も分け隔てなく英雄としての資質があれば生徒として認められるそうだ。家柄や品位を重んじるばかりの聖王国では、あり得ないな」

近くで護衛長が呟いた。
ギデオンにむけて発しているのではなく、あくまで独り言としてでだ……。

「なぁ、ランドルフ。どうして僕に手を貸そうとする?」

ギデオンの問いに彼は肩をすくめて続いた。
その視線は彼と真逆の方を向いている。

「さあーな。ただ、借りた恩を返しているだけなんだろうな。そういうのが男であり、騎士としての誇りだと夢みているんだろうよ」

「ランドルフ……その夢、現実にしてみたいと思わないか?」

「お前…………本気で言っているのか!?」

突拍子もない申し出に、ランドルフ自身も知らぬ間にギデオンの方を直視していた。
その瞳は、吸い込まれてしまいそうなほど深く真っすぐな輝きに満たされていた。

「これはギデオンとしてでは無い。ギデとしての頼みだ、僕に力を貸してくれないか! ランドルフ!?」
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