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十二話
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星明りの下、さらされる光景。
ギデオンはどう対処するべきかと、眉間に皺を寄せる。
救う価値が無いと思う者を救済できるほど彼はできた人間ではないし、青年たちを生かせば、彼らによって不幸を与えられる人間が増していく事も頭で理解していた。
むしろ、このまま魔物の餌食になってくれれば彼の面倒事は減る。
けれど、事はそう単純なものでもない。
いくら同種族とはいえ、魔物であるレッドスコーピオンがここまで集まるケースは前例がない。
言ってしまえば異常だ。
状況を辿っても長髪の青年らが狙われている原因も不明だ。
今回のレッドスコーピオンの動きは、まるで何者かに操られているような不自然さを覚える。
とはいえ、傍観していては何一つとしてハッキリとしない。
それに探している父の姿もどこにも見当たらないままだ。
倫理と感情がぶつかり合いますます苦悩するギデオン。
しかし、善悪の二元論で判断してしまうのは愚者の極みと言わざるを得ない。
「くっそそおおおおお!!」
抑えきれない感情の揺らぎを吐き出しながらギデオンは群れの中に突入した。
自分が何を求め、何をやっているのかも分からないほど錯乱している。
冷静沈着に思考を働かせているのなら、普通こんな無謀な事はやらかさない。
今の彼は無策で無力だった。
けれど、それがなんだと言う?
パラディンとしての天啓を授かっていなくとも、彼は窮地に陥っている人間を決して見捨てたりはしない。
救いを求める者達がいる。
だからこそ剣を振るう、それがギデオン・グラッセという若者だ。
馬上から敵を牽制し、ヘイトを稼ぐ。
彼らを直接救う事はできなくとも、蠍たちの注意を自身に引きつければ逃げ道ぐらいは作れるはずだ。
「うおおおぉぉお――――」
砂塵を巻き上げ、手当たり次第に剣戟を叩きつける。
不格好だが、この視界の悪さではまともになんて戦えない。
おまけに魔物が密集し過ぎるせいで頼みの鼻も利きづらくなっていた。
馬にしてもそうだ。
本来は繊細で神経質な生き物だ。
それを怯えることなく、この暗がりを耐えていられるのは、ひとえに蜜酒の効果が持続しているからに過ぎない。
対して、スカーレットスコーピオンは夜行性の魔物だ。
生まれ持って暗視能力を持っているのだから暗闇など関係ない。
松明の炎で憲兵たちの位置は分かるものの、どれだけ敵を引きつければいいのか加減が難しい。
ギデオンに出来る事は、残りの蜜酒を辺りにばら撒いて蠍を過度に酔わせる事ぐらいしかない。
「これまでか!」
その場を離脱し、バルトバレー方面へ馬を走らせる。
数は不明だが、思惑通り相当数の蠍たちが追尾してきている。
願わくば、酒で酔った蠍たちが同士討ちをしてくれれば、いいのだが……こればかりは憲兵隊連中の運任せだ。
幸いな事に馬の脚の方が蠍よりも速い。
このままであれば、追撃から免れられる。
ギデオンの視界を突如として巨大な鉄の塊がおおってきた。
暗がりの中でも確かに見えるそれは、れっきとした建造物。
バルトバレー収容所が彼の来訪を待ちわびていたかのように眼前に現れる。
「どうにか中に入れないものか」
ギデオンの呟きに答えるようにして、収容所の大門が開かれる。
通常の門とは規模が違う特大サイズの金属扉がスライドし上へと持ち上がる。
奇妙な開門の仕方に目を疑う暇もなく、今度は収容所の方から炎の矢が飛んできた。
「魔法! ファイヤーアローか」
一斉に放たれた火矢はギデオンを狙ったものではない。
後続のレッドスコーピオンに向けて撃ちこまれたモノだった。
どうして収容所が自分を保護してしてくれるのか、彼は訝しんだ。
善意にしては、あまりも都合が良すぎると考えるのは自然な流れだ。
門をくぐり抜けた、先に一人の老紳士の姿があった。
仕立ての良いスーツにシルクハット、長鼻の横に並ぶモノクル。
この老紳士こそ父を収容所送りにした張本人、アドミラル枢機卿だ。
「一人で出迎えですか? 随分と質素ですね」
「何分、今宵は人手が足りなくてな。バルトバレー収容所へ、ようこそ。君なら必ずやって来ると信じておったよ」
「与太話はそのぐらいだ。父をどこにやった?」
「そう喚くでないぞ。バルトバレー送りの話はデマだ。君をここへおびき寄せる為にワシが流した嘘の情報だ。グラッセ子爵ならワシの屋敷でくつろいで貰っておるよ」
「解せないな。貴方ほどの人がどうしてこんな回りくどい、やり方をするんだ? 単純に僕を捕まえるだけなら、造作もないはずだ」
「大した理由ではない。宰相の奴がやかましくてな、貴公に直接手出しができなかったのだよ」
「宰相が? まあ……いい。それよりも父を返してもらおうか! その為にここまで来たんだ」
「鈍いな。言ったはずだろう、貴公の父はゲストとしてもてなしていると。子爵が自分の家に戻らないのは、彼自身の意思だ」
「嘘をつくな! アンタらが脅して監禁しているだけだろう!」
否定するギデオンに、アドミラルは深いため息をついた。
同情とも受け取れる行動の後に、スーツの中から書状を取り出し突きつけて見せてきた。
「売られたのだよ、貴公は。養父にな!!」
ギデオンはどう対処するべきかと、眉間に皺を寄せる。
救う価値が無いと思う者を救済できるほど彼はできた人間ではないし、青年たちを生かせば、彼らによって不幸を与えられる人間が増していく事も頭で理解していた。
むしろ、このまま魔物の餌食になってくれれば彼の面倒事は減る。
けれど、事はそう単純なものでもない。
いくら同種族とはいえ、魔物であるレッドスコーピオンがここまで集まるケースは前例がない。
言ってしまえば異常だ。
状況を辿っても長髪の青年らが狙われている原因も不明だ。
今回のレッドスコーピオンの動きは、まるで何者かに操られているような不自然さを覚える。
とはいえ、傍観していては何一つとしてハッキリとしない。
それに探している父の姿もどこにも見当たらないままだ。
倫理と感情がぶつかり合いますます苦悩するギデオン。
しかし、善悪の二元論で判断してしまうのは愚者の極みと言わざるを得ない。
「くっそそおおおおお!!」
抑えきれない感情の揺らぎを吐き出しながらギデオンは群れの中に突入した。
自分が何を求め、何をやっているのかも分からないほど錯乱している。
冷静沈着に思考を働かせているのなら、普通こんな無謀な事はやらかさない。
今の彼は無策で無力だった。
けれど、それがなんだと言う?
