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二十九話

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夜の帳に身を隠し、ギデオンは行動に出た。
平地の真ん中に建てられたボロ小屋は、障害となる物もなく何処からでも攻め易い。
裏を返せば、向こうからは周囲の状況がよく見える。
昨日、索敵したところ、このボロ小屋だけで男が十人ほど警固していた。
数が数だ、ギルドに応援要請するのも一つの方法だが……悪手になる可能性が高い。
大勢の人数で全方位を取り囲もうとすれば、たちまち敵が逃亡してしまう恐れがある。
その辺りは奴らの方が敏感なはずだ。
だからこその夜襲であり、これこそが単体行動の強み。
もし、行動に気づかれたとしても、ギデオンが一人である事は人攫ひとさらいたちも、すぐに察知するだろう。
必ず、待ち伏せして始末しようとするはずだ。

「おかしい……人の気配がしない」

小屋の手前で足を止めるギデオン。
昨日までは、中から酒に酔った奴らのバカ騒ぎが聞こえていたのに今日は打って変わって静まり返っている。
嫌な静謐せいひつさだ。
もしかしたら、突入するタイミングを間違えたのかもしれない。
此処まで来ても相手が不在なら、最初からこんなに気を張り巡らす必要はなかった。

「拍子抜けも良いところだな……仕方ない、連中が来るまで部屋の中で待たせてもらおうか。ん? 鍵が開いている、いくらなんでも不用心過ぎるだろう。これでは、入って下さいと言っているようなものだ」

人攫いたちの雑さに半ば、呆れつつもギデオンは小屋の中に入った。
暗闇が広がる中で、明かりを灯そうとすると突然、背中のスコルが吠えた。

「しまった!」その言葉が発せられるよりも速く開いていた引き窓がすべて独りでに閉じてゆく。
即座に、扉を蹴り飛ばすがビクともしない。
さらに床下全体が眩い光を放つと、完成された魔法陣が浮き上がってくる。

「こ、これは不味いな……非常にヤバイ奴だ! コイツが何なのか? 解析しないといけないぞ! ステータス、開示!!」

ステータスウインドに表示される、魔法陣の概要。
それを目にしたギデオンが唇を噛みしめる。

「時限式の爆殺魔法だと!? 狩られる側が罠を仕掛けてくるとは……やってくれる」

魔法陣の外枠の円が少しずつ消えてゆく。
まるで爆発物の導火線ように。
弧を描きながら一周した時。
円陣を失った陣は上級魔法、レゾナ・エクスプロージョンを発動させる。
巻き込まれたら最後、小屋ごと消し炭になる。
わずかな時間で罠を解除しなければいけない。
ギデオンの額から焦燥の汗がにじんでいた―――――


「ひゃほううう――!!」

「まんまとトラップに引っかかったぞ、アイツ! やっぱ、ボスはすげぇ―――よ!!!」

「ボスの言うう事に外れはないな~。これで、また愉しく酒が飲めるぜぃ」

ギデオンが小屋に入ったタイミングで、どこからともなくゴロツキたちが集まり出した。
まさか、自分が狩られているなどとは露ほども思っていない冒険者の末路にわらい踊り、叫ぶ。
彼の最期を酒のさかなにしようという魂胆だ。
どこまでも単純で、どこまでも怠惰なゴロツキたち。
人の言いなりでやった事を、あたかも自身の手柄のように喜ぶ様は滑稽こっけいでしかない。
彼らは真の才能に恵まれている人間を妬んでいた。
天啓を授からなかった者同士、徒党を組んで強者のように振舞う。
まるで世界が自分たち為に存在しているかのように、横暴を働く。
先にあるのは破滅の道しかなくとも、連中は前に進め! と言われれば進んでいく。
そして、今まさに審判が下された!

黒い炎を巻き上げて、アジトだった小屋が爆発した。

「きゃんぽぅ~ふぁいやぁああ――ふぉおおお!!!」

彼らのカーニバルが始まった。
燃え盛る炎を前に、高まるリビドー。
狂喜乱舞しながら酒樽を運び、さらってきた奴隷たちを連れてくる。
彼女たちにお酌させ、酒を浴びるように飲んでいく。

「さーて、お楽しみの時間だぜぃ」

ゴロツキに一人が舌なめずりしながら、奴隷の女を抱き寄せようとした。
瞬間、ゴロツキの手にドサッと何か落ちてきた。

「ん? はっわあわああああ!!」

毒矢だった。
手にしただけで皮膚が溶け落ちていく猛毒を手にしていた。

「どうした? 嗤えよ。お楽しみの時間はここからだぞ!!」

炎の中から声がした。
すでに息絶えたはずの冒険者が生きている。
異常な事態にゴロツキたちは空耳を疑いながらも、現実を突きつけられ酔いからめてゆく。
黒炎をまといながら、巨大な魔獣を従えた少年が歩いてくる。
逃げようとしても足がすくんで動けない。
見えない圧が身体を押えつけ呼吸すらままならない。

「さあ、貴様ら懺悔の時間だ。何回、懺悔する?」

その一言で、戦慄が走り身の毛がよだつ。
その瞳は人のモノではない悪鬼の物。
一体、何をどうすればそうなるのか?
どれだけの業を背負い、どれほど憎悪に心を刻みつけているのか?
人間が理解できないほどの境地に彼の魂は到達していた。

「さあ、祝杯といこう。取り敢えず、その頭に足りないのは養分だな……今宵は、きっと愉しくなるぞ」
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