上 下
12 / 298

十二話

しおりを挟む
星明りの下、さらされる光景。
ギデオンはどう対処するべきかと、眉間にしわを寄せる。
救う価値が無いと思う者を救済できるほど彼はできた人間ではないし、青年たちを生かせば、彼らによって不幸を与えられる人間が増していく事も頭で理解していた。
むしろ、このまま魔物の餌食になってくれれば彼の面倒事は減る。
けれど、事はそう単純なものでもない。
いくら同種族とはいえ、魔物であるレッドスコーピオンがここまで集まるケースは前例がない。
言ってしまえば異常だ。
状況を辿っても長髪の青年らが狙われている原因も不明だ。
今回のレッドスコーピオンの動きは、まるで何者かに操られているような不自然さを覚える。
とはいえ、傍観していては何一つとしてハッキリとしない。
それに探している父の姿もどこにも見当たらないままだ。
倫理と感情がぶつかり合いますます苦悩するギデオン。
しかし、善悪の二元論で判断してしまうのは愚者の極みと言わざるを得ない。

「くっそそおおおおお!!」

抑えきれない感情の揺らぎを吐き出しながらギデオンは群れの中に突入した。
自分が何を求め、何をやっているのかも分からないほど錯乱している。
冷静沈着に思考を働かせているのなら、普通こんな無謀な事はやらかさない。
今の彼は無策で無力だった。
けれど、それがなんだと言う?
パラディンとしての天啓を授かっていなくとも、彼は窮地に陥っている人間を決して見捨てたりはしない。
救いを求める者達がいる。
だからこそ剣を振るう、それがギデオン・グラッセという若者だ。

馬上から敵を牽制けんせいし、ヘイトを稼ぐ。
彼らを直接救う事はできなくとも、蠍たちの注意を自身に引きつければ逃げ道ぐらいは作れるはずだ。

「うおおおぉぉお――――」

砂塵を巻き上げ、手当たり次第に剣戟を叩きつける。
不格好だが、この視界の悪さではまともになんて戦えない。
おまけに魔物が密集し過ぎるせいで頼みの鼻も利きづらくなっていた。
馬にしてもそうだ。
本来は繊細で神経質な生き物だ。
それを怯えることなく、この暗がりを耐えていられるのは、ひとえに蜜酒の効果が持続しているからに過ぎない。
対して、スカーレットスコーピオンは夜行性の魔物だ。
生まれ持って暗視能力を持っているのだから暗闇など関係ない。
松明の炎で憲兵たちの位置は分かるものの、どれだけ敵を引きつければいいのか加減が難しい。
ギデオンに出来る事は、残りの蜜酒を辺りにばら撒いて蠍を過度に酔わせる事ぐらいしかない。

「これまでか!」

その場を離脱し、バルトバレー方面へ馬を走らせる。
数は不明だが、思惑通り相当数の蠍たちが追尾してきている。
願わくば、酒で酔った蠍たちが同士討ちをしてくれれば、いいのだが……こればかりは憲兵隊連中の運任せだ。
幸いな事に馬の脚の方が蠍よりも速い。
このままであれば、追撃から免れられる。
ギデオンの視界を突如として巨大な鉄の塊がおおってきた。
暗がりの中でも確かに見えるそれは、れっきとした建造物。
バルトバレー収容所が彼の来訪を待ちわびていたかのように眼前に現れる。

「どうにか中に入れないものか」

ギデオンの呟きに答えるようにして、収容所の大門が開かれる。
通常の門とは規模が違う特大サイズの金属扉がスライドし上へと持ち上がる。
奇妙な開門の仕方に目を疑う暇もなく、今度は収容所の方から炎の矢が飛んできた。

「魔法! ファイヤーアローか」

一斉に放たれた火矢はギデオンを狙ったものではない。
後続のレッドスコーピオンに向けて撃ちこまれたモノだった。
どうして収容所が自分を保護してしてくれるのか、彼は訝しんだ。
善意にしては、あまりも都合が良すぎると考えるのは自然な流れだ。

門をくぐり抜けた、先に一人の老紳士の姿があった。
仕立ての良いスーツにシルクハット、長鼻の横に並ぶモノクル。
この老紳士こそ父を収容所送りにした張本人、アドミラル枢機卿だ。

「一人で出迎えですか? 随分と質素ですね」

「何分、今宵は人手が足りなくてな。バルトバレー収容所へ、ようこそ。君なら必ずやって来ると信じておったよ」

「与太話はそのぐらいだ。父をどこにやった?」

「そうわめくでないぞ。バルトバレー送りの話はデマだ。君をここへおびき寄せる為にワシが流した嘘の情報だ。グラッセ子爵ならワシの屋敷でくつろいで貰っておるよ」

「解せないな。貴方ほどの人がどうしてこんな回りくどい、やり方をするんだ? 単純に僕を捕まえるだけなら、造作もないはずだ」

「大した理由ではない。宰相の奴がやかましくてな、貴公に直接手出しができなかったのだよ」

「宰相が? まあ……いい。それよりも父を返してもらおうか! その為にここまで来たんだ」

「鈍いな。言ったはずだろう、貴公の父はとしてもてなしていると。子爵が自分の家に戻らないのは、彼自身の意思だ」

「嘘をつくな! アンタらが脅して監禁しているだけだろう!」

否定するギデオンに、アドミラルは深いため息をついた。
同情とも受け取れる行動の後に、スーツの中から書状を取り出し突きつけて見せてきた。

「売られたのだよ、貴公は。養父にな!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

処理中です...