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十話
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屋敷に急行するギデオン。
その胸中は父、アラドの事で気が気でない。
犯人に関する手掛かりを見つけると宣言しておきながら結果、空振り。
これでは元の木阿弥どころか、さらに悪化の一途を辿るばかりだ。
「坊ちゃま!!」
サンヌマリー通りを出たところで、血相を変えたカーラが走ってきた。
最悪を想定したであろう、ギデオンもギョッと眼を見開き足を止めた。
「カーラ! 父上は? 父上はどうした?」
「大変です、坊ちゃま!! 旦那様が憲兵隊によって連行されてしまいました……このままでは、バルトバレー収容所に送られてしまいます。そうなると面会するのも容易ではないでしょう」
「バルトバレーだと!? 法廷を飛ばしてか? 裁判所は何をしているんだ?」
「それが、アドミラル枢機卿の手引きで裁判なしの即刻断罪が決定した……そうです」
血の気が失せ、フラつくカーラ。
その身をギデオンが抱きとめた。
全身の震えが治まらない彼女、心身ともに限界が近い。
「最悪だ……あのアドミラル枢機卿が出てくるなんて。クロイツだけではなく彼も、僕を狙っているのか? だとすれば相手が悪すぎる」
「申し訳ございません、坊ちゃま……私めでは何のお役にも立てませんでした」
「いいんだ。貴女はグラッセ家の為に良くしてくれている。僕も父も感謝こそはすれど、恨む道理などないさ」
力なく謝罪するカーラの手をとり、近場のベンチへ休ませる。
これからどうするか? 考えるまでもない。
父を取り戻す! その為には父がバルトバレー収容所に護送されてしまう前に一刻早く止めなければならない。
「カーラは屋敷に戻ってくれ、後は僕が何とかする」
すぐさま、その場を離れようとするギデオンの法衣をカーラが掴んできた。
どういうつもりだと視線を戻した彼が見たものは、不安に打ちひしがれ今にも心が崩れそうな彼女の涙する姿だった。
「嫌な予感がします。昨日の天啓の儀から、私達の周りで不穏な空気が漂っているように思われます」
「ああ、父上も似たような事を言っていた。おそらく、司教暗殺の件には黒幕が存在する。そして、ソイツはまだ尻尾すら見せていない。僕たちをつけ狙う理由は定かではないが、何れ必ず正体を突き止め裁きを受けさせてやる」
「ギデオン様……くれぐれも無理をなさらないで下さい。旦那様も私も貴方様の身を案じております。ましてや、危険にさらされる事など望んでおりません」
「大丈夫だ、僕に考えがある。父上は必ず、救い出してみせる。だから、カーラは僕を信じて待っていてくれ」
出来るだけ気丈に振る舞いながらも、カーラに別れを告げる。
独りになったギデオンは早速、早馬を調達しに街外れの厩舎に向かった。
馬房主に手持ちの金銭を半ば強引に手渡すと彼はバルトバレーまで馬を飛ばした。
バルトバレーは、首都グラダートから離れること数十キロ、南東のハバロク砂漠地帯に建造された巨大収容施設だった。
聖王国で罪を犯した者の大半がここへと送られてくる。
当然ながら砂漠の気候は昼間は灼熱、夜は極寒と厳しい。
加えて、蠍の魔物スカーレットスコーピオンやサンドワームの生息地帯としても有名なこの場所からの脱獄は、ほぼ死を意味する。
確実に生還はできない砂漠の監獄。
ならば、どうやって囚人を護送しているのか?
答えは魔除けの香と正規ルートを進む事にある。
魔除けの香とは、そのままの意で香をたく事で魔物が嫌う匂いを発生させ近寄らせない為の手段として使用する。
いわば、身を守る保険のようなモノ。
どちらかと言えば、本命はルート選択にある。
ハバロク砂漠には魔物が生息できない地帯が存在する。
安置と呼ばれる、この場所を見つけるのには熟練のハンターでも苦戦する。
よって事前にルートを知らなければ地獄を見る事になる。
他にも熱さをしのぐ為のオアシス、寒さに凍えてしまわないように避難する洞窟。
それらを統合して作られたバルトバレー正規ルート図という物が存在し、憲兵隊はそのおかげで難なく砂漠を移動できる。
説明するまでもなく、ギデオンはこの地図を所持していなかった。
それどころか、砂漠地帯に来たのは生まれて、このかた一度もない。
不慣れな土地に着くなり一旦、馬を止めると彼は静かに瞳を閉じた。
「酷い魔物臭だ……よく、瘴気が発生しないものだな。問題なく行けそうな場所は、あっちか!」
マタギの能力を持つギデオンには基礎強化力【超嗅覚】が備わっていた。
スキルと違い、天職による恩恵は常時、発動している。
超嗅覚のような極端な恩恵は、時として弱点になり兼ねない。
その辺りは、はっきり言って運任せでしかない。
なぜなら、同職業でも得られる恩恵は個人個人で違ってくるからだ。
因みに、ギデオンには超聴覚は身についていない。
耳の良さは生まれつき、天性のものだ。
砂漠を横断すること半刻も経たないうちに、最初のトラブルが発生した。
馬が走らなくなった。
原因は分かりきっている、凍えるような気温のせいだ。
砂漠の劣悪な環境。
