異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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四十四話

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鞘におさまる長刀を肩にかけ男はギデオンを凝視していた。
ハッキリ言って、人を見る目つきではない。
それは、そのもの価値を定めているかのようだった。

「まぁまぁ、そう固くならずに~身体を強張らせていると剣筋が鈍るよ。リラックス~、デト~ックス」

周囲を羽虫が飛びかっていても、平気な男、ヴォールゾックはおどけて見せる。
当然、その目は微塵も笑っていない。

不精髭ぶしょうひげの剣士は、ギデオンでさえも底が見えないほど不気味なオーラをまとっていた。
向かい合った瞬間に鼻が曲がりそうになるほどの強烈な死臭がした。

それは動物の死骸が腐敗したようなものではなく、かすかに甘い香りがした。
何となくだが、嗅いだだけで死を想起させる甘美な刺激臭。
臭いは彼から発せられているかと勘繰るも、どうも違う。
バラの花柄が刻まれた鞘の中、ヴォールゾックが手にした一振りの長刀が悪臭の元になっている。


「何だっけ? 俺に話があるとか言っていたよな――?」

「アンタがコイツらのボスか? 単刀直入に言う、アンタと取引がしたい」

「ふっ、こりゃ~たまげた。略奪者に対して取引を持ちかけるとは、そんな事をしても意味ないだろう?」

「そーだ! ギデ、コイツらと取引してもすぐに約束を反故ほごにされるだけだ。それに人間は……やはり、我々にとっては醜悪な存在でしかない」

「そうではない、フォルティエラ。これはエルフではなく、僕とこの男との取引だ。条件次第では応じるはずだ」

ギデオンは、フォルティエラをなだめるように言葉を交わす。
が、依然として興奮したままの彼女は昂る気持ちを制御できなくなっていた。
これでは、話し合いどころではない。
いつ彼女が暴走するのか? 気が気でない。

「フォルティエラ、こっちへ」ギデオンはあらかじめ保険をかけておくことにした。

「これは、何だ?」手渡された小瓶をフォルティエラはしげしげと眺めている。

「神酒だ、一口分だけ小分けしたものだ。万が一の状況に陥ったら飲んでくれ、きっと君の助けになる」


二人のやり取りに聞き耳を立てていたのはダーヅだった。
人より心配性な彼は、情報収集力に長けている。
そのせいで最近では、よく斥候としての仕事を任されていた。

「兄貴……アイツら酒なんか持ってますぜ!」

「ん? ふあぁ~!」

仲間の遺体に腰掛けながら、ヴォールゾックは欠伸をした。
早くも、この戦いに興味をなくしているようだ。

「で? んー何だ、兄ちゃん。一応、尋ねるがどういった取引がしたいんだ」

「人質交渉だ。現在、アンタたちの仲間を十数名ほど捕らえている。全員、無事に返してほしければ今後一切、エルフの集落を強襲しないと誓うんだ!」

「おい、ダーヅ。後は任せた、きょうが冷めた」

「……アンタ、自分の仲間が心配じゃないのか?」

「仲間だぁ!? くくくくくっ、ふぁあああは――!!! 俺たちのような真正の悪党に、仁義なんぞあるわけがねぇーだろう!? なぁ、訊かせてくれよ、お坊ちゃん。お前は、まだ人で有りたいのか? それだけの悪意にむしばまれながらも正義を気取るつもりか? お前ならなれるはずだ! 俺の仲間に! 今度は、ガッカリさせないでくれよ」

交渉決裂。
その言葉だけが頭の中で反芻はんすうする。
決して、ギデオンの見通しが甘いわけではない。
通常なら、人質解放を条件とした取引はかなり有用なモノだ。
ただ、相手が悪かった。
少なくともヴォールゾックという男には、この手の駆け引きが通じない。

早く後を追わないと……。
困惑し動きが鈍くなるギデオンの前にダーヅが妨害するように道を塞ぐ。

「残念だったな。まぁー、オメーとあの人では格がちがっ――。わああぁぁ……」

「ナンノダ……」

ギデオンの一睨いちげいでダーヅの膝が震えていた。
余程、怖いモノを見たのようだ。
すでに、ギデオンに対する反抗の意思は見られない。

「こいつの相手は私に任せろ! ギデ、さっきの男を追え――!! 追って、エルフの皆を助けてくれ」 

「そうだ……そうだった。ヤツの言葉に惑わされては駄目だ。僕は、自分の正義を証明しにきたんじゃない! 悪行を!! 不徳を!! 穢れを!! すべて滅する為にこの銃を手に取ったんだ」

「そうだ! お前の力なら、終わらない争いも止まない憎しみの連鎖も、すべて断ち切れるはずだ。あのローゼリアがお前の事を話す時は嬉しそうにしているんだ。それを見て私も確信した。ギデなら、何かを変えられるはずだって」

「フォルティエラ……すまない。もう少しだけ待っていてくれ、冒険者として……いや、僕個人として、これは望んだ事だ。必ず、君たちの故郷を救ってみせる」

戦場に落ちていた鋼剣を拾い上げる。
大地を力強く踏みしめる足は彼を即座に強敵の元へと運んでゆく。
あの独特な死臭はすぐそこに漂っている。

「ヴォールゾックゥゥ――!!」

「ん? おっ、ああ――!!」

互いに獣のような闘争心と殺意を解放し刃を突き出す。
今、雌雄を決するがため二人の男が激突する。
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