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四十八話
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ヴォールゾックだった、魔剣が残した惨状。
それはギデオンが考えていた以上に深刻極まりない状態だった。
負傷したエルフの半分は即死に至っていた。
人間の方は全滅。
まだ、かすかに息があるエルフも死の淵に立たされていた。
手持ちの残りは、二口。
蜜酒を飲ませれば、最低でも二人は救える。
逆を言えば、二人しか救えない。
迷いの最中で彼が選んだ、一人目は言うまでなくローゼリアの友人のクロッサだった。
胸元から血を流している彼女に呼びかけるとかすかに瞳を開き反応した。
奇跡的だが、彼女は存命していた。
早速、蜜酒を与えると無事、息を吹き返した。
「くっ、はああ……はっあぁぁ――――」
「大丈夫か、クロッサ? どこか痛むところはないか?」
「わ、私は問題ないです。それよりも兄さんを……兄を頼みます!」
懇願する少女に頷き返すと、彼は彼女の兄を見つけた。
「しっかりしろと!」と声をかけると彼は穴の開いた腹部を押えながら身体を起こした。
「お前は? 人間……そうか。さきほど、我らの加勢に入った奴か! くっ……」
「無理をするな。傷が悪化するぞ」
「私のことは、どうでも構わない。妹がいるんだ、まずは彼女を助けて欲しい」
「心配するな、その妹からアンタの事を頼まれたんだ」
「なら……良かった。私はもう、もたない。こんな事を、君に頼むのは筋違いだが……妹をどうか、安全な場所に連れていってくれ!」
「治療薬ならある。それでアンタの傷も癒せる、だから――――」
ギデオンの言葉を遮るようにクロッサの兄は手を上げた。
彼は、人並み以上に思慮深い。
「それは、数に限りがあるのではないのか? ならば、私よりも他の者に使ってくれ。仲間を見捨てて自分だけ生き残ろうなど、私は思わん」
「本気で言っているのか!?」
「無論だ……それが我々、エルフの誇りだ。我々は常に自然と共にあり、家族や仲間を大事にする。君たち人間は私たちの生き方、暮らしを馬鹿にするが私はエルフであることを恥じたことは一度たりともない!」
これほどの事を言える者は、人間にいただろうか?
ギデオンの心は彼の言葉に感銘を受けていた。
そもそも、この世界の人間は自分たちを新人類と名づけ、他種族との差別化をはかっている。
その一方で、同族同士のいざこざは絶えず、人と人とは結局、分かり合えないと結論を出してしまっている。
確かにエルフの仲間意識も度し難いものがある。
一つ踏み外せば全員、奈落の底へと落ちかねない。
それでも、自分が人であることを誇れる人間は、この聖王国にどれほどいるのだろうか?
ギデオンでさえも人の醜悪的な部分を否定しきれない。
彼ら、エルフは物欲に溺れない。
彼らは仲間とのつながりを大事にする、それは自分の為にではなく仲間や親しい者たちの為に。
エルフとは精神的な物に価値を見出し、大切に育んでいく。
それこそが至上の喜びであり、密林の中に住まう狩人の世界だ。
彼らこそ、自分の家族に相応しく、ともに歩めたらどれほど心が満たされることか……。
ギデオンは、そんな理想的な暮らしを想像せずにはいられなかった。
一か八かの賭けだった。
生き残っているエルフも彼を含め、数名ていどだ。
「水で割るしかない!」
彼は人数分にあわせ蜜酒と水を混ぜ合わせた。
当然ながら、回復薬としての効力も薄れる。
飲ませても、傷がどれほど癒えるのか? は分からない。
それでも自分より仲間の身を案じた、彼の意思を尊重するべきだとギデオンは判断した。
「ひとまず、全員に飲ませたな?」
「はい、後は貴方の仰る通り回復を待つだけです。あの……ギデさんですよね?」
「ああ、そうか。正体を隠していてすまない。僕が人であることが知られれば、集落内で混乱が起きると思って明かせなかったんだ」
「と、とんでありません! ギデさんは私たちの恩人です。貴方が加勢してくれなければ、私たちは生き残っていません」
「礼には及ばないさ。僕は正しくあろうとする者は救われるべきだと考えているだけさ」
「わあっ! それは、とても素敵なことだと思います」
「クロッサ、彼らの事を頼めるか? 僕には、まだやらなければならない事があるんだ」
「はい! 任せてください。すでにボスを失った略奪者たちは、この村から撤退したようですし」
「念のため、フォルティエラと合流してくれ。彼女もこの村にいる、おそらくは無事だ。彼女の指揮下で村の警固を強化するんだ」
「私なら此処にいるぞ。ギデ、お前の馬も連れてきた」
タイミングを見計らったかのように、フォルティエラがやってきた。
無傷な彼女を見て、ギデオンたちは安堵の表情を浮かべる。
「フォルティエラ、クロッサ、後は君たち任せよう。これ以上は、僕の出る幕はないだろうからな」
「心遣い、感謝する。ギデ、アマゾネスエルフの集落に戻るんだな」
「ああ、敵のボスが最期に言っていた事が引っかかる」
「ギデ、お前の行く先に精霊王の加護があらんことを」
