8 / 362
八話
しおりを挟む
「司教を暗殺したのは俺だとは考えないのか?」
「クロイツ、アンタの思考は人を殺すソレじゃない。さっき、僕に人を殺すなと言ったな……人殺しが殺生について説くわけがない」
「ふん、てんで分かっちゃいないな。確かに俺は殺人鬼ではない。だが、軍人だ! 条件次第で相手を始末する事など躊躇いもなくできるぞ。今までもそうだった、これからもずっと、俺が生きている限り続くぞ」
「二人とも、やめてください!!」
二人の会話を切り裂くように悲痛な声が上がった。
シルクエッタだった。
彼女は、これまで数多くの人々の命を自身の治癒能力で癒してきたはずだ。
中には救おうとしても救えなかった命だってある。
その度に命の重さと儚さを痛感させられてきた。
たとえ、嫌だと足掻こうが治癒を止めるわけにはいかない。
現実を受け止められなくて、逃れようとしても逃げ場はどこにもない。
彼女たち、戦場治癒師に与えられる救済の道は治癒しかないのだから。
シルクエッタは命の価値について、ここにいる誰よりも分かっていた。
だからこそ、彼女にとってギデオンたちの会話は聞くに耐えないものがあった。
「クロイツさん、ボクには貴方の言う言葉が自分を責めているように感じます。本当は誰かに止めて貰いたいんじゃないんですか? でなければ、この先貴方が進む道は修羅道でしかない」
「司祭でもない奴が俺に説法でも解くつもりか? 治癒師、お前だって戦場という地獄を渡り歩いてきたはずだ。俺達の本質は何も変わらない。ただ、棄てるか拾うか、その違いだけだ」
「その通りです。だからこそ、誰かが今の惨状を終わらせなければならない。勿論、ボク一人の力じゃどうにもできやしない。でも、彼と一緒なら可能性は無限大に広がる気がします!」
シルクエッタの見つめる先にはギデオンがいた。
幼馴染だからこそ、通じ合うモノがあるのだろう。
彼女の想いに応えるように抜き身の刃を鞘に納める。
「貴様もとことん甘い奴だな! ギデオン。女の涙にほだされたか?」
「ふざけるな。アンタの命なんざ背負いたくないと思っただけだ」
「そうか、なら大人しく俺に捕らわれろ。司教殺しの大罪人として処刑してやる」
「それも勘弁だ。シルクエッタ! 聖水は持っているか?」
「持っているよ、はい。でも、聖水なんかでどうするの?」
「試したい事がある」
シルクエッタから聖水が入った瓶を受け取り、ギデオンは念じ始めた。
その不可解な行動にクロイツも顔を強張らせ難色を示した。
「一か八かだ。頼むぞ、ステータスオープン!!」
戦闘時だと言うのに、ギデオンが行った事はステータス表示のスキルを使用する事だった。
鏡に映るのは当然、文字化けした画面……ではない。
今度は、しっかりと内容が読み取れる。
「よし! 思った通り成功だ!」
何を思い立ったのか? 瀬戸際において彼は、自分ではなく聖水のステータスを開示してきた。
本来ならば、アイテム鑑定系のスキルでしかアイテムの詳細を調べることはできないと思われがちだが、実はこうした裏技、抜け道がある。
そこに至らないのは、多くの人々がスキル使い方について先入観を持ってしまっているからとも言える。
スキルの使い方は一つだけとは限らないし、使い方次第では効果も変わってくる。
ギデオンは今、まさにその一例を示してみせた。
「大体、分かってきたな。これも、マタギ能力のおかげか! 待たせたな、クロイツ」
「別に待っちゃいないさ。おかげでこちらも準備が整った」
「まだ、続けるつもりか?」
「当たり前だろう! このまま不完全燃焼で気持ちの昂りを抑えられると思うか!? それは貴様とて同じはずだ」
「ああ、異論はない。コイツで引導を渡してやる」
「そんな、聖水ごときで何ができる。人をおちょくるのも大概にしろっ!! ガーデンバレットォ――」
ヒュンヒュンと微かな風切り音が耳に入る度に、ギデオンの視線が動く。
一箇所ではない、音は周囲に散らばるようにして伝わってくる。
「シルクエッタ、そこから絶対に動くなよ」
「ギデオン?」
「僕らは魔法弾に囲まれてしまっている。あのオッサン、やってくれる」
追い込まれ、その場で固まる彼らを見て得意気になったクロイツが挑発を仕掛けてくる。
「いくら避けるのが上手でも、逃げ場がなければどうにもできないよなー」
「本気でそう考えているのか?」
強敵に向かって、ギデオンは臆することなく全力疾走していく。
相手との距離はそれほど遠くはない。
しかし、そこまでの障害が多すぎる。
彼のマタギの直感を持ってしても辛うじて避けるのがやっとだ。
次第に動きが鈍くなり薄皮一枚で被弾するようになってきた。
裂けた傷口から血がにじみ出る。
それでも、ギデオンは退かず前進を続ける。
「取ったぁ!!」クロイツの掛け声と共にギデオンの顔面に膝蹴りが迫る。
蹴り自体は鼻先をかすめただけだが、姿勢を変えた瞬間ギデオンの脇腹が弾け飛んだ。
聖堂の床に彼の鮮血が散らばる。
「ギデオン!!」シルクエッタが悲鳴を上げる最中、彼は瞬き一つせずにクロイツの顔を見上げていた。
