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六十三話
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自分たちの言いなりになる気弱な仲間。
その従順な態度は他の三人を悦に浸らせる。
年齢的には、四人ともギデオンとさほど変わりない。
冒険者としてもそれほど経験があるようには思えない。
何より、彼らは精神的に未成熟だった。
知能が低いからという理由ではない。
育ちが悪く教養が身についていないから、物事を浅慮的にしか捉えられない。
つまり、彼らは世間一般という感覚に馴染んでいない。
空の引き出しは、学びを得て知識を詰め込まなければ空のままだ。
何をどう比較すればいいのかという基準すらままならないのだから、あの三人に罪の意識など芽生えるはずもない。
だからといって、それが免罪符になるわけでもない。
大昔の偉人たちも、こう言っている無知は罪だと。
人には、最低でも知ろうとする権利、自由が与えられている。
それを行使せず放置した挙句、知らなかったと言っても救いの手を差し伸べる者は誰もいない。
いるとしたらゼインのような自己利益を求める虚言者ぐらいだ。
さらに、先人たちはこうも言っている。
もっとも、厄介な敵は無能な味方であると……。
「ああっ! すみません」
列車が走り出すと同時に、ギデオンは四人の傍を通りかかった。
あたかも、車内の揺れでバランスを崩したように前屈みになり、手元の忍ばせておいた物を落下させた。
カシャン――
そう小さな音を鳴らしたのは金の懐中時計だった。
遠すぎず、はっきりと分かるように相手の足下に飛ばした。
「ねぇ、コレ落としてんだけど」
予想外な事に、隣に座っていた女の方が先に懐中時計へ手を伸ばしてしまった。
けれど、それで仕込みは完了だ……。
誰が手にとるのではなく、何が落ちたのか相手に気づかせればいい。
ギデオンの狙いはそこにあった。
「わぉ~! その時計、超年代物じゃねぇー!? マジモンの純金製じゃん!! なぁ、アンタ……これ何処で手に入れたんだ!?」
狙い通り、食いついてきた。
ギデオンは、口元を手で覆いながら、取り巻きの男に答える。
「実家にあったんです。祖父の形見で、こうしたアンティークな物が数々、残されているんです」
こうでも言えば完璧だ。
四人の中で一番、崩しやすいのは女の方ではなく取り巻きの方だ。
リーダー格の男は勿論、無抵抗な弄られ役にはこの方法は通用しない。
重要なのは誰がもっとも物欲が強いかだ。
ギデオンの見立てでは自らが矢面に立たず強者の陰に隠れている者こそ、欲望に忠実で自身を律することができない。
こういった人物は大抵、狡猾な野心家だ。
教養はなくとも、金目のモノには無駄に詳しい。
興味関心があるものに異常なまでに没頭する。
ある種、才覚でもあるがそれ以外は全ておざなり、中途半端だ。
ゆえに周囲の環境や状況に流されやすい。
露骨すぎては彼らの神経を逆撫でてしまう。
あくまで自然に、さり気なく……それでいて鮮烈に。
どうすれば、貧困に喘ぐ人々が富に群がってくるのかを、子爵の息子であった彼は何度も目にしてきた。
あとは相手がどう話を持ち掛けてくるのかだけ――――
席に戻るとギデオンは静かに瞳を閉じその時を待った。
「ちょっと、相席いいかな?」
「ええ、構いませんよ」
すべて計算通り、こうも上手く事が運ぶのだ。
先程までの怒りが嘘のように静まり、愉快な気分になってきたのだろう。
下腹部の上で組んだ手先が軽やかにリズムを刻んでいる。
実際、残された連中の注意は散漫になっていた。
彼らの性格上、こちらの様子を気にせずにいられるわけもない。
ヒソヒソと何かを話す声が絶えず漏れている。
このまま、この取り巻きの男を上手く言いくるめて分断させておけばいい。
それがギデオンの狙い…………だった。
「あれ……?」
事実とは、奇なるモノだ。
当たり前の連続でありながらも、それを意図した場合に限り想像の斜めをゆく事態が発生する。
目下、ギデオンはそれに直面していた。
彼と向い合うように着席したのは、取り巻き男ではない。
四人の中で、ほぼ攻め崩す事ができないと思われていた彼女だった。
女の気立てからして、異性に声をかけられれば警戒するはずだ。
フランクに接すれば、それだけで不快感を煽る。
ギデオンはそう考えていた。
よくよく思い返してみて彼は気づいた。
「そういえば、一言も口をきいてなかった……」自身の詰めが甘かったことに頭を抱える。
「アンネリス」
「えーっと……」
「鈍いわね! 名前よ、名前!」
「僕はギデです。見ての通り、駆け出しの冒険者です」
「セカンダリィね……ふぅーん」
何がふぅーんなのか? ギデオンには分からなかった。
それでも、アンネリスと名乗る赤毛の彼女が向ける視線には覚えがある。
値踏みする眼、物の価値を見定め吟味する。
慣れているとはいえ、彼にとっては、もっとも辟易する眼差しだ。
何か特別な事情でもあるのだろうか?