「私たちエルフも貴方の無事を、お祈り致します」
二人に見送られ、ギデオンは来た山道を逆走する。
ヴォールゾックが残した言葉に一抹の不安を抱えながら……。
それはギデオンが考えていた以上に深刻極まりない状態だった。
負傷したエルフの半分は即死に至っていた。
人間の方は全滅。
まだ、かすかに息があるエルフも死の淵に立たされていた。
手持ちの残りは、二口。
蜜酒を飲ませれば、最低でも二人は救える。
逆を言えば、二人しか救えない。
迷いの最中で彼が選んだ、一人目は言うまでなくローゼリアの友人のクロッサだった。
胸元から血を流している彼女に呼びかけるとかすかに瞳を開き反応した。
奇跡的だが、彼女は存命していた。
早速、蜜酒を与えると無事、息を吹き返した。
「くっ、はああ……はっあぁぁ――――」
「大丈夫か、クロッサ? どこか痛むところはないか?」
「わ、私は問題ないです。それよりも兄さんを……兄を頼みます!」
懇願する少女に頷き返すと、彼は彼女の兄を見つけた。
「しっかりしろと!」と声をかけると彼は穴の開いた腹部を押えながら身体を起こした。
「お前は? 人間……そうか。さきほど、我らの加勢に入った奴か! くっ……」
「無理をするな。傷が悪化するぞ」
「私のことは、どうでも構わない。妹がいるんだ、まずは彼女を助けて欲しい」
「心配するな、その妹からアンタの事を頼まれたんだ」
「なら……良かった。私はもう、もたない。こんな事を、君に頼むのは筋違いだが……妹をどうか、安全な場所に連れていってくれ!」
「治療薬ならある。それでアンタの傷も癒せる、だから――――」
ギデオンの言葉を遮るようにクロッサの兄は手を上げた。
彼は、人並み以上に思慮深い。
「それは、数に限りがあるのではないのか? ならば、私よりも他の者に使ってくれ。仲間を見捨てて自分だけ生き残ろうなど、私は思わん」
「本気で言っているのか!?」
「無論だ……それが我々、エルフの誇りだ。我々は常に自然と共にあり、家族や仲間を大事にする。君たち人間は私たちの生き方、暮らしを馬鹿にするが私はエルフであることを恥じたことは一度たりともない!」
これほどの事を言える者は、人間にいただろうか?
ギデオンの心は彼の言葉に感銘を受けていた。
そもそも、この世界の人間は自分たちを新人類と名づけ、他種族との差別化をはかっている。
その一方で、同族同士のいざこざは絶えず、人と人とは結局、分かり合えないと結論を出してしまっている。
確かにエルフの仲間意識も度し難いものがある。
一つ踏み外せば全員、奈落の底へと落ちかねない。
それでも、自分が人であることを誇れる人間は、この聖王国にどれほどいるのだろうか?
ギデオンでさえも人の醜悪的な部分を否定しきれない。
彼ら、エルフは物欲に溺れない。
彼らは仲間とのつながりを大事にする、それは自分の為にではなく仲間や親しい者たちの為に。
エルフとは精神的な物に価値を見出し、大切に育んでいく。
それこそが至上の喜びであり、密林の中に住まう狩人の世界だ。
彼らこそ、自分の家族に相応しく、ともに歩めたらどれほど心が満たされることか……。
ギデオンは、そんな理想的な暮らしを想像せずにはいられなかった。
一か八かの賭けだった。
生き残っているエルフも彼を含め、数名ていどだ。
「水で割るしかない!」
彼は人数分にあわせ蜜酒と水を混ぜ合わせた。
当然ながら、回復薬としての効力も薄れる。
飲ませても、傷がどれほど癒えるのか? は分からない。
それでも自分より仲間の身を案じた、彼の意思を尊重するべきだとギデオンは判断した。
「ひとまず、全員に飲ませたな?」
「はい、後は貴方の仰る通り回復を待つだけです。あの……ギデさんですよね?」
「ああ、そうか。正体を隠していてすまない。僕が人であることが知られれば、集落内で混乱が起きると思って明かせなかったんだ」
「と、とんでありません! ギデさんは私たちの恩人です。貴方が加勢してくれなければ、私たちは生き残っていません」
「礼には及ばないさ。僕は正しくあろうとする者は救われるべきだと考えているだけさ」
「わあっ! それは、とても素敵なことだと思います」
「クロッサ、彼らの事を頼めるか? 僕には、まだやらなければならない事があるんだ」
「はい! 任せてください。すでにボスを失った略奪者たちは、この村から撤退したようですし」
「念のため、フォルティエラと合流してくれ。彼女もこの村にいる、おそらくは無事だ。彼女の指揮下で村の警固を強化するんだ」
「私なら此処にいるぞ。ギデ、お前の馬も連れてきた」
タイミングを見計らったかのように、フォルティエラがやってきた。
無傷な彼女を見て、ギデオンたちは安堵の表情を浮かべる。
「フォルティエラ、クロッサ、後は君たち任せよう。これ以上は、僕の出る幕はないだろうからな」
「心遣い、感謝する。ギデ、アマゾネスエルフの集落に戻るんだな」
「ああ、敵のボスが最期に言っていた事が引っかかる」
「ギデ、お前の行く先に精霊王の加護があらんことを」
「私たちエルフも貴方の無事を、お祈り致します」
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