「クロイツ、アンタの思考は人を殺すソレじゃない。さっき、僕に人を殺すなと言ったな……人殺しが殺生について説くわけがない」
「ふん、てんで分かっちゃいないな。確かに俺は殺人鬼ではない。だが、軍人だ! 条件次第で相手を始末する事など躊躇いもなくできるぞ。今までもそうだった、これからもずっと、俺が生きている限り続くぞ」
「二人とも、やめてください!!」
二人の会話を切り裂くように悲痛な声が上がった。
シルクエッタだった。
彼女は、これまで数多くの人々の命を自身の治癒能力で癒してきたはずだ。
中には救おうとしても救えなかった命だってある。
その度に命の重さと儚さを痛感させられてきた。
たとえ、嫌だと足掻こうが治癒を止めるわけにはいかない。
現実を受け止められなくて、逃れようとしても逃げ場はどこにもない。
彼女たち、戦場治癒師に与えられる救済の道は治癒しかないのだから。
シルクエッタは命の価値について、ここにいる誰よりも分かっていた。
だからこそ、彼女にとってギデオンたちの会話は聞くに耐えないものがあった。
「クロイツさん、ボクには貴方の言う言葉が自分を責めているように感じます。本当は誰かに止めて貰いたいんじゃないんですか? でなければ、この先貴方が進む道は修羅道でしかない」
「司祭でもない奴が俺に説法でも解くつもりか? 治癒師、お前だって戦場という地獄を渡り歩いてきたはずだ。俺達の本質は何も変わらない。ただ、棄てるか拾うか、その違いだけだ」
「その通りです。だからこそ、誰かが今の惨状を終わらせなければならない。勿論、ボク一人の力じゃどうにもできやしない。でも、彼と一緒なら可能性は無限大に広がる気がします!」
シルクエッタの見つめる先にはギデオンがいた。
幼馴染だからこそ、通じ合うモノがあるのだろう。
彼女の想いに応えるように抜き身の刃を鞘に納める。
「貴様もとことん甘い奴だな! ギデオン。女の涙にほだされたか?」
「ふざけるな。アンタの命なんざ背負いたくないと思っただけだ」
「そうか、なら大人しく俺に捕らわれろ。司教殺しの大罪人として処刑してやる」
「それも勘弁だ。シルクエッタ! 聖水は持っているか?」
「持っているよ、はい。でも、聖水なんかでどうするの?」
「試したい事がある」
シルクエッタから聖水が入った瓶を受け取り、ギデオンは念じ始めた。
その不可解な行動にクロイツも顔を強張らせ難色を示した。
「一か八かだ。頼むぞ、ステータスオープン!!」
戦闘時だと言うのに、ギデオンが行った事はステータス表示のスキルを使用する事だった。
鏡に映るのは当然、文字化けした画面……ではない。
今度は、しっかりと内容が読み取れる。
「よし! 思った通り成功だ!」
何を思い立ったのか? 瀬戸際において彼は、自分ではなく聖水のステータスを開示してきた。
本来ならば、アイテム鑑定系のスキルでしかアイテムの詳細を調べることはできないと思われがちだが、実はこうした裏技、抜け道がある。
そこに至らないのは、多くの人々がスキル使い方について先入観を持ってしまっているからとも言える。
スキルの使い方は一つだけとは限らないし、使い方次第では効果も変わってくる。
ギデオンは今、まさにその一例を示してみせた。
「大体、分かってきたな。これも、マタギ能力のおかげか! 待たせたな、クロイツ」
「別に待っちゃいないさ。おかげでこちらも準備が整った」
「まだ、続けるつもりか?」
「当たり前だろう! このまま不完全燃焼で気持ちの昂りを抑えられると思うか!? それは貴様とて同じはずだ」
「ああ、異論はない。コイツで引導を渡してやる」
「そんな、聖水ごときで何ができる。人をおちょくるのも大概にしろっ!! ガーデンバレットォ――」
ヒュンヒュンと微かな風切り音が耳に入る度に、ギデオンの視線が動く。
一箇所ではない、音は周囲に散らばるようにして伝わってくる。
「シルクエッタ、そこから絶対に動くなよ」
「ギデオン?」
「僕らは魔法弾に囲まれてしまっている。あのオッサン、やってくれる」
追い込まれ、その場で固まる彼らを見て得意気になったクロイツが挑発を仕掛けてくる。
「いくら避けるのが上手でも、逃げ場がなければどうにもできないよなー」
「本気でそう考えているのか?」
強敵に向かって、ギデオンは臆することなく全力疾走していく。
相手との距離はそれほど遠くはない。
しかし、そこまでの障害が多すぎる。
彼のマタギの直感を持ってしても辛うじて避けるのがやっとだ。
次第に動きが鈍くなり薄皮一枚で被弾するようになってきた。
裂けた傷口から血がにじみ出る。
それでも、ギデオンは退かず前進を続ける。
「取ったぁ!!」クロイツの掛け声と共にギデオンの顔面に膝蹴りが迫る。
蹴り自体は鼻先をかすめただけだが、姿勢を変えた瞬間ギデオンの脇腹が弾け飛んだ。
聖堂の床に彼の鮮血が散らばる。
「ギデオン!!」シルクエッタが悲鳴を上げる最中、彼は瞬き一つせずにクロイツの顔を見上げていた。
21
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる