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五十六話
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果樹園の中心あった大樹。
一番最初にここに植えられた、古木はとうの昔に実をつけなくなっていた。
そんな大樹を、彼女はお爺さんの木と呼んでいた。
実はつけなくとも、毎年必ず青葉をつけてくれた。
その下の皺だらけになった樹皮の上には線が刻まれていた。
それは彼女の成長の証。
記憶にある数少ない父との思い出。
大火に焼かれ、黒ずんだ表面からは思い出の跡が消えていた。
唯一、父が残してくれた果樹園とともに炎によって過去までも奪い取られてしまった。
誰に怒りをぶつければいいのか、わからない。
何処に向かって進んでいけば……いいのか? 先が見えない――――――
失ったのは自分だけの場所、自分がいても許される場所。
咎める者は一人も現れなかった。
独りであっても、周りでは色彩豊かな実りが静かに見守ってくれていた。
なのに――――
精霊王は、此処を守るだけの加護を授けてくれなかった。
この場所は穢れていると見なされた。
異物である少女を排斥しようとするようにジャングルごと、不条理で塗りつぶしてしまった。
こうなっては手の施しようもない。
「ローゼリア……」
何をするわけでもなく呆然と古木前に、少女は座り込んでいた。
ギデオンの呼び声は虚空に散ってゆく。
小さな手を掴むと、ようやくローゼリアが彼の方を向いた。
真っ赤に腫らせた眼元、頬には涙の形跡がくっきりとついている。
「ローゼリア、ずっと此処にいたのか? 果樹園を失って辛いのは分かるが、こうなってしまったモノは修復できないんだ。それはもう取捨選択して向き合うしかない事実なんだ」
「分かる? ギデに何が分かるの?」
「此処は、君の父君が残してくれた場所なんだろ? 君たち家族の思い出がたくさん詰まっている。墓所の柩に刻まれた文字を読んだよ。あれは父君が残した母君への想い、愛の言葉だ。そこには、君の名も記されていた。娘は……ローゼリアは必ず自分が幸せにしてみせると。そう、父君は誓ったんだろう?」
「見たんだ、そっか……」
ローゼリアが儚げに笑った。
どことなく何かを諦めたような、雰囲気がいたたまれない。
手を差し伸べてあげたい。
でも、どうするのが正解なのか?
ギデオンは、分からずに戸惑う。
その想いがわずかながらも、届いたのか?
彼女はポツリと語り出した。
「私の母は人間だった。父はエルフで村長の息子だった。このジャングルで母は果物狩りをしていて偶然、父と出会った。父はよく言っていた、聡明で優しい母は他種族である自分を見ても、恐れたり蔑んだりはしなかった。母のことを、人間だからと決めつけ敵意をあらわにしていたのに、笑いながら手を取ってくれたって……」
「君はハーフエルフなのか。その美しい、髪色は母君から譲りうけた物だったんだな」
コクリとローゼリアは頷いた。
確かに、黒に近い彼女の髪はエルフでは珍しい色合いだ。
「二人は此処で出会った。最初は、たまに狩りの手伝いする程度の関係だったけど、お互いどことなく惹かれて合っていたらしい。一緒にいる時間は次第に増え、父はエルフの村を出て母と人里で暮らす事にした」
「その時に君が生まれたのか……」
「人里での暮らしは決して楽なモノではなかったと、父は言っていた。大半人々はエルフに対して差別的ではなかったけど、中には悪意を持つ者もいたそうだ。さらに母が私を身ごもった時には、彼らの嫌がらせはエスカレートしていった。このままでは、安心、平穏に暮らせないと母が私を産むと、すぐに二人してエルフの集落へ戻った」
ふぅーとローゼリアが手に付着した灰を吹き払う。
今日の彼女は、よく喋る。
あまり、長く話すことは不慣れで疲れてしまうのだろう。
休憩を挟みながらも、話を続ける。
「村に戻ってきたものの、エルフの皆は父と私だけは受け入れると言ってくれたが、母だけは絶対に拒絶した。無理もない、エルフは大昔から人間に対して敵意を抱いていた。母はそれでも構わないと私たちのことを考え言ってくれたそうだ。けれど、父は納得できなかった。エルフの集落とは折り合いがつかず、結局、私たち家族はジャングルでの生活を余儀なくされた……この果樹園は、その時に二人で造ったもの。私たちは、果物栽培で生計を立ててながら暮らしてきた」
「そう言った経緯があったんだな。やはり、ジャングルでの暮らしは大変だったのか?」
「そんな事はないと思う。今でもおぼろげに思い出す。父も母も、私を大事にしてくれた。どんなに生活が苦しくても笑顔が絶える日はなかった。それは短命だった母の死後も変わらず続いた。だから――――!!」
過去を思い返し募る寂しさが彼女の言葉を塞きとめた。
喉元に詰まる後悔の念を絞り出さんと懸命になっている。
「ローゼリア、すべてを打ち明けてくれてありがとう。僕には母親がいないから母というものが、どういう感じのものか分からない。けれど、君が今まで、どんな気持ちで此処を守ってきたのかは充分に伝わったよ。だから、もう独りで苦しまないでくれ。そんな、顔をしていたら君の両親の想いは無駄になってしまう。無理に笑わなくてもいい、泣きたければ存分に泣けばいい! でも、絶望だけはしないでくれ。君はまだ生きているんだ、生きているからこそできる事があるはずだ!」
