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六十一話
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宿屋でチェックインを済ませたギデオンは、その足でセントラルパークへと向かった。
その目的は、無事再会を果たした幼馴染と会食する為にある。
彼女とは一ヶ月近くも会っていなかった。
といっても……前回は前回でギデオン自身が暗殺事件の渦中にいた為、落ち着いては会話することもままならなかった。
シルクエッタが共和国への遠征に出て以来、もう一年以上経過している。
二人にとっては本当に久しぶりの事、お互い募る話も多くある。
「おっと……」
背負ったままのカバンがズレ落ちそうになり、彼は慌ててなおした。
旅行者が使うには、少々大き目で嵩張るが、この大きさが重要だった。
セントラルパークに向かうがてら、彼は園芸店へと立ち寄ることにした。
別段、園芸の趣味に目覚めたわけではない。
入用な物をいくつか揃えたかったからだ――――
「鉢植えと培養土、それにマジックソイル。これだけあれば、どうにかなるだろう」
「へぇ~、君って植物を育っているんだ!」
待ち合わせしたカフェテラスの前で購入した品を確認するギデオン。
すると、横脇からポニーテールの少女がひょっこりと顔を出してきた。
一瞬、誰か分からず目を見張る。
が、安らぐような匂いで彼女がシルクエッタだとすぐに判明した。
普段の法衣姿に見慣れてしまっていたギデオンにとって、数年ぶりに目にする幼馴染の私服は新鮮味があった。
薄紫色のプリーツドレスとの色合いの対比が、シルクエッタの瑠璃色の瞳を一際、強調させている。
胸元にはささやかな銀のネックレスが、煌めいている。
いつもの魔除けのモノではない……しっかりとしたアクセサリーだ。
「どうしたの? ヘンかな……」シルクエッタが少し不安気に問いかける。
「僕にそれを訊くのかい?」とギデオンが返してみせると彼女はクスクスと笑っていた。
ギデオンはシルクエッタを――
シルクエッタはギデオンを――
深く理解し通じ合っていた。
言葉足らずでもお互いが何を抱え、何を望んでいるのか、ほんのわずかな挙動で見抜けてしまう。
嘘などは通じない、口にすれば一瞬で分かってしまう。
それでも、彼らは互いの嘘を赦し合っている。
例え、相手に察せられているとしても必ず理解してくれる事は分かっていた。
分かりすぎているが故に、甘え依存しまう自分たちが怖かった。
物事に永遠などない、いつかは瓦解する時が訪れる。
彼らは大人になりつつあった……。
だからこそ、その時が訪れるまでは一緒に寄り添いたいとギデオンは思っていた。
でも、シルクエッタは違った。
想いは一緒でも考えは異なる。
彼女は、ギデオンに対して幼馴染以上の特別な感情を抱いてしまっていた。
イケない事だと知っていても、何がイケないのか納得できなかった。
ただただ、彼に拒絶される事を恐怖してしまった。
恐れている内に、彼の傍にいるのが辛くなってしまった。
それが、シルクエッタの共和国遠征の理由だ。
この事だけは絶対に口にできない。
こんな話を知られれば、きっと彼は傷つき自分に幻滅する。
なぜなら、ギデオンは慈愛の精神に満ちたシルクエッタを敬い慕っている。
彼女は胸が痛くなるほど、自身の行いを後悔していた。
決して不純な想いを抱いたからではない。
彼と離れ離れになるのがこんなにの心苦しいと思わなかったからだ。
その事があったからだろう。
シルクエッタは信仰心は自身の願望により揺らぎ始めていた――――――
「シルクエッタ?」呆然としながらテーブルに座ったままの彼女にギデオンが呼び掛けた。
「あっ! ごめん、ごめん。ちょっと、考え事してたんだ。そっか……ギデオンも此処に来るまでの間、色々とあったんだね。でも、君が冒険者になるとは思ってもみなかったよ」
「ああ、今は大陸横断鉄道の護衛依頼を受けているんだ。シルクエッタの方は、前と同じく負傷者の治療をする為に前線にむかっている感じなのか?」
「ううん。ボクは、ナズィールにあるルヴィウス勇士学校に臨時講師として呼びだされてきたんだ。何でも、治癒師の講師が不足しているみたい……けれど、何か変なんだ」
「変? 具体的には――」
「うん。ただの臨時講師で学校に行くだけなのに、何故か護衛がついているんだ。ボクだけじゃない、講師依頼を受けた他の娘にも護衛がつけられている」
「それは随分と物々しいな。この街の異常と何ら繋がりがあるのか……?」
ガタッと椅子の鳴る音がした。
彼の何気ない一言を聞いたシルクエッタが、身を前に乗り出しながら言った。
「君もなの? 君もボクと同じ違和感に気づいた? そうなの……他の人に訊いても誰も気づいていなかったから、気のせいだと思ったけどアレは確実に起こった事なんだ」
「そうだ。しかし原因が特定できない以上は僕たちでは、どうにもできない話だ」
「なんだか、歯がゆいねぇー」
「仕方ないさ、僕たちには僕たちの目的がある、それに……あんまり気にし過ぎると向こうが方から追ってくるぞ」
「もう! 怖い事いわないでよ~」
「悪い、悪い。少し、冗談が過ぎた」
怖がりなシルクエッタが耳を塞いでいた。
昔から変わらない、そのリアクションに珍しくギデオンが声に出して笑った。
今だけは以前のまま。
今だけは、何のしがらみも待たないギデオン個人として。
その日、二人は夜遅くまで思い出話に花を咲かせた。
内容のほとんどは他愛ない日常の事だった。
