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二十六話
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かつて世界を股に掛けた男がいた。
後世まで語り継がれる偉業を残した彼を人々はワイルドハンターと呼び称える。
彼の自伝であり冒険譚でもある著書。
それは人々を熱狂的に震撼させた爆発的なベストセラー。
世界中を席巻してしまった一冊。
冒険者になった者なら、必ず一度は読破しなければ後ろ指を差されて小馬鹿にされる。
ある意味、禁書よりも厄介なその本の一節にはこう綴られている。
【エルフに会う時は是非、菓子折り持参で!!】
ギデオンがメリッサを鍵と呼ぶのには訳がある。
彼はこの五日間、ただただ蜜酒だけを醸造していたわけではない。
時間の大半は情報収集に潰えてしまった。
メリッサという解答に行き着くまで彼なりに活動していた。
彼女の介抱を終えたその日のうちに、彼は密林へ二度目の突入を試みた。
またもや、飛んでいる虫を滅ぼす勢いで銃撃を開始する彼の前に、既視感ある光景が目に入る。
ブラックキラータイガーだ。
臭いからして前日逃した個体とは違う。
何をたむろっているのかと、様子をうかがう。
すると、今度はエルフの少女ではなく、アルラウネという植物の魔物にちょっかいをかけていた。
「そこで何をしている!」
「ウゲッ!! アラガミ……きた」
ギデオンが一括するなり、虎達は一目散に逃走してゆく。
どうやら、彼の危険度は仲間内にも伝わっているようだ。
神格化されていたような気もするが、毛皮にする分だけは確保しておけばよかったと悔しがるギデオン。
隣では助けられたはずのアルラウネが彼を捕獲しようと棘と化した長髪を巻きつけようとしていた。
「何の真似だ?」
間髪入れず、銃口を突きつけられたアルラウネ。
碧色の肌が色あせるまで一瞬だった。
「ひひひっ……ご勘弁を! 種づけするなら今しかないと魔が差したんですぅ~あ」
「僕がか? それとも僕に植えつけるのか? どちらにしても……御免こうむる」
「だって、数年ぶりの人間なんですよ~ これを逃したら次はいつになるか分かりませんの」
「待て! 君は植物だろ? 何故、人にこだわる。同じ、仲間同士で繁殖すればいいんじゃないのか?」
「周りの草木たちとはお友達ですけど、それ以上関係は……チョット。それに会話してくれませんし~、愛も囁いてくれないんですよ~」
「虎は? アイツら人語を話せるだろ?」
「生理的に無理! 貴方様は先ほどまで何を見ていたんですか!? 虎ですよ虎! 頭の天辺から足の指先まで肉肉肉肉肉……妾の事なんて非常食としか見てないでかぁ――、ロンマンスの神様はどこ? どこにおるんですか!?」
「そっか……じゃあ今度、手頃な人間を連れてこよう」
「マジですかぁ~! 成人男性でお願いしまーす」
始めて出会った、人型植物。
それはギデオンの想像を超越した何かだった。
魔物でありながら人間の女性に近しい姿をしているのは、人間を欺く為だと教会で教わった。
本当にそうなのか?
少なくとも、このアルラウネはガチ恋勢になろうとしている。
それも人間とだ。
種族の壁を取り払った無償の愛。
それは、女神ミルティナスが求めていた差別なき世界であり、経典にもしっかり記載されている。
ともあれ、今のギデオンには彼女とどう接して良いのか? 見当もつかなかった。
交友関係を築く理由が全くないのだ。
してはいけない約束をしてしまった気がする。
けれど、彼女は話をすれば通じ合える樹緑人だ。
植物である以上は此処から勝手に動き出す事もない。
考え方次第では、このジャングルの中で最も安全な魔物になるだろう。
「果樹園の場所を知らないか? さっきから探しているのだが、見当たらないんだ。昨日には、ここいらにあったはずなんだが……このジャングルの植物と親しい君なら何か知っているじゃないか?」
「それは乙女の秘密ですわ~ん」
ギデオンは正直、少しだけ苛っとした。
いくら話が通じても合わなければ意味がない。
何分、人と魔物だ……ここで寛大な心を持って接しなければ、また敵対関係に逆戻りだ。
「ありがとう、自分で探してみるよ」
結局、アルラウネに聞くのは諦めた。
粘ったところで話は進展しないだろう。
頑張った、そう自分は頑張った!