その知識を持っていなかったゆえに早速、ギデオンに災難が降りかかろうとしていた。
その胸中は父、アラドの事で気が気でない。
犯人に関する手掛かりを見つけると宣言しておきながら結果、空振り。
これでは元の木阿弥どころか、さらに悪化の一途を辿るばかりだ。
「坊ちゃま!!」
サンヌマリー通りを出たところで、血相を変えたカーラが走ってきた。
最悪を想定したであろう、ギデオンもギョッと眼を見開き足を止めた。
「カーラ! 父上は? 父上はどうした?」
「大変です、坊ちゃま!! 旦那様が憲兵隊によって連行されてしまいました……このままでは、バルトバレー収容所に送られてしまいます。そうなると面会するのも容易ではないでしょう」
「バルトバレーだと!? 法廷を飛ばしてか? 裁判所は何をしているんだ?」
「それが、アドミラル枢機卿の手引きで裁判なしの即刻断罪が決定した……そうです」
血の気が失せ、フラつくカーラ。
その身をギデオンが抱きとめた。
全身の震えが治まらない彼女、心身ともに限界が近い。
「最悪だ……あのアドミラル枢機卿が出てくるなんて。クロイツだけではなく彼も、僕を狙っているのか? だとすれば相手が悪すぎる」
「申し訳ございません、坊ちゃま……私めでは何のお役にも立てませんでした」
「いいんだ。貴女はグラッセ家の為に良くしてくれている。僕も父も感謝こそはすれど、恨む道理などないさ」
力なく謝罪するカーラの手をとり、近場のベンチへ休ませる。
これからどうするか? 考えるまでもない。
父を取り戻す! その為には父がバルトバレー収容所に護送されてしまう前に一刻早く止めなければならない。
「カーラは屋敷に戻ってくれ、後は僕が何とかする」
すぐさま、その場を離れようとするギデオンの法衣をカーラが掴んできた。
どういうつもりだと視線を戻した彼が見たものは、不安に打ちひしがれ今にも心が崩れそうな彼女の涙する姿だった。
「嫌な予感がします。昨日の天啓の儀から、私達の周りで不穏な空気が漂っているように思われます」
「ああ、父上も似たような事を言っていた。おそらく、司教暗殺の件には黒幕が存在する。そして、ソイツはまだ尻尾すら見せていない。僕たちをつけ狙う理由は定かではないが、何れ必ず正体を突き止め裁きを受けさせてやる」
「ギデオン様……くれぐれも無理をなさらないで下さい。旦那様も私も貴方様の身を案じております。ましてや、危険にさらされる事など望んでおりません」
「大丈夫だ、僕に考えがある。父上は必ず、救い出してみせる。だから、カーラは僕を信じて待っていてくれ」
出来るだけ気丈に振る舞いながらも、カーラに別れを告げる。
独りになったギデオンは早速、早馬を調達しに街外れの厩舎に向かった。
馬房主に手持ちの金銭を半ば強引に手渡すと彼はバルトバレーまで馬を飛ばした。
バルトバレーは、首都グラダートから離れること数十キロ、南東のハバロク砂漠地帯に建造された巨大収容施設だった。
聖王国で罪を犯した者の大半がここへと送られてくる。
当然ながら砂漠の気候は昼間は灼熱、夜は極寒と厳しい。
加えて、蠍の魔物スカーレットスコーピオンやサンドワームの生息地帯としても有名なこの場所からの脱獄は、ほぼ死を意味する。
確実に生還はできない砂漠の監獄。
ならば、どうやって囚人を護送しているのか?
答えは魔除けの香と正規ルートを進む事にある。
魔除けの香とは、そのままの意で香をたく事で魔物が嫌う匂いを発生させ近寄らせない為の手段として使用する。
いわば、身を守る保険のようなモノ。
どちらかと言えば、本命はルート選択にある。
ハバロク砂漠には魔物が生息できない地帯が存在する。
安置と呼ばれる、この場所を見つけるのには熟練のハンターでも苦戦する。
よって事前にルートを知らなければ地獄を見る事になる。
他にも熱さをしのぐ為のオアシス、寒さに凍えてしまわないように避難する洞窟。
それらを統合して作られたバルトバレー正規ルート図という物が存在し、憲兵隊はそのおかげで難なく砂漠を移動できる。
説明するまでもなく、ギデオンはこの地図を所持していなかった。
それどころか、砂漠地帯に来たのは生まれて、このかた一度もない。
不慣れな土地に着くなり一旦、馬を止めると彼は静かに瞳を閉じた。
「酷い魔物臭だ……よく、瘴気が発生しないものだな。問題なく行けそうな場所は、あっちか!」
マタギの能力を持つギデオンには基礎強化力【超嗅覚】が備わっていた。
スキルと違い、天職による恩恵は常時、発動している。
超嗅覚のような極端な恩恵は、時として弱点になり兼ねない。
その辺りは、はっきり言って運任せでしかない。
なぜなら、同職業でも得られる恩恵は個人個人で違ってくるからだ。
因みに、ギデオンには超聴覚は身についていない。
耳の良さは生まれつき、天性のものだ。
砂漠を横断すること半刻も経たないうちに、最初のトラブルが発生した。
馬が走らなくなった。
原因は分かりきっている、凍えるような気温のせいだ。
砂漠の劣悪な環境。
その知識を持っていなかったゆえに早速、ギデオンに災難が降りかかろうとしていた。
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