異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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六十話

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スリィツゥ港から海路を北上。
聖王国から帝国海域をぬけ、さらに上方に向かい共和国西側のリアス海岸に入る。
共和国への上陸地は二つ。
南のツインポートと、北のルーツグウになる。
ルーツグウ方面は内戦の影響で現在は封鎖されている。
よって実質、通行可能はルートはツインポートだけとなる。

まる五日間、水平線ばかりを眺めてきたギデオン。
変わり映えしない景色でもそれ自体は、別に嫌ではない。
問題は臭いだ。
なまじ嗅覚が優れている為、渡航中の潮風の臭いが強烈すぎた。
魚といその香りで何度も悪酔いしそうになった。
陸地にあがった今でも若干、鼻腔の中に残り香がある。

港につくなりギデオンは、荷をまとめた。

ツインポートの街は港から少し離れた場所にあった。
徒歩で一時間、そこが共和国の玄関口にあたるエリエ西区である。
ここから東の終点、ナズィール東区まで、直線距離にして三百五十キロメートルほどの大陸横断鉄道が通っている。

鉄道には、蒸気機関という聞き慣れない名の乗り物が走行しているらしい。
ギドオンもその噂はかねがね耳にしていた。
早速、実物を拝見したいところだが、なにぶん海から丘にあがってきたばかりだ。
疲れもたまっている。
今日のところは、宿を取ろうとレンガで舗装ほそうされた路地を颯爽と歩く。
初めて来た場所だ。
街の規模もそれなりに大きいし、道も入り組んでいる。
宿屋を探してうろつくよりも手短に誰かに聞いて回った方がいい。


「訊きたいことがあるのですが、少し宜しいか?」

近くにいた男に声をかけようとした途端、その姿が視界から消えた。
ギデオンは空かさず、膝を前に蹴り上げた。

「ぐがっ!!」消えたと思った男は奇声をあげて地べたを転げ回っていた。

ギデオンの膝蹴りが男の顔面に直撃していた。

「なるほどな。人の眼球は急な上下運動について来れない、そこをついて瞬時に僕の懐に潜り込んだわけか……白昼どうどう窃盗とはいい度胸だなっ! 残念だが、視界を外れても臭いでわかる……貴様、おかしな臭いがするな」

「ぶべべべべっべべえべっべ――がぴいいいいいい!!!」

「何を言っている……?」

最早、それは人の発する言語ではなかった。
動物の鳴き声に近いようで、壊れた蓄音機のようでもある。

「おかしいぞ、普通に考えてこれは異常だ」

男もそうであったが、街の人々からして様子がおかしい。
ギデオンたちの状況を誰一人として気にも留めず通りすぎてゆく。
まるで、人形のようだ。
意思というものが彼らからはまったく感じられない。


ヒュゥゥゥゥッ――――

乾いた冷たい風が一瞬だけ吹き抜けていったような気がした。
得体の知れない感覚、思わず猟銃に手を伸ばそうとすると――――

ガヤガヤと、周囲の喧騒が聞こえてきた。

「ううっ……あれ? 何で俺、鼻血なんか出しているんだ??」

先程まで奇声を発していた男が、何事もなかったように立ち上がった。
本当に何も覚えていないのか、しきりに周囲を気にしているようだ。

「アンタ、大丈夫……なのか? 身体に異常を感じてないのか?」ギデオンは、彼にハンカチを差し出した。
男は「いえ、お構いなく」と手を振った。

「なら、いい宿泊先があったら教えてくれないか? 宿を探しているんだ」

「ああ、それなら――――」

訊きたい事は他にあった。
けれど、男の様子を見る限り自身の異変に気づいていなさそうだ。
この件に関してはあまり深く関わらないほうがいい。
首を突っ込めば、確実に面倒事に巻き込まれる
それは直感の有無は関係なく、誰だってそう感じるはずだ。
事態の深刻さ、この街には見えざる闇が蔓延はびこっている。

「僕は正義の使者でもないからな……」

眠った街灯の下をトボトボと進んでいく。
立体的な街並み。
橋の下は、路地裏の小路が走っている。
そこを何人かの子供たちが元気よく駆けてゆく。

こうしてみると今度は平穏な街に見えてくるから不思議だ。
ギデオンは吐息をはく。
日常に潜むアンバランスなまでの怪奇。
それが気になって仕方ないのだ。

もう、自分はパラディンを目指していた頃とはチガウ。
自身の性分を恨めしく感じ、パンパンと両手で顔面をはたく。
宿はすぐそこだ。


「えっ? ギデオン……だよね? どうして、君がここに」

路の先に法衣姿の彼女がいた。
懐かしい顔を前に、お互いに目を丸くしながら時が経つのも忘れ凝視し合っていた。

「シルクエッタ、久しぶりだね」元気そうな幼馴染の様子に彼は微笑んだ。

「どうして、今まで連絡くれなかったのさ」瞳を涙色ににじませて、彼女は訴える。
その仕草、表情、距離感、どれ一つとっても以前と何ら変わりない。

彼女は彼女のままでいてくれて、自分を幼馴染として受け入れ続けてくれていた。
ギデオンにとっては、それがたまらなく嬉しかった。
彼女から故郷の風の香りがほのかに漂う。
だからこそ、思いよりも先にこの言葉が出てきてしまう。

「遅くなって済まない。シルクエッタ、ただいま」

「うん、お帰りなさい。ギデオン」
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