9 / 362
九話
しおりを挟む
「ええい! 邪魔だ、のけぃ」
抱きついてきたギデオンを押し退けるクロイツ。
直後、彼は片膝をつき、そのまま身動きが取れなくなった。
「がふっ!」
口の中から溢れてくる唾液。
拭った手を真っ赤に染め上げていた。
状況が飲み込めず、絶句しているとギデオンが無言で彼を指差した。
「なん……だ。これは、どうして……どうして? 俺の身体に穴が空いているんだぁ――! あああ――――」
「気づいていないようだな。アンタは自分で自分を撃ったんだ。コイツのせいでな」
ギデオンが見せたのは栓の空いた聖水瓶だった。
すでに使用した痕跡として瓶の中身はほとんど残されていなかった。
「なんでだって顔だな。コイツは聖水じゃない、聖水から作った蜜酒だ」
「蜜酒だと! なんでそんなものが」
「マタギスキルの一つ、瞬間蜜造によって出来た品だ。この酒は、そこいらにある物とは全くの別物だ。魔法薬と考えてもいい。一口で快楽に誘い、二口で悦楽に堕とす、最期三口で極楽浄土逝きだ」
「……悪魔だ。悪魔が授けた能力ごほっ!」
「酷い事、言うなぁ。アンタが愛してやまない女神様が授けてくれた能力だぞ。それを否定するなんて信徒失格じゃないか?」
「だ、黙れ! それよりも貴様が何故? 無傷でいる……確かに脇腹に風穴を開けてやった――はずだ」
「勿論、綺麗に開いたよ、アンタの身体もろともな。けれど、然程重傷じゃない。シルクエッタの治癒魔法ですぐに元通りだ! アンタはすでに蜜酒を二口、あおっている。だから、悦楽に浸り能力のコントロールを誤った」
「っはは……やはり、貴様が司教を殺したのではないか……はぁはぁ――――覚えているぞ、あの時も聖水を手にしていたな」
「カン違いするな。司教様の死因は毒によるモノだ。蜜酒は薬にはなっても毒にはならない。ただ、人には美味過ぎて正気を保つことができないだけだ」
「くっ……そぉぉおおお―――――こんな所で、終わるというのか!? 俺はぁああああ!!」
「最期の審判だ。クロイツ、アンタが知っている事、洗いざらい吐け! それが懺悔になる。女神様も、きっと赦して下さるだろう」
懺悔という響きに、クロイツは目を細め口をつく。
「ああ! 我が女神様、どうか貴女の元へ。私、クロイツ・ハウゼンはキンバリー・カイネンに命じられ彼の報復を手伝ってしまいました。仕方なかったのです、世界は貴女様の意思に背き不浄なる者をのさばらせている。何と理不尽。何と不公平。何と穢れている。何と救い難い。私は決意しました。死を傍らに抱きながら、生き延びてきた自分こそ平穏、自堕落を貪っている権力の豚共を抹殺する為の使徒になるべきだと。すべては貴女様の為、善徒としての努め。この身を捧げた私をどうかお赦しください。これを持って私の懺悔と致します」
「それで、司教様を殺したのは誰だ? おい!」
その問いの答えが返ってくる事はなかった。
片膝をついたまま、礼拝堂の方へ顔を向け胸元で両手を合わせる彼の姿は、まさに純然たる信徒そのものだった。
「ギデオン、その人はもう……天に召されたわ」
尚も問いただそうとするギデオンをシルクエッタが宥める。
深いため息をつきながら、彼は苛立ち隠せずにいた。
「くっ……クロイツの遺体を隠さないと不味い事になるぞ。自爆とはいえ、僕と争った痕跡を調べられてしまっては一発でアウトだ」
「痕跡については心配ないわ。ボクが浄化魔法で消すから……」
「本当か! 助かるよ」
「それよりも、彼を遺棄するのは賛同できない。ギデオン、ボクはミルティナス信徒だ。神に仕える者として、死者を冒涜するような真似はできない」
「なら、すべて白日の下にさらせというのか!? そんな事をしたら僕たちは終わりだ! 君だって教会から破門されてしまうんだぞ!!」
「それでもだよ。此処で間違った事をしてしまえば、ボクは自分がこれまでやってきた事を否定してしまう。そうなってしまったら、何の為に祈りを捧げればいいのか分からなくなってしまう」
クロイツの遺体を丁重に寝かせるシルクエッタをギデオンは見ていられなかった。
善行に対する心苦しさや、わだかまりが彼を悩ませているようでもあった。
シルクエッタに悪意がないのは分かりきっている。
けれど、彼自身はもう戻れない所まで来てしまった。
彼女がその事を失念しているのは、致し方のない事だ。
何より彼女には、戻るべき場所がある。
知らずに拡がっていた幼馴染との溝、両者の生き方の違いがギデオンの心を大きく動かした。
「分かった、君の言う通りにしよう」
「君ならそう言ってくれると思ったよ!」
「遺体の事は憲兵に任せるとしよう。現場も調べたいところだが、結界が張られている以上は闇雲に手出しはできない……僕は屋敷に戻るよ、父上の事が心配だ」
「うん。そうしてあげて、ボクはここを片付けてから行くから」
「ああ、気をつけてな」
地下通路を通り、墓地に出る。
灯したランタンが頼りなく感じるほど、辺りは暗くなっていた。
夜空に輝く星々だけが妙に明るい。
その下で彼は誓った。
「さよなら、シルクエッタ」と
抱きついてきたギデオンを押し退けるクロイツ。