そう念じるがごとく彼は拳を握り締めた。
「そうでしたわ! 妾、うっかり~」
「今度は何だ? 何か、分かったのか?」
「貴方様のお名前を聞くのを忘れてましたわ。マーキングする為には知っておかなきゃ~あ」
「ギデという。その……マーキングとかは絶対に止めてくれ。よく知らないが、何か響きが怖い」
「大丈夫ですわ~、こういうのは慣れです慣れ!」
「そうだな。僕らは互いに慣れないとな」
「あれえええっ――!! そんなご無体な~!!」
二コリと微笑みながらも依然、手にしたままの銃を再度、アルラウネの方へと向ける。
途端、ダン! と一発撃ち込む。
その弾丸は彼女を狙ったものではなかった。
射出すると、すぐに軌道を大きくそらし遠くの茂みの方へと飛んでゆく。
「ぎゃっ!!」という悲鳴と共に茂みが激しく音を立てた。
遠目ではっきりしないが、血の臭いをまき散らしながら人影のような物が走り去ってゆくのが見えた。
後世まで語り継がれる偉業を残した彼を人々はワイルドハンターと呼び称える。
彼の自伝であり冒険譚でもある著書。
それは人々を熱狂的に震撼させた爆発的なベストセラー。
世界中を席巻してしまった一冊。
冒険者になった者なら、必ず一度は読破しなければ後ろ指を差されて小馬鹿にされる。
ある意味、禁書よりも厄介なその本の一節にはこう綴られている。
【エルフに会う時は是非、菓子折り持参で!!】
ギデオンがメリッサを鍵と呼ぶのには訳がある。
彼はこの五日間、ただただ蜜酒だけを醸造していたわけではない。
時間の大半は情報収集に潰えてしまった。
メリッサという解答に行き着くまで彼なりに活動していた。
彼女の介抱を終えたその日のうちに、彼は密林へ二度目の突入を試みた。
またもや、飛んでいる虫を滅ぼす勢いで銃撃を開始する彼の前に、既視感ある光景が目に入る。
ブラックキラータイガーだ。
臭いからして前日逃した個体とは違う。
何をたむろっているのかと、様子をうかがう。
すると、今度はエルフの少女ではなく、アルラウネという植物の魔物にちょっかいをかけていた。
「そこで何をしている!」
「ウゲッ!! アラガミ……きた」
ギデオンが一括するなり、虎達は一目散に逃走してゆく。
どうやら、彼の危険度は仲間内にも伝わっているようだ。
神格化されていたような気もするが、毛皮にする分だけは確保しておけばよかったと悔しがるギデオン。
隣では助けられたはずのアルラウネが彼を捕獲しようと棘と化した長髪を巻きつけようとしていた。
「何の真似だ?」
間髪入れず、銃口を突きつけられたアルラウネ。
碧色の肌が色あせるまで一瞬だった。
「ひひひっ……ご勘弁を! 種づけするなら今しかないと魔が差したんですぅ~あ」
「僕がか? それとも僕に植えつけるのか? どちらにしても……御免こうむる」
「だって、数年ぶりの人間なんですよ~ これを逃したら次はいつになるか分かりませんの」
「待て! 君は植物だろ? 何故、人にこだわる。同じ、仲間同士で繁殖すればいいんじゃないのか?」
「周りの草木たちとはお友達ですけど、それ以上関係は……チョット。それに会話してくれませんし~、愛も囁いてくれないんですよ~」
「虎は? アイツら人語を話せるだろ?」
「生理的に無理! 貴方様は先ほどまで何を見ていたんですか!? 虎ですよ虎! 頭の天辺から足の指先まで肉肉肉肉肉……妾の事なんて非常食としか見てないでかぁ――、ロンマンスの神様はどこ? どこにおるんですか!?」
「そっか……じゃあ今度、手頃な人間を連れてこよう」
「マジですかぁ~! 成人男性でお願いしまーす」
始めて出会った、人型植物。
それはギデオンの想像を超越した何かだった。
魔物でありながら人間の女性に近しい姿をしているのは、人間を欺く為だと教会で教わった。
本当にそうなのか?
少なくとも、このアルラウネはガチ恋勢になろうとしている。
それも人間とだ。
種族の壁を取り払った無償の愛。
それは、女神ミルティナスが求めていた差別なき世界であり、経典にもしっかり記載されている。
ともあれ、今のギデオンには彼女とどう接して良いのか? 見当もつかなかった。
交友関係を築く理由が全くないのだ。
してはいけない約束をしてしまった気がする。
けれど、彼女は話をすれば通じ合える樹緑人だ。
植物である以上は此処から勝手に動き出す事もない。
考え方次第では、このジャングルの中で最も安全な魔物になるだろう。
「果樹園の場所を知らないか? さっきから探しているのだが、見当たらないんだ。昨日には、ここいらにあったはずなんだが……このジャングルの植物と親しい君なら何か知っているじゃないか?」
「それは乙女の秘密ですわ~ん」
ギデオンは正直、少しだけ苛っとした。
いくら話が通じても合わなければ意味がない。
何分、人と魔物だ……ここで寛大な心を持って接しなければ、また敵対関係に逆戻りだ。
「ありがとう、自分で探してみるよ」
結局、アルラウネに聞くのは諦めた。
粘ったところで話は進展しないだろう。
頑張った、そう自分は頑張った!
そう念じるがごとく彼は拳を握り締めた。
「そうでしたわ! 妾、うっかり~」
「今度は何だ? 何か、分かったのか?」
「貴方様のお名前を聞くのを忘れてましたわ。マーキングする為には知っておかなきゃ~あ」
「ギデという。その……マーキングとかは絶対に止めてくれ。よく知らないが、何か響きが怖い」
「大丈夫ですわ~、こういうのは慣れです慣れ!」
「そうだな。僕らは互いに慣れないとな」
「あれえええっ――!! そんなご無体な~!!」
二コリと微笑みながらも依然、手にしたままの銃を再度、アルラウネの方へと向ける。
途端、ダン! と一発撃ち込む。
その弾丸は彼女を狙ったものではなかった。
射出すると、すぐに軌道を大きくそらし遠くの茂みの方へと飛んでゆく。
「ぎゃっ!!」という悲鳴と共に茂みが激しく音を立てた。
遠目ではっきりしないが、血の臭いをまき散らしながら人影のような物が走り去ってゆくのが見えた。
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