けれど、彼らにとってはどれを一つ取ってもかけがえのない宝物。
色あせる事のない記憶が、そこあった。
その目的は、無事再会を果たした幼馴染と会食する為にある。
彼女とは一ヶ月近くも会っていなかった。
といっても……前回は前回でギデオン自身が暗殺事件の渦中にいた為、落ち着いては会話することもままならなかった。
シルクエッタが共和国への遠征に出て以来、もう一年以上経過している。
二人にとっては本当に久しぶりの事、お互い募る話も多くある。
「おっと……」
背負ったままのカバンがズレ落ちそうになり、彼は慌ててなおした。
旅行者が使うには、少々大き目で嵩張るが、この大きさが重要だった。
セントラルパークに向かうがてら、彼は園芸店へと立ち寄ることにした。
別段、園芸の趣味に目覚めたわけではない。
入用な物をいくつか揃えたかったからだ――――
「鉢植えと培養土、それにマジックソイル。これだけあれば、どうにかなるだろう」
「へぇ~、君って植物を育っているんだ!」
待ち合わせしたカフェテラスの前で購入した品を確認するギデオン。
すると、横脇からポニーテールの少女がひょっこりと顔を出してきた。
一瞬、誰か分からず目を見張る。
が、安らぐような匂いで彼女がシルクエッタだとすぐに判明した。
普段の法衣姿に見慣れてしまっていたギデオンにとって、数年ぶりに目にする幼馴染の私服は新鮮味があった。
薄紫色のプリーツドレスとの色合いの対比が、シルクエッタの瑠璃色の瞳を一際、強調させている。
胸元にはささやかな銀のネックレスが、煌めいている。
いつもの魔除けのモノではない……しっかりとしたアクセサリーだ。
「どうしたの? ヘンかな……」シルクエッタが少し不安気に問いかける。
「僕にそれを訊くのかい?」とギデオンが返してみせると彼女はクスクスと笑っていた。
ギデオンはシルクエッタを――
シルクエッタはギデオンを――
深く理解し通じ合っていた。
言葉足らずでもお互いが何を抱え、何を望んでいるのか、ほんのわずかな挙動で見抜けてしまう。
嘘などは通じない、口にすれば一瞬で分かってしまう。
それでも、彼らは互いの嘘を赦し合っている。
例え、相手に察せられているとしても必ず理解してくれる事は分かっていた。
分かりすぎているが故に、甘え依存しまう自分たちが怖かった。
物事に永遠などない、いつかは瓦解する時が訪れる。
彼らは大人になりつつあった……。
だからこそ、その時が訪れるまでは一緒に寄り添いたいとギデオンは思っていた。
でも、シルクエッタは違った。
想いは一緒でも考えは異なる。
彼女は、ギデオンに対して幼馴染以上の特別な感情を抱いてしまっていた。
イケない事だと知っていても、何がイケないのか納得できなかった。
ただただ、彼に拒絶される事を恐怖してしまった。
恐れている内に、彼の傍にいるのが辛くなってしまった。
それが、シルクエッタの共和国遠征の理由だ。
この事だけは絶対に口にできない。
こんな話を知られれば、きっと彼は傷つき自分に幻滅する。
なぜなら、ギデオンは慈愛の精神に満ちたシルクエッタを敬い慕っている。
彼女は胸が痛くなるほど、自身の行いを後悔していた。
決して不純な想いを抱いたからではない。
彼と離れ離れになるのがこんなにの心苦しいと思わなかったからだ。
その事があったからだろう。
シルクエッタは信仰心は自身の願望により揺らぎ始めていた――――――
「シルクエッタ?」呆然としながらテーブルに座ったままの彼女にギデオンが呼び掛けた。
「あっ! ごめん、ごめん。ちょっと、考え事してたんだ。そっか……ギデオンも此処に来るまでの間、色々とあったんだね。でも、君が冒険者になるとは思ってもみなかったよ」
「ああ、今は大陸横断鉄道の護衛依頼を受けているんだ。シルクエッタの方は、前と同じく負傷者の治療をする為に前線にむかっている感じなのか?」
「ううん。ボクは、ナズィールにあるルヴィウス勇士学校に臨時講師として呼びだされてきたんだ。何でも、治癒師の講師が不足しているみたい……けれど、何か変なんだ」
「変? 具体的には――」
「うん。ただの臨時講師で学校に行くだけなのに、何故か護衛がついているんだ。ボクだけじゃない、講師依頼を受けた他の娘にも護衛がつけられている」
「それは随分と物々しいな。この街の異常と何ら繋がりがあるのか……?」
ガタッと椅子の鳴る音がした。
彼の何気ない一言を聞いたシルクエッタが、身を前に乗り出しながら言った。
「君もなの? 君もボクと同じ違和感に気づいた? そうなの……他の人に訊いても誰も気づいていなかったから、気のせいだと思ったけどアレは確実に起こった事なんだ」
「そうだ。しかし原因が特定できない以上は僕たちでは、どうにもできない話だ」
「なんだか、歯がゆいねぇー」
「仕方ないさ、僕たちには僕たちの目的がある、それに……あんまり気にし過ぎると向こうが方から追ってくるぞ」
「もう! 怖い事いわないでよ~」
「悪い、悪い。少し、冗談が過ぎた」
怖がりなシルクエッタが耳を塞いでいた。
昔から変わらない、そのリアクションに珍しくギデオンが声に出して笑った。
今だけは以前のまま。
今だけは、何のしがらみも待たないギデオン個人として。
その日、二人は夜遅くまで思い出話に花を咲かせた。
内容のほとんどは他愛ない日常の事だった。
けれど、彼らにとってはどれを一つ取ってもかけがえのない宝物。
色あせる事のない記憶が、そこあった。
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