直後、彼は片膝をつき、そのまま身動きが取れなくなった。
「がふっ!」
口の中から溢れてくる唾液。
拭った手を真っ赤に染め上げていた。
状況が飲み込めず、絶句しているとギデオンが無言で彼を指差した。
「なん……だ。これは、どうして……どうして? 俺の身体に穴が空いているんだぁ――! あああ――――」
「気づいていないようだな。アンタは自分で自分を撃ったんだ。コイツのせいでな」
ギデオンが見せたのは栓の空いた聖水瓶だった。
すでに使用した痕跡として瓶の中身はほとんど残されていなかった。
「なんでだって顔だな。コイツは聖水じゃない、聖水から作った蜜酒だ」
「蜜酒だと! なんでそんなものが」
「マタギスキルの一つ、瞬間蜜造によって出来た品だ。この酒は、そこいらにある物とは全くの別物だ。魔法薬と考えてもいい。一口で快楽に誘い、二口で悦楽に堕とす、最期三口で極楽浄土逝きだ」
「……悪魔だ。悪魔が授けた能力ごほっ!」
「酷い事、言うなぁ。アンタが愛してやまない女神様が授けてくれた能力だぞ。それを否定するなんて信徒失格じゃないか?」
「だ、黙れ! それよりも貴様が何故? 無傷でいる……確かに脇腹に風穴を開けてやった――はずだ」
「勿論、綺麗に開いたよ、アンタの身体もろともな。けれど、然程重傷じゃない。シルクエッタの治癒魔法ですぐに元通りだ! アンタはすでに蜜酒を二口、あおっている。だから、悦楽に浸り能力のコントロールを誤った」
「っはは……やはり、貴様が司教を殺したのではないか……はぁはぁ――――覚えているぞ、あの時も聖水を手にしていたな」
「カン違いするな。司教様の死因は毒によるモノだ。蜜酒は薬にはなっても毒にはならない。ただ、人には美味過ぎて正気を保つことができないだけだ」
「くっ……そぉぉおおお―――――こんな所で、終わるというのか!? 俺はぁああああ!!」
「最期の審判だ。クロイツ、アンタが知っている事、洗いざらい吐け! それが懺悔になる。女神様も、きっと赦して下さるだろう」
懺悔という響きに、クロイツは目を細め口をつく。
「ああ! 我が女神様、どうか貴女の元へ。私、クロイツ・ハウゼンはキンバリー・カイネンに命じられ彼の報復を手伝ってしまいました。仕方なかったのです、世界は貴女様の意思に背き不浄なる者をのさばらせている。何と理不尽。何と不公平。何と穢れている。何と救い難い。私は決意しました。死を傍らに抱きながら、生き延びてきた自分こそ平穏、自堕落を貪っている権力の豚共を抹殺する為の使徒になるべきだと。すべては貴女様の為、善徒としての努め。この身を捧げた私をどうかお赦しください。これを持って私の懺悔と致します」
「それで、司教様を殺したのは誰だ? おい!」
その問いの答えが返ってくる事はなかった。
片膝をついたまま、礼拝堂の方へ顔を向け胸元で両手を合わせる彼の姿は、まさに純然たる信徒そのものだった。
「ギデオン、その人はもう……天に召されたわ」
尚も問いただそうとするギデオンをシルクエッタが宥める。
深いため息をつきながら、彼は苛立ち隠せずにいた。
「くっ……クロイツの遺体を隠さないと不味い事になるぞ。自爆とはいえ、僕と争った痕跡を調べられてしまっては一発でアウトだ」
「痕跡については心配ないわ。ボクが浄化魔法で消すから……」
「本当か! 助かるよ」
「それよりも、彼を遺棄するのは賛同できない。ギデオン、ボクはミルティナス信徒だ。神に仕える者として、死者を冒涜するような真似はできない」
「なら、すべて白日の下にさらせというのか!? そんな事をしたら僕たちは終わりだ! 君だって教会から破門されてしまうんだぞ!!」
「それでもだよ。此処で間違った事をしてしまえば、ボクは自分がこれまでやってきた事を否定してしまう。そうなってしまったら、何の為に祈りを捧げればいいのか分からなくなってしまう」
クロイツの遺体を丁重に寝かせるシルクエッタをギデオンは見ていられなかった。
善行に対する心苦しさや、わだかまりが彼を悩ませているようでもあった。
シルクエッタに悪意がないのは分かりきっている。
けれど、彼自身はもう戻れない所まで来てしまった。
彼女がその事を失念しているのは、致し方のない事だ。
何より彼女には、戻るべき場所がある。
知らずに拡がっていた幼馴染との溝、両者の生き方の違いがギデオンの心を大きく動かした。
「分かった、君の言う通りにしよう」
「君ならそう言ってくれると思ったよ!」
「遺体の事は憲兵に任せるとしよう。現場も調べたいところだが、結界が張られている以上は闇雲に手出しはできない……僕は屋敷に戻るよ、父上の事が心配だ」
「うん。そうしてあげて、ボクはここを片付けてから行くから」
「ああ、気をつけてな」
地下通路を通り、墓地に出る。
灯したランタンが頼りなく感じるほど、辺りは暗くなっていた。
夜空に輝く星々だけが妙に明るい。
その下で彼は誓った。
「さよなら、シルクエッタ」と
21
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる