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十六話

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「鬱陶しい雨だ、さっさと終わらせろ!」

その身を雨で穢す事を嫌い、アドミラルが冷徹な命令を下す。
ギデオンが怒り任せに抵抗し、憎悪をむき出しにするが、いくら獣のようにえても、運命は変わらない。
終わりは終わり、続きはない。
蜜酒を頼りに、この場を乗り切ろうのかと考えもしたが今更そんな気力も湧かない。
自分だけ助かっても行くあてはない。
一番の友を失い、養父にも見限られた。
その事に気づいてしまうと彼は消えゆく炎のように意気消沈し、呆気なく自身の殻に閉じこもってしまった。
無抵抗になった彼の両脇を憲兵、二人が固める。
その手には雨で刀身を濡らした長剣が握られていた。

「許せ家族の為だ」彼に対する謝罪の言葉が、かすんで響く。
当人の耳には全く入っていないが、それが彼ら憲兵の作法なのだろう。

もっとも、此処から始まる惨劇は無視したくてもできない。
ギデオンには最後まで見届ける責務があった。
それが彼らに罰を与えた者としての罰だ……。

「ぐぎゃっ!」

まず、最初に憲兵の一人が小さく叫んで倒れた。
その首元には刃物で切りつけた跡がある。
同時に、ひひひぃ悲鳴を上げたのは向いに待機していたはずの憲兵。
震える、その手元には血で真っ赤に染まった剣がある。
彼は間違って同僚を斬殺してしまった。
決して殺意があったわけではない。
ましてや、手元が狂ったわけでもない。
斬ったギデオンが、たまたま同僚仲間だっただけのことだ。

「ち、違う! これは――」

必死になって周りに無実を訴えるも一切、聞き入れてもらえない。
他の憲兵が連行しようとしてくる。
尚も彼は弁明した。
同僚に事のあらましを順序立てて説明しながら刺殺、斬殺、撲殺を繰り返した。
苦痛だったそれは、時間とももに愉快になってきた。
この殺戮衝動にかられた人間は彼以外に何人もいた。
皆、無表情になりながら、ひたすら互いを傷つける手を止めない。
終には全員で同士討ちをし全滅してしまった。

「んああななあ、なんたる事! なにががあ起こっているんだ!?」

グラスの酒を飲み干しながら、アドミラルは事態異常さに狼狽えるばかりだった。
このままでは自分も危うくなると管理棟へ急いで引き返そうとする。
その脇を足音だけが通り過ぎてゆく。
アドミラルは気づかない。
その場に新たな来訪者がいることに。
鼻が利くギデオンだけが、その存在を感知していた。

「コイツはまた……意識なんか、ほとんど消えているはずなのに」

豪雨に打たれながら、シルクエッタを抱きかかえるギデオン。
もはや、何の意味もなさない行為だが、最後の最期は友の近くにいようと願った彼の想いが伝わってくる。
そんな彼の姿を見て男は、素直に感心していた。

「……は……な?」

「おぃーす! って……聞こえてねぇーよな。ワリィが今からお前を封印回収するわ。でねぇーと、世界が滅びちまうからな、オーケィ!? で……こっちのチビは……運がいいな、瀕死になったことで、ほぼ、神酒の影響を受けていない」

男はギデオン達の身体に手をかざし、彼らの状態を検査していた。
彼が何者でどこから来たのか、知る由もない。
ただ、常人には決して姿を視認することができないという特異体質の持ち主だった。
人とは違う魅力を持つ、エキゾチックな顔立ちの男。
実際、得も言われぬ高貴ささえ、まとわせている。

「この辺でいいだろう。挽歌障壁、石櫃!」

少し離れた場所からギデオン達に向け印を結ぶ。
男が術を唱えたことにより何も無い空中から何枚かの石板が出現し、彼ら二人を囲った。
一斉に組み合わさっていく石板が、特大のひつとなる。
その箱の中でギデオンとシルクエッタは共に眠ることとなった。

「いよーし! 雨が止んだな。ん? あの、おっちゃんは何してんだ? おーい! って……聞えねぇーか!」

雨でぐしゃぐしゃになった地面を踏みつけては大喜びする。
アドミラル枢機卿は完全に子供そのものだった。
幼児退行というより、気が触れてしまったという具合だ。
しばらくは、男の周囲にいたものの、何を考えたのかバルトバレーの門を抜けて砂漠に出ていってしまった。

男が呼び止めたがアドミラルには聞こえなかった。
すでに蜜酒の雨を相当量飲んでいた彼は、人間性を消失していた。
本能のまま行動し、無邪気に暮らしてゆく。
そんな風にすごせたのなら彼も幸せになれたのかもしれないが、自然界の猛威はそれを認めなかった。
砂漠の方から、断末魔の悲鳴が聞こえた。
おそらく、まだ残っていたスカーレットスコーピオンに捕まってしまったようだ。
外の砂漠から、アドミラルの首だけが飛んで帰ってきた。

「自業自得とは、この事かね。悪戯に魔物を引き寄せたりするからこうなるんだ」

石櫃に鎖を巻きつけ終えると、男は鎖を自分の肩にかけ櫃を持ち上げた。
軽快な足取りで収容所本館の方へ歩いていく。
すると、その場で跡形もなく忽然こつぜんと姿を消してしまった。

あとに残されたのは、凄惨な争いの後だけだった。
ギデオン達がどこに連れさらわれたのか、誰一人も知らないまま時間だけが過ぎっていった。
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