その眼にはわずかながら、真剣味が混じっているようにも見えた。
女がギデオンに交渉を持ちかけようとしているのは確実だった。
その従順な態度は他の三人を悦に浸らせる。
年齢的には、四人ともギデオンとさほど変わりない。
冒険者としてもそれほど経験があるようには思えない。
何より、彼らは精神的に未成熟だった。
知能が低いからという理由ではない。
育ちが悪く教養が身についていないから、物事を浅慮的にしか捉えられない。
つまり、彼らは世間一般という感覚に馴染んでいない。
空の引き出しは、学びを得て知識を詰め込まなければ空のままだ。
何をどう比較すればいいのかという基準すらままならないのだから、あの三人に罪の意識など芽生えるはずもない。
だからといって、それが免罪符になるわけでもない。
大昔の偉人たちも、こう言っている無知は罪だと。
人には、最低でも知ろうとする権利、自由が与えられている。
それを行使せず放置した挙句、知らなかったと言っても救いの手を差し伸べる者は誰もいない。
いるとしたらゼインのような自己利益を求める虚言者ぐらいだ。
さらに、先人たちはこうも言っている。
もっとも、厄介な敵は無能な味方であると……。
「ああっ! すみません」
列車が走り出すと同時に、ギデオンは四人の傍を通りかかった。
あたかも、車内の揺れでバランスを崩したように前屈みになり、手元の忍ばせておいた物を落下させた。
カシャン――
そう小さな音を鳴らしたのは金の懐中時計だった。
遠すぎず、はっきりと分かるように相手の足下に飛ばした。
「ねぇ、コレ落としてんだけど」
予想外な事に、隣に座っていた女の方が先に懐中時計へ手を伸ばしてしまった。
けれど、それで仕込みは完了だ……。
誰が手にとるのではなく、何が落ちたのか相手に気づかせればいい。
ギデオンの狙いはそこにあった。
「わぉ~! その時計、超年代物じゃねぇー!? マジモンの純金製じゃん!! なぁ、アンタ……これ何処で手に入れたんだ!?」
狙い通り、食いついてきた。
ギデオンは、口元を手で覆いながら、取り巻きの男に答える。
「実家にあったんです。祖父の形見で、こうしたアンティークな物が数々、残されているんです」
こうでも言えば完璧だ。
四人の中で一番、崩しやすいのは女の方ではなく取り巻きの方だ。
リーダー格の男は勿論、無抵抗な弄られ役にはこの方法は通用しない。
重要なのは誰がもっとも物欲が強いかだ。
ギデオンの見立てでは自らが矢面に立たず強者の陰に隠れている者こそ、欲望に忠実で自身を律することができない。
こういった人物は大抵、狡猾な野心家だ。
教養はなくとも、金目のモノには無駄に詳しい。
興味関心があるものに異常なまでに没頭する。
ある種、才覚でもあるがそれ以外は全ておざなり、中途半端だ。
ゆえに周囲の環境や状況に流されやすい。
露骨すぎては彼らの神経を逆撫でてしまう。
あくまで自然に、さり気なく……それでいて鮮烈に。
どうすれば、貧困に喘ぐ人々が富に群がってくるのかを、子爵の息子であった彼は何度も目にしてきた。
あとは相手がどう話を持ち掛けてくるのかだけ――――
席に戻るとギデオンは静かに瞳を閉じその時を待った。
「ちょっと、相席いいかな?」
「ええ、構いませんよ」
すべて計算通り、こうも上手く事が運ぶのだ。
先程までの怒りが嘘のように静まり、愉快な気分になってきたのだろう。
下腹部の上で組んだ手先が軽やかにリズムを刻んでいる。
実際、残された連中の注意は散漫になっていた。
彼らの性格上、こちらの様子を気にせずにいられるわけもない。
ヒソヒソと何かを話す声が絶えず漏れている。
このまま、この取り巻きの男を上手く言いくるめて分断させておけばいい。
それがギデオンの狙い…………だった。
「あれ……?」
事実とは、奇なるモノだ。
当たり前の連続でありながらも、それを意図した場合に限り想像の斜めをゆく事態が発生する。
目下、ギデオンはそれに直面していた。
彼と向い合うように着席したのは、取り巻き男ではない。
四人の中で、ほぼ攻め崩す事ができないと思われていた彼女だった。
女の気立てからして、異性に声をかけられれば警戒するはずだ。
フランクに接すれば、それだけで不快感を煽る。
ギデオンはそう考えていた。
よくよく思い返してみて彼は気づいた。
「そういえば、一言も口をきいてなかった……」自身の詰めが甘かったことに頭を抱える。
「アンネリス」
「えーっと……」
「鈍いわね! 名前よ、名前!」
「僕はギデです。見ての通り、駆け出しの冒険者です」
「セカンダリィね……ふぅーん」
何がふぅーんなのか? ギデオンには分からなかった。
それでも、アンネリスと名乗る赤毛の彼女が向ける視線には覚えがある。
値踏みする眼、物の価値を見定め吟味する。
慣れているとはいえ、彼にとっては、もっとも辟易する眼差しだ。
何か特別な事情でもあるのだろうか?
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女がギデオンに交渉を持ちかけようとしているのは確実だった。
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