「……出来ること」
一番最初にここに植えられた、古木はとうの昔に実をつけなくなっていた。
そんな大樹を、彼女はお爺さんの木と呼んでいた。
実はつけなくとも、毎年必ず青葉をつけてくれた。
その下の皺だらけになった樹皮の上には線が刻まれていた。
それは彼女の成長の証。
記憶にある数少ない父との思い出。
大火に焼かれ、黒ずんだ表面からは思い出の跡が消えていた。
唯一、父が残してくれた果樹園とともに炎によって過去までも奪い取られてしまった。
誰に怒りをぶつければいいのか、わからない。
何処に向かって進んでいけば……いいのか? 先が見えない――――――
失ったのは自分だけの場所、自分がいても許される場所。
咎める者は一人も現れなかった。
独りであっても、周りでは色彩豊かな実りが静かに見守ってくれていた。
なのに――――
精霊王は、此処を守るだけの加護を授けてくれなかった。
この場所は穢れていると見なされた。
異物である少女を排斥しようとするようにジャングルごと、不条理で塗りつぶしてしまった。
こうなっては手の施しようもない。
「ローゼリア……」
何をするわけでもなく呆然と古木前に、少女は座り込んでいた。
ギデオンの呼び声は虚空に散ってゆく。
小さな手を掴むと、ようやくローゼリアが彼の方を向いた。
真っ赤に腫らせた眼元、頬には涙の形跡がくっきりとついている。
「ローゼリア、ずっと此処にいたのか? 果樹園を失って辛いのは分かるが、こうなってしまったモノは修復できないんだ。それはもう取捨選択して向き合うしかない事実なんだ」
「分かる? ギデに何が分かるの?」
「此処は、君の父君が残してくれた場所なんだろ? 君たち家族の思い出がたくさん詰まっている。墓所の柩に刻まれた文字を読んだよ。あれは父君が残した母君への想い、愛の言葉だ。そこには、君の名も記されていた。娘は……ローゼリアは必ず自分が幸せにしてみせると。そう、父君は誓ったんだろう?」
「見たんだ、そっか……」
ローゼリアが儚げに笑った。
どことなく何かを諦めたような、雰囲気がいたたまれない。
手を差し伸べてあげたい。
でも、どうするのが正解なのか?
ギデオンは、分からずに戸惑う。
その想いがわずかながらも、届いたのか?
彼女はポツリと語り出した。
「私の母は人間だった。父はエルフで村長の息子だった。このジャングルで母は果物狩りをしていて偶然、父と出会った。父はよく言っていた、聡明で優しい母は他種族である自分を見ても、恐れたり蔑んだりはしなかった。母のことを、人間だからと決めつけ敵意をあらわにしていたのに、笑いながら手を取ってくれたって……」
「君はハーフエルフなのか。その美しい、髪色は母君から譲りうけた物だったんだな」
コクリとローゼリアは頷いた。
確かに、黒に近い彼女の髪はエルフでは珍しい色合いだ。
「二人は此処で出会った。最初は、たまに狩りの手伝いする程度の関係だったけど、お互いどことなく惹かれて合っていたらしい。一緒にいる時間は次第に増え、父はエルフの村を出て母と人里で暮らす事にした」
「その時に君が生まれたのか……」
「人里での暮らしは決して楽なモノではなかったと、父は言っていた。大半人々はエルフに対して差別的ではなかったけど、中には悪意を持つ者もいたそうだ。さらに母が私を身ごもった時には、彼らの嫌がらせはエスカレートしていった。このままでは、安心、平穏に暮らせないと母が私を産むと、すぐに二人してエルフの集落へ戻った」
ふぅーとローゼリアが手に付着した灰を吹き払う。
今日の彼女は、よく喋る。
あまり、長く話すことは不慣れで疲れてしまうのだろう。
休憩を挟みながらも、話を続ける。
「村に戻ってきたものの、エルフの皆は父と私だけは受け入れると言ってくれたが、母だけは絶対に拒絶した。無理もない、エルフは大昔から人間に対して敵意を抱いていた。母はそれでも構わないと私たちのことを考え言ってくれたそうだ。けれど、父は納得できなかった。エルフの集落とは折り合いがつかず、結局、私たち家族はジャングルでの生活を余儀なくされた……この果樹園は、その時に二人で造ったもの。私たちは、果物栽培で生計を立ててながら暮らしてきた」
「そう言った経緯があったんだな。やはり、ジャングルでの暮らしは大変だったのか?」
「そんな事はないと思う。今でもおぼろげに思い出す。父も母も、私を大事にしてくれた。どんなに生活が苦しくても笑顔が絶える日はなかった。それは短命だった母の死後も変わらず続いた。だから――――!!」
過去を思い返し募る寂しさが彼女の言葉を塞きとめた。
喉元に詰まる後悔の念を絞り出さんと懸命になっている。
「ローゼリア、すべてを打ち明けてくれてありがとう。僕には母親がいないから母というものが、どういう感じのものか分からない。けれど、君が今まで、どんな気持ちで此処を守ってきたのかは充分に伝わったよ。だから、もう独りで苦しまないでくれ。そんな、顔をしていたら君の両親の想いは無駄になってしまう。無理に笑わなくてもいい、泣きたければ存分に泣けばいい! でも、絶望だけはしないでくれ。君はまだ生きているんだ、生きているからこそできる事があるはずだ!」
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