異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

文字の大きさ
上 下
26 / 370

二十六話

しおりを挟む
かつて世界を股に掛けた男がいた。
後世まで語り継がれる偉業を残した彼を人々はワイルドハンターと呼びたたえる。
彼の自伝であり冒険譚でもある著書。
それは人々を熱狂的に震撼させた爆発的なベストセラー。
世界中を席巻せっけんしてしまった一冊。
冒険者になった者なら、必ず一度は読破しなければ後ろ指を差されて小馬鹿にされる。
ある意味、禁書よりも厄介なその本の一節にはこうつづられている。

【エルフに会う時は是非、菓子折り持参で!!】


ギデオンがメリッサを鍵と呼ぶのには訳がある。
彼はこの五日間、ただただ蜜酒だけを醸造していたわけではない。
時間の大半は情報収集に潰えてしまった。
メリッサという解答に行き着くまで彼なりに活動していた。
彼女の介抱を終えたその日のうちに、彼は密林へ二度目の突入アタックを試みた。
またもや、飛んでいる虫を滅ぼす勢いで銃撃を開始する彼の前に、既視感ある光景が目に入る。
ブラックキラータイガーだ。
臭いからして前日逃した個体とは違う。
何をたむろっているのかと、様子をうかがう。
すると、今度はエルフの少女ではなく、アルラウネという植物の魔物にちょっかいをかけていた。

「そこで何をしている!」

「ウゲッ!! アラガミ……きた」

ギデオンが一括するなり、虎達は一目散に逃走してゆく。
どうやら、彼の危険度は仲間内にも伝わっているようだ。
神格化されていたような気もするが、毛皮にする分だけは確保しておけばよかったと悔しがるギデオン。
隣では助けられたはずのアルラウネが彼を捕獲しようといばらと化した長髪を巻きつけようとしていた。

「何の真似だ?」

間髪入れず、銃口を突きつけられたアルラウネ。
碧色へきしょくの肌が色あせるまで一瞬だった。

「ひひひっ……ご勘弁を! 種づけするなら今しかないと魔が差したんですぅ~あ」

「僕がか? それとも僕に植えつけるのか? どちらにしても……御免こうむる」

「だって、数年ぶりの人間なんですよ~ これを逃したら次はいつになるか分かりませんの」

「待て! 君は植物だろ? 何故、人にこだわる。同じ、仲間同士で繁殖すればいいんじゃないのか?」

「周りの草木たちとはお友達ですけど、それ以上関係は……チョット。それに会話してくれませんし~、愛も囁いてくれないんですよ~」

「虎は? アイツら人語を話せるだろ?」

「生理的に無理! 貴方様は先ほどまで何を見ていたんですか!? 虎ですよ虎! 頭の天辺から足の指先まで肉肉肉肉肉……妾の事なんて非常食としか見てないでかぁ――、ロンマンスの神様はどこ? どこにおるんですか!?」

「そっか……じゃあ今度、手頃な人間を連れてこよう」

「マジですかぁ~! 成人男性でお願いしまーす」

始めて出会った、人型植物。
それはギデオンの想像を超越した何かだった。
魔物でありながら人間の女性に近しい姿をしているのは、人間をあざむく為だと教会で教わった。
本当にそうなのか?
少なくとも、このアルラウネはガチ恋勢になろうとしている。
それも人間とだ。
種族の壁を取り払った無償の愛。
それは、女神ミルティナスが求めていた差別なき世界であり、経典にもしっかり記載されている。
ともあれ、今のギデオンには彼女とどう接して良いのか? 見当もつかなかった。
交友関係を築く理由が全くないのだ。
してはいけない約束をしてしまった気がする。
けれど、彼女は話をすれば通じ合える樹緑人だ。
植物である以上は此処から勝手に動き出す事もない。
考え方次第では、このジャングルの中で最も安全な魔物になるだろう。

「果樹園の場所を知らないか? さっきから探しているのだが、見当たらないんだ。昨日には、ここいらにあったはずなんだが……このジャングルの植物と親しい君なら何か知っているじゃないか?」

「それは乙女の秘密ですわ~ん」

ギデオンは正直、少しだけ苛っとした。
いくら話が通じても合わなければ意味がない。
何分、人と魔物だ……ここで寛大な心を持って接しなければ、また敵対関係に逆戻りだ。

「ありがとう、自分で探してみるよ」

結局、アルラウネに聞くのは諦めた。
粘ったところで話は進展しないだろう。
頑張った、そう自分は頑張った!
そう念じるがごとく彼は拳を握り締めた。

「そうでしたわ! 妾、うっかり~」

「今度は何だ? 何か、分かったのか?」

「貴方様のお名前を聞くのを忘れてましたわ。マーキングする為には知っておかなきゃ~あ」

「ギデという。その……マーキングとかは絶対に止めてくれ。よく知らないが、何か響きが怖い」

「大丈夫ですわ~、こういうのは慣れです慣れ!」

「そうだな。僕らは互いに慣れないとな」

「あれえええっ――!! そんなご無体な~!!」

二コリと微笑みながらも依然、手にしたままの銃を再度、アルラウネの方へと向ける。
途端、ダン! と一発撃ち込む。
その弾丸は彼女を狙ったものではなかった。
射出すると、すぐに軌道を大きくそらし遠くの茂みの方へと飛んでゆく。

「ぎゃっ!!」という悲鳴と共に茂みが激しく音を立てた。
遠目ではっきりしないが、血の臭いをまき散らしながら人影のような物が走り去ってゆくのが見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...