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十五話

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いくら揺さぶろうとも、頑なに自分の愛情を拒み続ける。
そんなギデオンの態度に、先に精神的な限界を迎えたのは枢機卿の方だった。

アドミラル・アシュクロフトは骨の髄まで権力者だった。
官僚の息子として生を受けた時点で、世襲という強みにより彼の人生は盤石ばんじゃくなモノとして確定していた。
富、名声、地位、女、人脈、品物、望めば好きなだけ手に入った。
自身で努力して何かを勝ち取ったことなど一度たりともない。
最初から彼の勝利は決まっている。
多くの人々が羨むような贅沢暮らしを続けてきたアドミラルだったが、どうしても解決できない悩みを一つだけ抱えていた。
心に開いた空虚という穴。
どれほど、自身の願望を満たそうとしても埋まるどころか、拡がってゆく。
何をしても楽しくない。何を食べても美味しくない。何をされても嬉しくない……。
例を挙げたらキリがないほどの無い無いづくし。
溜まってゆく鬱屈うっくつを晴らうがごとく公務を徹底する毎日。
それが彼の日常だった。
すべてを狂わせたのはギデオンという少年との出会いだった。
それまで理想でしかなかった完璧な人物像。
それを体現したかのような少年は、彼の性癖を飛び越え崇拝の対象となっていた。

ギデオンに拒否される事は、アドミラルにとって耐え難いほどの痛みだった。
ましてや、自分よりも性別を偽り穢れたシルクエッタの方が大事だと、彼の口から告げられたのだから、平静を保つ事はできない。
過呼吸発作を起こしながらも、アドミラルは憲兵に告げた。

「殺せ……に入らないのなら……ぜぇぜぇ。 無理やりにでもワシの物にする! 殺せぇ――二人共々、刃で喉笛をを掻っ切れ。そうすればギデオンは永久にワシだけのモノだ!!」

「シルクエッタは関係ないだろう! 殺るなら僕だけにしろ、アドミラル!! 分かった……アンタの言う――」

「ギデオン!!」

暴挙に屈しそうなギデオンを見つめながら、シルクエッタは首を横に振った。

「ボクの事はもう庇わなくてもいいんだ」

「そんなことを……言うなよ、シルクエッタ。頼むから!」

「ボクはね……すごく怖かったんだ。女の子でない事がギデオンに知られたら君に軽蔑されるかもしれない。そう想像しただけで、胸がはち切れそうなるほど苦しかった。だから、罪悪感を抱えながらもずっと秘密にしてきた。本当なら、そんな風に考えるべきじゃなかった……君という人を一番理解していなければならなかったのに、恐怖に負けて逃げてしまったんだ。心から嬉しかったよ。君が、ボクの気持ちに真っ直ぐに向きってくれたおかげで、ボクは幸せになれたんだ」

瞳に涙を溜めて微笑む、シルクエッタ。
彼女の首元を無慈悲な刃がすり抜ける。
鮮血に塗れる幼馴染の身体。
それを目の当たりにしたギデオンは激昂げきこうし苦悶の表情を浮かべて膝から崩れ落ちた。

「ぅうううっ――――何だ! 何だよ、この世界は!! おかしい、狂っているぅうう。彼女が、どうして処罰されなければならない!! シルクエッタ、お願いだよ! 返事をしてくれぇぇぇ――――」

「お前のせいだぞ、ギデオン。素直に従っておけば済んだことなのだ」

「嘘をつくなぁああ!! 貴様は、僕が受け入れても彼女を始末するつもりだったんだろうがぁあ!」

力一杯、地面を殴りつけるギデオンの拳。
飛び出た血が地面を赤色に染める。
今頃になって後悔しても何も救えない。
選択を間違えたと嘆いても誰も救われない。
その事を痛感しているからこそ、彼は自分のことを赦せなくなってしまった。 

「くははっは! 参った参った、お前に嘘はつけぬな。ならば、もう一つ嘘を明かしてやる。お前の養父、アラドは大罪人だ。処罰を受けなかったのが奇跡に近い」

「また、デタラメか……」

「信じるかどうかは、お前の勝手だ……アラドは捨て子のお前を拾ったと言っていたよな? しかし、事実は違う。あの男は、お前を奪ってきたのだ、本当の親元からな。そこにどういった経緯があったのかは知らんが……ギデオン、お前の両親を殺したのはアラド本人だ」

「戯言を! 強奪した子供を大事に育てる親などあり得ない!!」

「だが、事実は事実。お前が何を願おうとも過去は変えられない。お前の父は人殺しだ!! そして、お前は親の仇を父と呼ぶ、正真正銘の愚か者だ!」

「……もういい、そんな事。今更、事実を確かめてもアンタの言う通り過去は変えられない。そうさ、僕の両親もシルクエッタも生き返りはしないんだ。こんな、不条理だらけの世界ならいっそ、全てをリセットしてしまえばいい!! 何度も! 何度も! 何度でも! 貴様ら悪が世に蔓延はびこるのを止めるまで滅び続ければいいんだ―――」

ギデオンが世界の理を完全否定した時、それは何の前触れもなく起きた。
涙が枯渇してしまった彼に代わって、天から黄金に輝く雨が降り始めたのだ。
最初はなんら変わり映えもしない普通の雨だった。
人々がその神秘的な光景に神の軌跡だと崇め、大いにはしゃいで心奪われていくうちに雨は酒へと変化した。
聖王国ゼレスティア全土を巻き込んだ、この現象。
ミルティナスの悲涙と呼ばれる豪雨は前代未聞の大惨禍だいさんかとして後世まで爪痕を残す事となる。
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