パラディンとしての天啓を授かっていなくとも、彼は窮地に陥っている人間を決して見捨てたりはしない。
救いを求める者達がいる。
だからこそ剣を振るう、それがギデオン・グラッセという若者だ。
馬上から敵を牽制し、ヘイトを稼ぐ。
彼らを直接救う事はできなくとも、蠍たちの注意を自身に引きつければ逃げ道ぐらいは作れるはずだ。
「うおおおぉぉお――――」
砂塵を巻き上げ、手当たり次第に剣戟を叩きつける。
不格好だが、この視界の悪さではまともになんて戦えない。
おまけに魔物が密集し過ぎるせいで頼みの鼻も利きづらくなっていた。
馬にしてもそうだ。
本来は繊細で神経質な生き物だ。
それを怯えることなく、この暗がりを耐えていられるのは、ひとえに蜜酒の効果が持続しているからに過ぎない。
対して、スカーレットスコーピオンは夜行性の魔物だ。
生まれ持って暗視能力を持っているのだから暗闇など関係ない。
松明の炎で憲兵たちの位置は分かるものの、どれだけ敵を引きつければいいのか加減が難しい。
ギデオンに出来る事は、残りの蜜酒を辺りにばら撒いて蠍を過度に酔わせる事ぐらいしかない。
「これまでか!」
その場を離脱し、バルトバレー方面へ馬を走らせる。
数は不明だが、思惑通り相当数の蠍たちが追尾してきている。
願わくば、酒で酔った蠍たちが同士討ちをしてくれれば、いいのだが……こればかりは憲兵隊連中の運任せだ。
幸いな事に馬の脚の方が蠍よりも速い。
このままであれば、追撃から免れられる。
ギデオンの視界を突如として巨大な鉄の塊がおおってきた。
暗がりの中でも確かに見えるそれは、れっきとした建造物。
バルトバレー収容所が彼の来訪を待ちわびていたかのように眼前に現れる。
「どうにか中に入れないものか」
ギデオンの呟きに答えるようにして、収容所の大門が開かれる。
通常の門とは規模が違う特大サイズの金属扉がスライドし上へと持ち上がる。
奇妙な開門の仕方に目を疑う暇もなく、今度は収容所の方から炎の矢が飛んできた。
「魔法! ファイヤーアローか」
一斉に放たれた火矢はギデオンを狙ったものではない。
後続のレッドスコーピオンに向けて撃ちこまれたモノだった。
どうして収容所が自分を保護してしてくれるのか、彼は訝しんだ。
善意にしては、あまりも都合が良すぎると考えるのは自然な流れだ。
門をくぐり抜けた、先に一人の老紳士の姿があった。
仕立ての良いスーツにシルクハット、長鼻の横に並ぶモノクル。
この老紳士こそ父を収容所送りにした張本人、アドミラル枢機卿だ。
「一人で出迎えですか? 随分と質素ですね」
「何分、今宵は人手が足りなくてな。バルトバレー収容所へ、ようこそ。君なら必ずやって来ると信じておったよ」
「与太話はそのぐらいだ。父をどこにやった?」
「そう喚くでないぞ。バルトバレー送りの話はデマだ。君をここへおびき寄せる為にワシが流した嘘の情報だ。グラッセ子爵ならワシの屋敷でくつろいで貰っておるよ」
「解せないな。貴方ほどの人がどうしてこんな回りくどい、やり方をするんだ? 単純に僕を捕まえるだけなら、造作もないはずだ」
「大した理由ではない。宰相の奴がやかましくてな、貴公に直接手出しができなかったのだよ」
「宰相が? まあ……いい。それよりも父を返してもらおうか! その為にここまで来たんだ」
「鈍いな。言ったはずだろう、貴公の父はゲストとしてもてなしていると。子爵が自分の家に戻らないのは、彼自身の意思だ」
「嘘をつくな! アンタらが脅して監禁しているだけだろう!」
否定するギデオンに、アドミラルは深いため息をついた。
同情とも受け取れる行動の後に、スーツの中から書状を取り出し突きつけて見せてきた。
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